編集者と読者の距離が近いパソコンゲーム誌『ログイン』

編集者と読者の距離が近いパソコンゲーム誌『ログイン』  IGCC

僕が初めて「パソコン」というものを知ったのは、中学1年の時だったと思います。パソコンなんて一般家庭にはほとんど普及していなかった時代ですが、それでもさまざまなパソコン誌が発売されていました。なかでも、僕を惹きつけて離さなかったパソコン誌が、アスキー(当時)刊行の『ログイン』でした。

1982年に『月刊アスキー』の別冊として発刊されたのが最初だなんてことは、だいぶん後になってから知りました。当初は季刊でしたが、1983年から月刊化し、ゲーム情報がメインとなりました。

誌名は英字で「LOG IN」と書き、「ログイン」と読みます。デザイン上の理由で、ロゴは「I」だけ小文字で「LOG iN」と表記されていました。今でこそIT用語の「ログイン」は誰でも知っているメジャーな言葉ですが、当時は非常に認知度が低く、よく「ロージン」なんて間違えて読む人がいたものです。僕自身も「ヘンテコな名前だなあ」と思っていましたし、友達に誌名を教えるときなんかは、かなり高確率で聞き直されたっけ。

僕が『ログイン』を購読するようになった理由は、ゲームに特化したパソコン誌の中でも、特に書き手の個性が出ていておもしろかったからです。ただゲームを紹介するだけでなく、編集者やライター独自のユニークな視点からのゲーム批評が展開されていました。

『ログイン』っていうと、お笑い系記事の印象が強い人が多いと思いますが、実は最初は、けっこうマニアックな読み物系パソコン誌だったんですよ。

編集者が誌面に出まくったお笑い路線

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▲助さん格さんの格好でアメリカのCESを取材する編集者(『ログイン』1992年 No.5)

『ログイン』の名物編集長として、いまだに語り継がれる小島文隆氏が1984年に編集長に就任してからは、より編集者を前面に押し出す傾向が強くなりました。これは、単に記名原稿が増えたというだけではありません。『ログイン』の原稿は、ほぼ内部の編集者が書いていたのですが、誌面にそういった編集者本人の顔写真がバンバン載るようになったのです。

これはある意味、異様な光景だったと思います。芸能人でも何でもない、フツーのおっさんの顔が誌面を埋め尽くしているのですから。当時、この特異な誌面に親しみを感じた読者と、引いた読者とがいたと思いますが、僕はもちろん前者だったわけです。こういった誌面作りから、名物編集者が何人も誕生しました。

前述したように、「ログイン=お笑い路線」というイメージが強いと思いますが、その方向性を打ち出し定着させたのも小島編集長です。「おもしろければ何でもいいじゃん」という思想のもと、お笑いを絡めたゲーム記事はもちろんのこと、ゲームとはまったく関係のない記事も増えていきました。

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▲この小島編集長の豪気な寝顔。慰安旅行まで記事にするとは(笑)(『ログイン』1986年No.7)

僕が特に衝撃だったのは、編集部の研修旅行が記事になっていたことです。「いあ~ん、バカンス」と称されたその記事は、それから毎年掲載されるようになりました。1ページを使いドアップで掲載された小島編集長の寝顔を、いまだに覚えている読者の方も多いのではないでしょうか。これも賛否両論あったと思われますが、僕のような読者は、そんな奇異なパソコンゲーム誌にますます惹かれていったのでした。

今でも当時のログイン読者の方と話すと、「パソコンを持っていなくても『ログイン』は読んでいました」という人は少なくないのですが、こういう誌面作りの賜物でしょう。逆に、「パソコンに関係ない記事があるのが納得いかなかった」という人に会ったこともありますが…。

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▲常連投稿者が集結して作った『ログイン』の同人誌もあった

読者投稿コーナーが充実していたのも『ログイン』の魅力の一つでした。そこから常連投稿者が何人も誕生し、なかには『ログイン』の編集者になってしまった人も…。何を隠そう、僕もその一人です。そう、実は僕は元ログイン編集者なのですね。今回は手前味噌な原稿で恐縮です。

ゲーム攻略にも特化

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▲『ログイン』定例の攻略記事「最新ゲーム徹底解剖!!」(『ログイン』1991年 No.22)

誤解のないようにお伝えしますが、もちろん『ログイン』もゲームの記事に力を入れていなかったわけではありません。「NEW SOFT」という新作ゲーム速報のページもありましたし、「最新ゲーム徹底解剖!!」というゲーム攻略記事にも多くのページを割いていました。特に、海外ゲームの情報が速く濃いことに関しては、同業者からも高く評価されていたことを思い出します。

ただ、『ログイン』の特徴といえば、やはり前述したような要素を挙げる人が多いのではないでしょうか。今回の「わが青春のゲーム攻略本・ゲーム雑誌」という企画の中でも、僕の原稿だけ特異なものに映ると思いますが、当時こういったゲーム誌っぽくないゲーム誌も確実に存在したということで、お許しいただけると幸いです。

『ログイン』っぽいのお願いします!

1982年に『月刊アスキー』の別冊として誕生し季刊発売された『ログイン』は、1983年に月刊化し、1988年からは月2回刊化(毎月第1、第3金曜発売)となりました。これは、日本のパソコン誌としては初の偉業です。

そして1998年に月刊誌に戻り、2008年に休刊。同年よりオープンしたWebサイト『ログイン ウェブ マガジン』も、2009年に更新終了となりました。1995年に『ログイン』から姉妹誌『ファミ通』に移籍し、1998年にはフリーになっていた僕ですが、ありがたくも最終号まで『ログイン』に原稿を書かせてもらっていました。

もう今は、『ログイン』のような破天荒な企画を掲載する雑誌も見なくなってしまいました。しかし、『ログイン』や『ファミ通』からは、僕をはじめ、さまざまなライターがフリーとして巣立っていきましたので、どこかでログインテイストのある記事を見ることもあるでしょう。いまだに僕は、仕事を頂く編集者の方から「『ログイン』っぽいのをお願いします!」と言われることがありますが、そのたびに当時のログイン人気を再確認するのです。

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▲僕が担当していた『ウィザードリィ』のページ。さすがに若い(『ログイン』1992年 No.5)

協力:Gzブレイン