アーケードゲームファンだった私が『ファミマガ』を読んでいた理由

アーケードゲームファンだった私が『ファミマガ』を読んでいた理由  IGCC
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▲『ファミリーコンピュータMagazine』創刊号の表紙(1985年8月号)

まだインターネットはおろか、ゲーム自体がニッチな趣味であった1980年代半ば頃、ゲームファンはとにかく情報に飢えていた。今からは信じられない話かもしれないが、新製品情報を発売前に知る手段は一切なく、店頭で現物を見て、初めてその商品を知るというパターンも珍しくない時代であった。

この頃に公式情報を得られる唯一の手段として存在したのが雑誌媒体であり、今回は、なかでもファミコンブームの一翼を担ったファミリーコンピュータMagazineについて語ってみたいと思う。アーケードゲームと一見関係なさそうな雑誌名と感じられる方もいらっしゃるかもしれないが、今しばらくお付き合いいただきたい。

アーケードゲームの移植がファミコン人気を牽引した

ファミリーコンピュータMagazine(以下、『ファミマガ』)の創刊は1985年、2年前の1983年に発売されたご存じ任天堂の家庭用ゲーム機、ファミリーコンピュータ(以下、ファミコン)初の専門誌として立ち上げられた。この頃はゲーム情報のみで構成された専門誌はほとんどなく(唯一、日本ソフトバンクの『Beep』が存在していた)、大半がパソコン雑誌の1コーナーとして扱われていた程度の存在であった。

当時はパソコンといえば「プログラムを自作するための機械」であり、自分で作らずに出来合いのゲームを遊ぶだけのゲーマーが軽く見られていたのも、こういった扱いに甘んじていた要因の一つかもしれない。逆にいえば、ゲーム専門誌が創刊したということは、パソコンの添え物に甘んじていたゲームという存在が、初めて独り立ちしたエポックメイキングな出来事といえる。

この頃、ゲームといえばアーケードゲームが花形で、家庭用ゲーム機は「アーケードゲームが家のテレビで遊ぶことができる機械」という認識であった。当のファミコンですら、発売初期を牽引していたのは『マリオブラザーズ』『ドンキーコング』であり、ファミコン初期のサードパーティであるナムコのキラータイトルも、『パックマン』『ゼビウス』といった人気アーケードゲームの数々であった。

ナムコのヒットに気をよくしたタイトーやジャレコ、コナミといった、セガを除くアーケードゲームメーカーが自らファミコン開発に参入、自社の人気タイトルを次々に移植することによって、ファミコン市場は活況を呈することとなったのである。今でこそアーケードゲームメーカー自身が家庭用ゲームソフトを開発することは珍しい話でもないが、この流れはファミコンのヒットによってもたらされたものといえる。

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▲8位の『ハイドライド』以外は全部アーケードゲームの移植作品

『ファミマガ』はそんなファミコン市場の流れを受け、毎号アーケードゲームからの移植ソフトを巻頭で大特集。創刊2号では、『ドルアーガの塔』を8ページにわたって詳細に紹介したうえ、アーケード版の作者である遠藤雅伸氏のインタビューを掲載するほどのプッシュぶりであった。

また、不定期ながら好評企画として存在していたページ「ファミマガ特捜隊」があり、ここでは読者からのアンケートをもとに、ファミコンへの移植希望ランキングを掲載。その上位票のタイトルについて、各メーカーに移植の可否の問い合わせまでおこなっていた。『ドラゴンバスター』『パックランド』『戦場の狼』など、当時人気だったアーケードゲームのタイトルが並んでおり、いかにアーケードゲームの移植が熱望されていたかがよく分かる貴重な資料といえる。

小中学生に読ませる王道雑誌

基本的な誌面構成については、新作紹介とゲーム攻略を軸にした、極めて王道的な作りが最大の特徴といえる。ある意味、直球勝負の安定感のある内容で、「情報誌の作り方を分かっている者が編集した雑誌」といった印象だ。

ちなみに、同時期に存在した前出のゲーム雑誌『Beep』はライターの名前を全面に押し出しており、コラムあり、ゲームに直接関係のない読みものありと、サブカルチャーを強く意識した誌面作りは、『ファミマガ』と極めて対象的であった。

また、強くメッセージ性を感じさせる要素としてもう一つ挙げられるのは、右綴じ右開きであるという点。『ファミ通』などに代表されるように、大抵のゲーム雑誌はパソコン雑誌からの流れを汲むため、左綴じが主流である。左綴じだと本文が横組みの文章になるため、数式やアルファベットとの親和性が高くなるのが特徴。ゲーム画面のテキストも横組み表示なだけに、ゲーム雑誌の表記方法としてはこちらのほうが一般的である。

対して、『ファミマガ』が採用している右綴じは本文が縦組みとなり、日本語の表現に適している。さらに本文には総ルビ(ふりがな)が振られており、文字のサイズも12級と、やや大きめ。これは、対象読者を小中学生に設定したことによるもので、子供に読ませるための本を意識した結果によるものである。

噂が噂を呼ぶ罪作りな人気企画「ウル技」

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▲本物とニセモノを合わせて50+1の「ウル技」を掲載

ファミマガ』を語るにあたり、一番大きなトピックとして「ウル技(ウルテク)の存在が挙げられる。ウル技とは、特定の条件で発生する、いわゆる裏ワザのことで、開発者が想定していなかったバグから、意図的に仕組まれた隠しコマンドまで多岐にわたる。ゲーム本来の楽しみ方ではなかったとはいえ、これの情報のやり取りが人気に拍車をかける一因となり、読者からの投稿を紹介する超ウルトラ技50」は同誌の人気企画となった。

なお、このコーナーは後に「超ウルトラ技50+1」と改題し、それまでのウル技50個に加えて、実際にはできないウソ技を1つ交ぜ、それを読者に当てさせる「ウソテックイズ」という企画に移行する。間違い探しのようなこの企画も読者に好評をもって迎えられ、本誌の名物企画の一つとなった。

しかし、もともとこういったゲームの怪情報は小学生の間で流布しやすく、条件が複雑だと検証自体が難しいケースもあったため、なかには「『ゼビウス』のバキュラは256発で破壊できる」などのように都市伝説化するケースもたびたびあった。

また、逆に『スーパー桃太郎伝鉄Ⅲ』の「銀河鉄道カード」のように、実際の製品にフィードバックされるという珍事が起こったこともある。ウル技、ウソ技がいかに影響力を持っていたかを示すエピソードといえるだろう。

アーケードの移植からファミコン独自のタイトルへ

創刊初期こそ、当時の『ファミマガ』の誌面にはアーケードゲームからの移植情報が常に掲載されており、さながらアーケードゲーム情報誌のような一面を持っていた。思えば、この時期が、アーケードゲームとファミコンにおける蜜月期であり、ひいては、アーケードゲーム情報も併せ持った『ファミマガ』の時代でもあったといえる。

しかし、この関係は決して長くは続かなかった。アーケード移植頼りに変わる『スーパーマリオブラザーズ』『ドラゴンクエスト』『ゼルダの伝説』といった独自コンテンツの台頭である。特に、プレイ時間が長く、自分のペースで遊ぶことができるRPGは家庭用ゲーム機と相性がよく、瞬く間に浸透していった。

雑誌側も、マップやアイテムの位置、ゲーム攻略に関する情報全般が求められた世相もあって、誌面の内容もアーケードゲームの移植ではなく、RPGなどをはじめとした思考型ゲームに軸足を移していくこととなる。

また、もう一つの要因としては、アーケードゲームの急速な進歩によって、ファミコンによる移植が難しくなってきた点も挙げられる。特に、1980年代後半は目覚ましいほどにアーケードゲームが進化を遂げた時代であり、画面を埋め尽くすほどのスプライト、数万色単位の発色数、ステレオFM音源+PCMドラムといった最先端の映像技術で作られたアーケード作品をファミコンへと移植するには、あまりにも無理があった。

むしろ、アーケードからの移植を望むファン層への受け皿は、後に発売されたPCエンジンやメガドライブに道を譲り、次第に住み分けができていったといえるかもしれない。

迷走と終焉、そして奇跡の復刻

このように、ストイックで硬派なスタンスを貫いてきた『ファミマガ』だが、数々の競合誌、特に『ファミコン通信(現・ファミ通)』のゲーム総合情報誌としての台頭により、次第に劣勢に立たされていく。

ファミコンオフィシャル誌のポジションだっただけに、ファミコンおよびスーパーファミコンが旧世代機と化した1990年代半ばになると、『ファミリーコンピュータMagazine』という誌名自体が逆に足かせとなってしまったのである。

かくいう私自身も、もともとアーケードゲームが好きで、それらの移植情報が載っていた初期の『ファミマガ』を熱心に読んでいたという事情もあり、アーケードゲームの移植情報が相対的に減っていった同誌からは、自然に足が遠のいていた(それに替わって購読していたのは、同じ徳間書店インターメディアから発行されていた『PC Engine FAN』『メガドライブFAN』であり、それが高じて私はパソコンゲーム雑誌編集への道に進むことになる)。

一方、肝心の『ファミマガ』はテコ入れ策として、1996年に『ファミマガ64』へと誌名を変更。また、『ファミ通』に対する競合誌としてゲーム総合情報誌『ファミマガWeekly』を創刊するが、残念ながらこれらの対応策で事態を好転させることはできず、『ファミマガWeekly』はわずか半年で休刊。『ファミマガ64』も1998年に休刊となった。

時代の流れで休刊を余儀なくされた『ファミマガ』だが、近年のニンテンドークラシックミニの発売に合わせて、2冊の復刻が実現している。お祭り企画の一環としてムック形式で発売されたものとはいえ、当時の同誌を熱心に読んでいた中高生時代の思い出として、今なお『ファミマガ』の名が刻み込まれている元読者は多いのかもしれない。

アーケードゲームファンだった私が『ファミマガ』を読んでいた理由  IGCC
▲『ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータMagazine』(2016年11月発売)
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▲『ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータMagazine ミニスーパーファミコン特集号 』(2017年10月発売)