『ソロモンの鍵』を作った男たち 上田和敏氏×窪田俊幸氏ダブルインタビュー 前編

  • 記事タイトル
    『ソロモンの鍵』を作った男たち 上田和敏氏×窪田俊幸氏ダブルインタビュー 前編
  • 公開日
    2018年12月28日
  • 記事番号
    732
  • ライター
    山田鍵(やまだかぎ)

1986年7月にアーケード(以下、AC)およびファミコン(以下、FC)でほぼ同時にリリースされた、アクション+パズル要素をもつゲーム『ソロモンの鍵』。

本作は、「快適な操作性」「秀逸なパズル要素」「やる気にさせる高いアクション性」「プレイを重ねるたび高まりが実感できる技量」「明瞭・美麗なグラフィックとサウンド」「ファンタジックな世界観」「お腹いっぱいになるボリューム(1コインALL平均約70〜80分)」…と、修飾する言葉は尽きない。

これまで、数々の家庭用ゲーム機への移植や続編、スマートフォンアプリ、アーケードアーカイブスやバーチャルコンソールなどの配信にも必ずといっていいほど採用されていることから、30年以上前のゲームとは思えぬほど、いまだに不動の地位を確立している。

今回、本作で主にステージ制作を担当された上田和敏氏(ゲームデザイン)と窪田俊幸氏(ステージデザイン)のお2人にインタビューする機会が得られた。名作を制作したお2人に、当時の制作環境や記憶に残るステージ、さらには意外な事実などを中心に、改めて本作がどんなゲームだったのかを伺い、名作の真髄に迫ってみたいと思う。

なお、上田和敏氏に関しては、当メディア掲載記事『伝説のゲームデザイナー・上田和敏氏×遠藤雅伸氏ダブルインタビュー』および電子書籍『伝説のゲームデザイナー「上田和敏×遠藤雅伸」対談』も併せてご覧いただければ幸いである。

稀代の名作アクションパズル、その開発経緯

〜ニワトリが先かタマゴが先か。『ソロモンの鍵』はいかにして生まれたのか〜

▲AC版『ソロモンの鍵』の開発状況を語る上田氏

――さて、まずは本インタビューのメインテーマである『ソロモンの鍵』というゲームに関してですが、はじめにお2人が担当された部分を教えていただけますか?

上田 まず前提として、私とともに当時のテーカン(*01)に在籍していた鶴田道孝さん(*02)が手掛けていた『ストーンメイズ』というアクションゲームがありました。

彼がその制作に難航していた時、私が「家庭用でのリリースも視野に入れて、ステージクリア形式のアクションパズルゲーム、それもパズル寄りにしてはどうだろう?」と提案し、紆余曲折を経て完成に至ったのです。この点はキチンと踏まえておいてください。

――承知しました。

上田 私の担当はAC版全体の統括、敵キャラの企画、アクション要素が強いステージの作成です。鶴田さんは原案とシナリオ、主人公(魔法使いダーナ)の行動全般、グラフィックデザイン、あとは最終の仕上げでした。ただ、意見を出し合って制作された部分もあるので各々の担当に明確な線引はできない点もありますが…。

窪田 私は主にステージ作成を担当しました。パズル的な思考を要するステージは私の制作です

――どのくらいの面数を担当されたのですか?

上田 お互い25面ずつ、計50面を作成しました。そもそも窪田さんとは、私がテクモ入社前のユニバーサル在籍時代に手掛けた『Ladybug(レディバグ)』(1981年、AC)や『Mr.Do!(ミスタードゥ)』(1982年、AC)の制作を一緒にしました。戦友であり師匠でもあります。

一緒に仕様書の書き方を構築したり、ゲーム用語を作ったりしました。教えてもらうことが非常に多かったです。

▲メディア取材に応じられたのは実質初めてという窪田氏

窪田 師匠と呼ばれるのは、こそばゆい気もしますが、苦労しながら作りましたねぇ。

上田 私の場合、仕様書は数字込みで、最終調整が必要ないレベルまで仕上げることが多いのですが、マップ作成は試行錯誤の連続です。頭をしぼりにしぼって…。

窪田 それこそ積んでは崩し、崩しては積み、の繰り返しですね。

上田 窪田さんの作成したステージがおもしろくて、テストプレイをいつも楽しみにしていましたよ。

アーケードとファミコン、業界初の並行開発&同時期リリース

〜単純な移植ではなく、まるで双子のような関係にあるAC版とFC版〜

――このゲームは、FC版でプレイしたことがあってもAC版はプレイしたことがないというファンの方もいると思います。AC版とFC版の関係は、一般的な移植というよりもゲームセンターと家庭用での同時販売、さらにAC版はFC版の宣伝も兼ねて、という意図があったようですね?

上田 その通りです。当時テクモは『マイティボンジャック』(1986年、FC)で家庭用ゲーム機市場に初参入し、リソースを割いていました。また、私が1982年に入社してから、アーケードで『スターフォース』『ボンジャック』(ともに1984年)、『ピンボールアクション』(1985年)を発表しました。

――それら(の経緯があった)ゆえに通った企画であった、ということですか?

上田 そうですね。若さゆえの挑戦(当時32歳)ですね。そんな経緯があったのち、FC版の発売を見越してAC版は宣伝効果も考えてリリースしよう、と決定したのです。

――『ソロモンの鍵』はテクモのFC参入第2弾ですね。

上田 はい。『ソロモンの鍵』はFCという存在があって初めて世に出た作品だと思っています。ただ、私はAC版をある段階まで作り上げ、水道橋にあったテクモ直営店でのロケテスト(*03)を見届けたあと、1986年3月に退職しているので、AC版とFC版ともに最後の仕上げにはかかわっていません。

改めて今、動画(筆者が事前にプレイして録画したAC版とFC版の映像)を拝見していますが、我々が作成した以外の、鶴田さんや別の方が作成したであろうステージもあったり、調整されている部分もたくさんありますね。

――どのあたりが調整されていますか?

▲AC版『ソロモンの鍵』の一面。背景にマッチしたアイテムの配置が美しい

上田 容量からくるグラフィックや音色の違いは省くとして、まず第1面が違いますね。AC版は私、FC版はおそらく鶴田さんの作成でしょうか。

――どんなゲームでも、(プレイヤーが)最初に出会うことになる第1面にどんなものをもってくるかというのは、非常に気を遣うといいますね。

上田 本当に大事です。家庭用とアーケードでは考え方が大きく違いますが、アーケードの場合は、ファーストコンタクトでどれだけプレイヤーの心をつかむか、興味を持っていただけるかが勝利のカギとなります。これまで多くのゲームの制作にかかわってきましたが、第1面をどうするか、いつも悩みます。

▲FC版『ソロモンの鍵』の第1面。AC版では石が置いてある部分をそっくり反転させたような構成

――そのほかFC版では、AC版にはない「ゲーム偏差値(G・D・V (*04))」の話題も外せませんね。

上田 皆さんご存じのように、(G・D・Vは)『マイティボンジャック』が初出です。同じく「隠しステージ」という概念も同時に採り入れたもので、それらのエッセンスが『ソロモンの鍵』FC版でも再び使われたことはうれしく思います。

脚注   [ + ]

01. テーカン : テクモ(現 コーエーテクモゲームス)の旧社名。同社は何度か商号を変えているが、『ソロモンの鍵』発売に先立って、1986年1月に「テーカン」から「テクモ」へと商号を変更している。混乱を避けるため、本記事では原則「テクモ」表記とする。
02. 鶴田道孝 : ゲームデザイナー。テクモ入社後『スイマー』(1982年、AC)の開発を皮切りに、『ソロモンの鍵』をはじめ『キャプテン翼』『同Ⅱ』(1988年/1990年、FC)、『つっぱり大相撲』(1987年、FC)などの制作にかかわり、テクモのファミコン黄金期を支えた1人。現在は同社を退職し、スマホゲーム開発でその辣腕を振るっている。
03. ロケテスト : ロケーションテストのこと、ロケテとも呼ばれる。正式リリース前に、直営店や大型店で開発中のゲームを試験的に稼働させ、広く一般の反響を見る市場調査。その後、仕様や難易度の変更、バグ修正などの調整が加えられたり、場合によっては発売中止になることもある。
04. ゲーム偏差値(G・D・V) : ゲームオーバーまたはゲームクリア時に表示される評価値。『ソロモンの鍵』においては「ダーナの残り人数」「妖精の救出数」「クリア面数」などによって上下する。なお、G・D・Vと「Game Deviation Value(ゲーム・ディビエーション・バリュー)」の略。

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