「メガドライブの時代」を詰め込んだタイムカプセル、メガドライブミニのキーマンに訊く 後編

  • 記事タイトル
    「メガドライブの時代」を詰め込んだタイムカプセル、メガドライブミニのキーマンに訊く 後編
  • 公開日
    2019年08月30日
  • 記事番号
    1336
  • ライター
    前田尋之

2018年4月の発表以来、メガドライブ発売30周年記念としてさまざまな話題を提供してきたメガドライブミニ。その実態が明らかになるにつれ、メガドライブミニへの期待も次第に高くなっている。2019年9月19日の同機発売を前に、当研究所では、開発者のキーマンとなる宮崎浩幸氏と奥成洋輔氏にインタビューを敢行した。

ハード周りを中心に語っていただいた前編に続き、後編では収録されるソフトについてお送りする。特にメガドライブミニ用に新規開発された『テトリス』(1988年/セガ)、『ダライアス』(1986年/タイトー)の開発経緯についても踏み込んだ話を聞かせていただいた。

株式会社セガゲームス
国内アジアパブリッシング事業部 プロモーション統括部 統括部長 宮崎浩幸
アジア事業部 CSパブリッシング部 ライセンスチームプロデューサー 奥成洋輔

【聞き手】
ゲーム文化保存研究所
所長 大堀康祐
ライター 前田尋之

初めて実現した全言語版の完全収録

――ハード周りのお話をお聞きした前回に続いて、今度は内蔵されるソフトについてお伺いしたいと思います。選定タイトルの中で「これはぜひ入れたかった」みたいな個人的な思い入れのある作品はありますか?

▲印象に残った移植タイトルについて話す宮崎氏

宮崎 『パーティークイズ MEGA Q』(MD/1993年/セガ)は印象に残っていますね。あと『ダイナブラザーズ2』(MD/1993年/CSK総合研究所)、『アリシアドラグーン』(MD/1992年/ゲームアーツ)とか。

奥成 『アリシアドラグーン』はもともと北米からのリクエストでしたが、日本版にも収録しました。

大堀 『レッスルボール』(MD/1991年/ナムコ)も渋いセレクトですね。

奥成 『レッスルボール』が出た当時、ゲーム雑誌「HiPPON SUPER!」(1991~1995年/JICC出(*01))のメガドライブ担当ライターに成沢大(*02)という方がいまして、『ダライアスⅡ』(MD/1990年/タイトー)や『究極タイガー』(MD/1991年/トレコ)に3点とか2点をつけるという辛口評価をする中で、『レッスルボール』には10点を付けたという逸話があるんです。

ですが、ナムコさんに許諾のお伺いに行ったところ、「『レッスルボール』だけでいいんですか?」と逆に言われてしまいました(笑)。ナムコさんのアーケードタイトルは(メガドライブへの)移植が多いのですが、そんな中で『レッスルボール』は特にメガドライブらしい、オリジナリティ際立つオリジナルタイトルだと思います。

大堀 当時、自分が開発にかかわっていたタイ(*03)として『ランドストーカー〜皇帝の財宝〜』(MD/1992年/セガ)があるのですが、今回収録タイトルに選定していただき、大変ありがたく思います。選んだ理由もぜひお伺いしたいのですが。

▲大堀所長も開発に携わった『ランドスト―カー』(画像:公式サイトより引用) ©SEGA

宮崎 逆に、『ランドストーカー』を選ばない理由はないでしょう(笑)。

奥成 そうですね。当時からゲームとしての評価が高く、セガでは数少ないヒットしたロールプレイングゲームということもありましたし、話題性、出荷本数も含めて選ばない理由はないと思います。セガのタイトルをそれほど入れるつもりはなかったのですが、そういった条件があっても、当初から候補に入っていました。

宮崎 『シャイニング・フォース~神々の遺産~』(MD/1992年/セガ)や『ぷよぷよ通』(MD/1994年/コンパイル)、『ベア・ナックルⅡ 死闘への鎮魂歌』(MD/1993年/セガ)もそうですが、それらと並んで、メガドライブ発のゲームとして、むしろ外す理由がないタイトルでしょう。

奥成 『ランドストーカー』をメガドライブミニに収録するにあたっての大きな特徴は、初めて他言語版を収録したことですね。言語設定でフランス語などに切り替えることができます。

任天堂さんがバーチャルコン(*04)をやっていた頃に、僕はメガドライブタイトルを100本以上移植していたんですが、日本版、北米版、欧州版として配信していたんです。ですが、当時、開発期間の都合で欧州といっても英語版のみで、フランス語版は配信することができなかったんですね。そんなわけで、次にチャンスがあれば絶対に全言語でやりたいと考えていて、今回それを実現することができました。

あと当時、僕は知らなくて後からびっくりした事実なのですが、『ランドストーカー』は北米版だけエンディングが異なるんですね。なので、英語は北米版だけ入っていればいいやと思っていたのですが、イギリス向けの英語版も収録しなければならなかった。結局、今回のメガドライブミニには日本、北米、イギリス、ドイツ、フランスの5バージョンを収録しています。

ちなみに、言語数が一番多いのは『ストーリー オブ トア~光を継ぐ者~』(MD/1994年/セガ)でして、さっきの5カ国のほかにスペイン語と韓国語を加えた7バージョンが入っています。メガドライブで英語以外の他言語版があるタイトルは、もともとそれほど多くないのですが、トレジャーさんの『ライトクルセイダー』(MD/1995年/セガ ※メガドライブミニ日本版には未収録)は海外版のほうで欧州各言語に対応しています。

▲『ランドストーカー』のフランス語版は初収録

宮崎 言語はさておき、国内版と海外版でタイトル画面が変わっているゲームはけっこうありますね。

奥成 はい。この辺のバージョン違いを一つ一つ全部移植を実現できたのは、エムツ(*05)の開発ノウハウの蓄積と、それに対する情熱の両方があったからかなと思います。

大堀 情熱は大事ですね!

奥成 ただ、情熱だけではスケジュールを短縮することはできません。「やりましょう」と言ってくれるのはありがたいのですが、実際にそれが期間内に間に合うかは十数年にわたってメガドライブのゲーム移植をしてきたエムツーさんのノウハウがあったからこそ、短期間でこれだけの数が移植できたのかと。そこは大きいと思います。

宮崎 3月に開催された「セガフェス2019」で、(メガドライブミニ)発表後の盛り上がりを見て、これはいけるという確信は持てました。最初に発表したタイトルの中では、『バンパイアキラー』(1994年/コナミ)や『レッスルボール』あたりが意外性のあるタイトルでしたが、十分に手応えはありましたからね。

あとは、(今年の)7月くらいまで毎月10タイトルくらい発表して引っ張ろうと思っていました。ところが、(その1カ月前の6月に開催された)「E3(*06)」でメガドライブミニの実機を見せるという話になりまして、こうなったらその前に発表しなければならないというわけで、やや前倒ししてE3前に(収録タイトル発表の)最終回を持ってくるという発表スケジュールになりました。

奥成 おかげで6月から発売の9月まで弊社から発表するトピックがなく、沈黙の3カ月になってしまいました(笑)。メディアの皆さんには、その間の露出に関して今回のインタビューのようにご協力いただいている次第です。

脚注   [ + ]

01. HiPPON SUPER! : JICC出版局(現 宝島社)より1986~1990年に刊行された月刊ゲーム誌『ファミコン必勝本』の後続本。1991年に同誌100号を記念として『HiPPON SUPER!』に改題、約5年間この名で続き、後に「必本スーパー!」が正式名称となった。
02. 成沢大輔 : ゲーム評論家。競馬マニアで『ダービースタリオン』シリーズ(PC/1991年~/アスキー)に関する書籍を多数執筆する。2015年没。
03. 開発にかかわっていたタイトル : 『ランドストーカー〜皇帝の財宝〜』は、大堀所長がフリーランスになって初めて開発に携わったタイトル。本作ではモンスター・トラップ・コンストラクターを担当した。
04. バーチャルコンソール : 過去に発売されたファミリーコンピュータ、スーパーファミコン、NINTENDO64、PCエンジン、メガドライブ、NEOGEO、マスターシステム、MSX向けのタイトルを、ニンテンドー3DSやWiiなど任天堂の家庭用ゲーム機で遊ぶために2006年より開始されたサービス。
05. エムツー : 主にレトロゲームの復刻を行っているゲーム開発会社。「SEGA AGES 2500シリーズ」、ニンテンドーDSの「セガ3D復刻プロジェクト」、ニンテンドースイッチ「SEGA AGES」、今回のメガドライブミニのソフト移植も担当している。代表取締役の堀井直樹氏には、当サイト掲載の「高井商会探訪記」でもインタビュアーとしてご協力いただいている。
06. E3 : 「Electronic Entertainment Expo」の略で、1995年より毎年6月に米ロサンゼルスで開催されている世界最大規模のコンピューターゲームの国際見本市。

こんな記事がよく読まれています

2019年09月27日

『ナイトストライカー』を作った男たち 前編

海道賢仁×津森康男 ダブルインタビュー 今からちょうど30年前の1989年、タイトーからリリースされた名作シューティングゲームが『ナイトストライカー』である。セガの体感ゲームの数々が人気を博していた当[…]

2019年10月18日

なかったはずの海外アーケードゲームを楽しむ男 前編

1980年代初頭から「ゲームブティック高田馬場」(すでに閉店した、高田馬場にあったナムコ直営のゲームセンター)を中心に、海外のアーケードゲームのおもしろさを多くのプレイヤーに広めた男がいた。自分の好き[…]