『ソロモンの鍵』を作った男たち 上田和敏氏×窪田俊幸氏ダブルインタビュー 前編

「マップ職人」の二つ名を持つゲームデザイナー・窪田俊幸

〜わずかな手順の間違いが死を招く巧妙なステージ、その創造主の横顔〜

▲当時の思い出やテクモ時代の話題に花が咲く上田氏と窪田氏

――窪田さんはテクモにどのくらい在籍されていたのですか?

窪田 私、実はもともとテクモの社員ではないんですよ。

――そうだったのですか!?

窪田 毎週1回くらいテクモに行って、書き溜めた企画やらを持っていくと、その場で買ってくれたんです。『ソロモンの鍵』のステージ作成も、このパターンです。物心ともに、とてもありがたかったのは事実ですが、なんとも大らか(?)な時代というか…。

一同 (笑)。

上田 そんなゲームデザイナー、あの当時でもなかなかいませんよね‏‏‏? 冒頭でお話したユニバーサル時代のゲーム(『Ladybug』『Mr.Do!』)でマップ作成をお願いした縁で、『ソロモンの鍵』にも手を貸していただいたのですが、私は当時も今も、窪田さんに比肩するマップ職人はいないと思っています。

窪田 いやいやいや…。私はマップ作成専門のデザイナーではないですが、そう言っていただけるのはありがたいです。

――当時、仕事やプライベートでプレイしていたゲームがあれば、お聞かせ願えますか?

上田 PCの『現代大戦略』(1985年/システムソフト)を窪田さんとプレイしていました。エディター機能で作ったマップを5インチフロッピーに入れて、自分のターンをプレイしたらセーブして相手に渡すという、交換日記のようなプレイをしていました。

1枚のフロッピーに10枚程度のマップが入っていて、最大100枚くらいのフロッピーが回っていたと思います。マップ作成は、窪田さんに頼りっきりでしたね。

窪田 マップは1,000枚以上作ったんじゃないかな !

上田 インターネットのない時代ですから、毎日会社で手渡し、フロッピーの枚数はだんだん増えていき100枚程度にまでなったと思います。(笑)

――窪田さんのマップ作成に対する下地として、何かに影響を受けて、あるいは何かが好きで、というものはありますか?

窪田 もともと趣味で「迷路」を作っていたんですね。その当時に購入したAppleⅡJ-Plus※01Apple Ⅱ J-Plus : 「Apple Ⅱ」はアップルコンピュータ(現 アップル)が開発・発売し、個人向けパソコンとして広く普及した名機」。このJ-Plusはカタカナ表示機能を搭載した同シリーズの一つで、1980年発売。で迷路のプログラムをひたすら打ち込んでいました。枝道の深さや数をどのくらいにするかなどを試行錯誤しながら、「難しい迷路とはどういう迷路だろう?」ということを追求していくなかで、マップに対する感性が身に付いていったのだと思います。

――学生時代、ノートに細かな迷路をビッシリ書いていた友人を思い出します。

窪田 それと、私の場合は迷路で人を惑わせるのが好きでした。正解のルートと思わせながら、いかに枝道に引きずり込むかを重視していましたね

――その感覚は、何らかの形で『ソロモンの鍵』に生かされているのでしょうか?

窪田 迷路作成の技法そのものが直接影響しているかは分かりませんが、私が重視していた「人を惑わせる」というか、意地悪なマップ作りの精神は、確実に反映されています(笑)。

事前にしっかり逃げ道を作っておいたり敵を誘導したり、ある部分に石を作っておくとか、壊しておくといった、「ここで仕事をしておかないと、あとで痛い目を見るよ」という必要性を認識させることは、常に意識していましたね。

▲インタビュー当日、筆者が持ち込んだ『ソロモンの鍵』の基板を前に盛り上がる一同。「実物を見るのは初めてかもしれない」とは上田氏の談

――『ソロモンの鍵』をプレイしていて、どれだけゴールに近づいても手順を一カ所間違えただけでクリア不可能になることがしばしばあります。そんな時「くやしい!

こんな意地の悪いステージを作った奴の顔が見てみたい!」と恨み節をつぶやいたこともありましたが、まさか今日、それが現実になるとは思いませんでした。もちろん「意地の悪い」は、プレイヤーからの最大の賛辞です。

一同 (笑)。

必ずしも一本道ではないゴールまでの手順や方法

〜何通りもあるステージクリアへの道のり。自分だけの方法を編み出すのもまた楽しいもの〜

▲AC版『ソロモンの鍵』のROUND 5。一定時間が経過すると左右にあるカミーラの鏡からゴブリンが吐き出される

――お2人が作成されたマップの中で、特に記憶に残っているステージはありますか?

上田 残念ながらすべてを鮮明に記憶しているわけではないですが、印象的なステージやテストプレイを何度も重ねたステージは今も覚えています。

――例えば、AC版のROUND 5(FC版はROOM 4)は上田さん窪田さん、どちらの作成でしょうか?

上田 「ドラゴンの秘密」というステージですね。私が作成しました。いろいろなクリア方法があるのでよく覚えています。

――今回のインタビューにあたって、1例として私がそのROUND 5で普段実践している解き方を録画してきましたので、ご覧いただけますか?

上田 おもしろそうですね。拝見します。

――こう、もともとの配置を利用しながら、スパークボールをこっちに誘導して…。

上田 スパークボールは石や壁に沿って動く性質があって、ある意味『ソロモンの鍵』を象徴する敵キャラといえます。決めた場所に誘導して閉じ込めるも良し、行動の邪魔にならない限り放っておくも良しと、それを考えるのもまた楽しいですね。

――ですね。私はわりと早めに閉じ込める派です。さて、最終的にこのような解き方になりました(※動画参照)。

▲ROUND 5の解法例を示した動画。両脇にいるドラゴンは、ファイアボールで倒すと「1UP」などのおいしいアイテムを落とすことがある(動画:筆者プレイ&撮影)

上田 あぁ〜なるほど!

窪田 こういう解き方もあるのですね。

――ご清覧ありがとうございます。つまり何が言いたいかというと、クリアに向け、決して1つではない解き方を試しながら、自分のスタイルに合った、それでいて美しさも備えた解法が見つかったとき、『ソロモンの鍵』の新たなおもしろさを発見したのです

上田 (今の私たちのように)後ろで見ているギャラリーも楽しい。この「満足感」はこたえられませんね。

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次回予告

後編では、引き続きお2人の作成されたステージの深掘り、そしてマップ作成にかけた想いに触れながら、さらに本作を検証していきます。乞うご期待!! 次週公開予定。

上田 和敏 氏
1954年生まれ。業界黎明期から活躍するゲームデザイナーの先駆け的存在。本文でも触れた『Ladybug』『Mr.Do!』『スターフォース』『ボンジャック』のほか、『女神転生』シリーズ(1987年~)、『ダンジョンエクスプローラー』(1989年/ハドソン)、『キング オブ キングス』(1988年/ナムコ)など、アーケード、コンシューマー問わず多数の人気タイトルを企画。モバイルにおいても麻雀、大富豪、将棋、競馬など多数のカジュアルゲームにかかわる。現 サウザンドゲームズ取締役。
窪田 俊幸 氏
1952年生まれ。上田氏のラブコールにより『ソロモンの鍵』では悪魔的とも称される多くの難解ステージを生み出すが、本来はマップ作成以外にも才能を発揮するゲームデザイナー。一部でカルト的人気を誇る『ファンタステップ』(1997年/ジャレコ)にてその片鱗を見せる。『パズルボーイ』シリーズ(1989年~/アトラス)では上田氏と再びタッグを組み、メインのゲームのデザイン、マップの作成を担当。現在もゲーム制作にかかわる。

脚注 +