伝説のゲームデザイナー・上田和敏氏×遠藤雅伸氏ダブルインタビュー 中編
『ポケモン GO』で移動するのは嫌? OK?
遠藤 そこで、きみらは今『ポケモン GO』で遊んでいますか?
――出た当初はもちろんプレイしましたけど、今は遊んでないですね。
遠藤 やったときに最初に何が嫌だった?
――嫌なところですか? うーん、特になかったですけど。
遠藤 これ、自分自身が移動しないといけないのか、と思わなかった?
――いえ、思いませんでした。
遠藤 だって、それまでの『ポケモン』ってマップがあって、十字ボタンでその場で世界の中で動かせるんだよ。そこをわざわざ、なんで自分が歩かないといけないんだと。
――え? そういう意見の人がいるんですか?
遠藤 いっぱいいるんだよ。
――あれは自分自身が移動するからおもしろいんじゃないですか。
遠藤 動けるからおもしろいというのは、かなり高齢者になる(笑)。つまり、ポケモン世代じゃないんだよ。ポケモン世代の連中は「なんでこんな面倒くさいことしなくちゃいけないんだ」「こんなのポケモンじゃないよ」と言って、外れる人が多かった。対戦するところも「なんでこんなもんあるんだ、うっとおしい」となって、卵をかえすのにも、家の中でプラレールの列車をグルグル走らせて、その上にスマホを乗せておけば勝手に移動距離を稼いでくれるってのが、日本人のやり方。
それに対して、アメリカ人はあのやり方じゃないとあのゲームを理解できなかったんだよ。『ポケモン GO』の中には、「Augmented Reality(拡張現実)」と、「Alternate Reality(代替現実)」という2つのARが入ってたよね。アメリカ人は「拡張現実」でここにピカチュウがいる、というのを見せなければ、そこに存在することが理解できない人たちなんだよ。「想定」というものができない。
日本人が『ポケモンGO』を遊ぶときって、ARの設定を即切るよね。「ここ」でなくてもいいじゃんって。でも、アメリカ人は「代替現実」(実際に歩いてゲームをしなくてはならないという部分)に関しても、歩き回るわけよ。そのおかげで、未解決だった殺人事件の死体がいっぱい見つかったりという現象がアメリカで起きているじゃない? それから、メートル法のほうがちょっと便利なんじゃじゃないかって、アメリカ人が気づいたみたいだね(笑)。
みんなでワイワイやったり、いろいろと集めたり、ポケモンの本質的なおもしろさのようなものは世界的に広がっているんだけど、今日本で『ポケモン GO』をやっている中心は高齢者だよね。
――街角で『ポケモン GO』をやっている高齢者をよく見かけますね。
遠藤 スマホをやっと手に入れました、ぐらいの人たちなんだけど、特にやってみたいこともないし、ゲームも全然興味ない。その中で、世界的に広がっている『ポケモン GO』って言われたときに、さすがに認知の比率が違うんで、ちょっとやってみたくなる。やってみると、収集などのゲーム性自体は、ゲームというものを初めて触ったような人にとっては無茶苦茶おもしろいわけよ。そして、自分で歩いてその場でポケモンを捕まえるってところがお散歩とピッタリ、というところだよね。
大堀 『ポケモン GO』で2台持ちの人とかいますものね。
遠藤 歩く目的のためにという「言い訳」だよね。実際に「ポケモンがいるからそこまで歩いてみよう」「フシギダネが出てきたからもう少し歩こう」って。楽しく苦痛なく歩くことができる。そういう意味で、遊び方が変わってきているなあと。
大堀 孫と一緒に遊ぶためかと思っていたんだけど、違うんですね。
遠藤 若い人たちは動くのが嫌でやめたやつが多いけど、高齢者はやめていないんだよ。高齢の方って動くことは辛くないので。というところで、日本のゲームは世界と比べて全然違うなと。世界的に見ても高齢者が『ポケモン GO』をやっているかと言えば、そうでもないんだよね。
大堀 日本ぐらいなんですか?
遠藤 日本は異常に高齢者が『ポケモン GO』をやっているよね。世界と比べて、日本のプレイヤー層というものがほかとは違うんだよ。
――それって層が広いということですか?
遠藤 そう。前回話した通り、遊び方が「ルドゥス(*01)」に限らないということ。制限されていない「パイディア(*02)」の遊び方を日本人は好むので。
日本人・女性・男性、そのゲーム観
――よく欧米だと、ゲームプレイヤーの平均年齢が40才以上みたいな話もあって、海外のほうがプレイヤーの年齢層が高いというイメージがあります。
遠藤 年齢層は高いんだけど、オンラインゲームで自分のチームにいるやつが女性だと分かった瞬間にキック(グループから排除)するやついるよね。「ゲーマーゲート」(*03)って言われている現象だけど、日本では絶対にあり得ないからね。
――ゲーマーゲートの問題は、日本人にはなかなかピンと来ないですね。
遠藤 日本のプレイヤーの男女比率は50ー50で、その50ー50には何の意味もないからね。人間の男女比はもともとそうなんだから。それが何を意味しているかというと、男女差なくゲームをやっているということなんだよね。
でも、男のほうがたくさんやっている、というのは分かる。平均課金額や課金総額のデータを見ると、やっぱり男性のほうがすごいので。ただ、それに対して女性はまったくやっていないかというと、そういうわけでもないんだ。
――乙女ゲームなども課金がすごいですよね。
遠藤 すごいと聞くけど、課金の質が違う。女性はわりと月に1,000円、2,000円とかって現実的なラインを引いて、その中で遊ぶんだよ。ガチャを回すときも、その中で来てくれたキャラを愛でるわけ。「私のために来てくれたキャラが可愛い!」と。それに対して男はバカだから、リストを見て「これほしいな」と思って課金して、それが出るまで回すわけ。でも、その一方で「基本無料のゲームに課金するやつはバカだ」という人が半数以上いる。
で、男のほうが平均課金額が上がるのはどういうことかというと、その一部の人たちが「絶対に課金しない」人たち以上にお金をかけているから。女性はそうではなくて、広く浅く課金している。で、課金されている時間帯は午前中が一番多いんだよね。午前中、きみらは課金できるか? 10時から11時に課金しているってどんな人?
――比較で言えば、会社に出勤するタイプの人ではないですね。
遠藤 朝、家族を送り出して家事をして、その合間にゲームしている主婦が課金しているんだよ。そういう意味で、女性の課金ってけっこうデカい。日本はそれがあるんで、他の国とゲームの質が最初から違うんだよね。ほかの国でゲームを作ると、プレイヤーは18~25才の男衆で、年齢層の高い人も自分の優位性を示したいがためにゲームをやっているんだよ。それって競技なんだよね。だから、躍起になって「eスポーツ」というものをやっている。
そういう意味でも日本は特殊な状況にあって、その特殊な状況に追いつけていない世界の国々がいっぱいある。世界的に言えば、スマホが出るまでゲーム機がなかった国がどれだけ多いことか。そういう国にとってはスマホが最初のゲーム機なんだよ。その人たちにとって、1980年代の焼き直しみたいなゲームは超楽しいわけよ。
――その人たちにとっては最先端の新鮮なゲームですからね。
遠藤 世界の中で日本のゲーム市場はこんなに縮んでいるって言うけれど、日本単体で見ればプレイヤー人口は増えているし、ゲームにかけているお金もどんどん増えている。ただ、スマホまで含めた世界市場の爆発の中では、それがかすんで見えているだけ。だから、それを日本が心配してどうする、そんなことよりお前ら新しいゲーム作れよって感じ。
大堀 遠藤さんの今の発言、動画で流したいですね(笑)。
遠藤 日本のゲームって世界の中で絶対負けないから。だって、アメリカ人は逆立ちしたって『塊魂(かたまりだましい)』(2004年/ナムコ)は作れないよ。ほかにも、日本でしか作れないものはいっぱいある。『スプラトゥーン』(2015年/任天堂)とかもそうだね。
次回予告
次回は、遠藤雅伸氏の「メカニクスデザイナー」と上田和敏氏の「レベルデザイナー」という、お2人のデームデザイナーとしての資質の話から、お2人の原点となるボードゲームから最近のおススメボードゲームの話題、そして、近年のボードゲーム事情とビデオゲームの関係まで切り込んでいく。次週公開予定。乞うご期待!
上田 和敏 氏
1954年生まれ。業界黎明期から活躍するゲームデザイナーの先駆け的存在。ユニバーサル勤務時代に『Ladybug(レディバグ)』(1981年)や『Mr.Do!(ミスタードゥ)』(1982年)、テーカン勤務時代に『スターフォース』(1984年)や『ボンジャック』(1984年)などの有名タイトルを手掛ける。その他、アトラス勤務時代に『女神転生』シリーズ(ナムコ、アトラス/1987年~)や『ダンジョンエクスプローラー』(1989年/ハドソン)、『キング オブ キングス』(1988年/ナムコ)など、アーケード、コンシューマー問わず多数の人気タイトルを企画。ジー・モード勤務時代には、モバイルにおいて新たなコンセプトを持った対戦ゲームサイトや『競馬ゲーム』など多数のカジュアルゲームにかかわる。現・サウザンドゲームズ取締役。
遠藤 雅伸 氏
ゲーム作家、ゲーム研究者。1981年にナムコに入社し、『ゼビウス』『ドルアーガの塔』などを手掛ける。現在は東京工芸大学芸術学部ゲーム学科教授、日本デジタルゲーム学会副会長、同学会研究委員会委員長などを務める。
脚注