餅月あんこのゲーセンに行きたい!

  • 記事タイトル
    餅月あんこのゲーセンに行きたい!
  • 公開日
    2020年12月18日
  • 記事番号
    4319
  • ライター
    餅月あんこ

第17回「スタパ齋藤さんのアーケードゲームの話を聞きたい!(前編)」

前回の忍者増田さんに続いて、もと「ログインからのファミ通編集者」で、現フリーライターのスタパ齋藤さんにお話をうかがっていきたいと思いまーす!
コロナであんまり外に取材に行けない、そんなピンチのときは強力な兄貴に頼って、むしろチャンスをピンチにするよね(それ逆)。オヤビ~ン、助けてくださいよ~、へっへ(もみ手)。
というわけで今まであまり語る機会がなかったのでは!? と思われる、スタパ齋藤さんの貴重なアーケードゲームについてのお話、前後編でお届けします!

スタパ齋藤さん

スタパさんの少年時代

――― よろしくお願いします! よくわかんないんですがゲーム文化保存研究所っていうサイトのコラムで、アーケードゲームのことをお聞きしたいんですけども、スタパさん、アーケードゲームの話って(今まで記名で書かれた原稿で)そんなにされてないじゃないですか。

スタパ齋藤さん(以下「ス」):うん。

――― 「ゲーム帝国」(*01)で聖書みたいなのあったじゃないですか。アレでダライアスとかインベーダーゲームからの流れみたいなのが旧約聖書の天地創造みたいな感じで書かれてて爆笑したんですけど、「スタパミン」(*02)にもアーケードゲームをすごくプレイされてったぽいこと書かれてたので。
  

          ゲーム帝国聖書。 
          THE BIBLE
      この書は、ゲーム帝国皇帝がゲーム帝国に
     伝わるアーケードゲームの歴史を神より受け、
     総統に伝えたものである。総統はこれをその
     しもべたちに示すために書き記された。この
     伝書を朗読する者と、それを真に受けて信じ
     る者は不幸中の幸いでありラッキーである。

          コインいっこ入れる
          INSERT A COIN
      この世のすべての者の定めは、我が神聖な
     るバイブル、盛り場新聞ではなく、この崇高
     なるゲーム聖書に記されておる。以前余が示
     したゲーム聖書には、余の寝言をも含め書き
     記したためいくつかの些細なバグがある。デ
     バッグしたこのニュー聖書を掲げ、筐体にコ
     インいっこ入れて新たなる命を吹き込め。

          「ゲームあれ」。
          神はそう言われた。
      はじめに神はナッチング社とノラン・ブッ
     シュネルを創造された。ナッチング社は小さ
     く、ノラン・ブッシュネルは陽気で気さくで
     髭があった。神は「ゲームあれ」と言われた。
     するとコンピューター・スペースがあった。
     すなわち、アーケードゲーム第1弾の誕生で
     ある。爆発的ヒットはなかったが、神はその
     ゲームを見てよしとされた。夕となり、また
     朝となった。第1日である。

     「ゲーム帝国聖書」(ファミコン通信 1991年7月12日号特別別冊付録・「ゲーム帝国」単行本第1巻に収録)より一部抜粋

ス:あ~、そうですね。『スペースインベーダー』みたいなビデオゲームが出る前は、ゲームセンターって、メダルゲームセンターみたいな、スロットマシンとか、機械で動く競馬マシンみたいなのが置いてあったんですよ。

――― へ~!

ス:そこでブロック崩しのビデオゲームが入って来たりして~。で、調べたんだけど、どのブロック崩しかよくわかんないんだよね。

――― どのブロック崩しって(笑)。何種類もあったんですか。

ス:最初のはアタリの『PONG』ってゲームなんですけど、それは1972年なんで、僕が8歳かな? そんなに昔からゲームセンターに行ってはいないから……。

――― 私が知ってる『PONG』はおしゃれ家具筐体って感じのですが……!

ス:アタリの『PONG』はドットをカーソルで打ち合うゲームで、その発展形がブロック崩しで。

『PONG』Nintendo Switch版
『Atari Flashback Classics』にて撮影。

――― 『PONG』はビデオゲームっていうことですか? 物理的に動かすやつじゃなくて。

ス:デジタルのビデオゲームです。あ、ブロック崩しは『ブレイクアウト』っていうゲームだわ。『PONG』じゃなくてアタリの『ブレイクアウト』。

――― それもアタリなんですね。

ス:『ブレイクアウト』が1976年だから、そのあたりからゲームセンターに行き始めて。

『ブレイクアウト』(Atari2600版)
Nintendo Switch版『Atari Flashback Classics』にて撮影。

――― ええと……スタパさんのお誕生年は……。

ス:1964年ですね僕。あんこさんの12歳上じゃないかな。

――― 干支同じ(辰年)ですからね! ひとまわりですね。

ス:なので1976年だと僕が12歳、ちょうど中学生ぐらいからゲームセンターに入り浸った感じですね。

――― なるほどー。

ス:その直後ぐらいに『スペースインベーダー』ブームが。

――― 1978年に『スペースインベーダー』発売。

ス:この頃はね、ヒドいゲームが多かったんですよね(笑)。今だと考えられないくらい……。『スペースインベーダー』ブームの頃は、新しいゲームが入るたびにやってましたけど。

――― それって家庭用ゲーム機がまだ全然ない頃ですか?

ス:ファミコンが出たのが1983年なんで、まだあんまりなかったですね。

――― じゃあスタパさんが小学生の頃って、ゲームがあんまりなかったってことですか。

ス:小学生のときにあったのはメダルゲーム。

――― メダルゲーム! 今もある、ジャラジャラ出て来るやつよね。

ス:そうそう、機械仕掛けのものしかなかった。

デパートの屋上や、小さなインベーダーハウス

――― それってゲームセンターですか? デパートとか?

ス:あ~、ゲームセンターって名前はまだなかったかもしれないですね。あ~、思い出した。デパートの屋上にはゲームがあったんですよ。そういう機械式の。

――― 屋根があるようなとこですか?

ス:屋根があるところ。ほんとに屋上にあるアーケードみたいな感じで。

――― 今そういうデパートってなくなりましたよねー。具体的になに屋とか、なに百貨店とかですか?

ス:えーと、僕が行ってたのは、埼玉県の川越や飯能とかに丸広百貨店っていうのがあって。でもちょっと前に屋上のゲーム機とか遊具みたいなのは全部なくなっちゃったみたいで。

――― あ~、そういうのはそうですよね~。

ス:あと西武デパートとか。屋上がそういうエンターテイメントの場所だったんですよね。

――― 私もおぼろげながら覚えてます。

ス:そうそう、そういうデパートの屋上に遊びに行っていて、屋上から下の階に行く通路みたいなのがあって、そこによくマイコンが置いてあったんですよ。何でそういう場所だったかわかんないんだけど。

――― それ、遊んでいいマイコンなんですか? お金とか入れるんですか?

ス:展示してあって、さわってもいいんですけど。まだその頃ってマイコンゲームってあんまりなかったかもしれない。で、自分でプログラムを打ち込んでゲームを遊ぶっていう時代。その一方で、どんどんいいゲームがナムコとかから出てきていて。『パックマン』とか『ラリーX』とか『ギャラガ』とかですね。

――― あ、そのへんはやってたんですね。

ス:うん。何かね、その頃の任天堂のゲームって泥臭くて、マリオとかも多分あったと思うんだけど、何かショボイゲームが多くて(笑)。「ナムコは最高!」っていうような時代に入っていて。

――― ナムコ最高!

ス:ナムコのゲームは信者がいるほど人気があったんじゃないかな。1982年ぐらいにはゲームセンターにいいゲームが揃ってカラーになってて。以前は白黒で画面の表面に色つきのセロハンを貼ってカラーに見せかけていたゲーム機だったんですけど(笑)。

――― ぎゃはは!

ス:そうなんですよ。ブロック崩しとか最初はそうで。1980年代に入ってゲームセンターはひとつの完成形になって、何でも遊べる場所になった、っていう感じ。『スペースインベーダー』が人気になったときって、町中のあんまり売れてない雑貨屋さんみたいなお店が全部インベーダーハウスになっちゃったんですよ。

――― へぇ!

ス:小さな本屋さんとか畳んで、速攻で『スペースインベーダー』入れて。

――― あ~、筐体置いて。

ス:テーブル筐体ですね。で、ファミコンが出てきて、そういう場所はちょっと下火になりつつ。あとゲームセンターに入りびたる中高生が多かったんで、出入り禁止みたいな。学校的には「ゲームセンターに行っちゃダメですよ」って。

――― あ~、不良のイメージの。スタパさんは中学生の頃はけっこうゲーセンに行ってたんですか?

ス:行ってましたねー。ウチは適当に、別に禁じられてない感じで、「行ってもいいけどお金使いすぎちゃダメですよ」みたいな。

――― え、ほぼ毎日行ってたんですか?

ス:毎日ですね!!

――― 何かすごい行ってたって『スタパミン』に書いてあったけど、その「すごい」ってどれくらいなのかなと思って。

ス:毎日3時間ぐらい入りびたってる感じですかね。

――― ホントですか! ゲーセンに! 『スペースインベーダー』とかですか?

ス:『スペースインベーダー』以降はどんどん新しいのが出てきて、それまで未体験なゲームなので、全部やってみた!! みたいな。

――― (笑)なるほど~。

ス:で、1つのゲームセンターに行けばゲームが全部そろってるわけではないので、いろんなゲームセンターを渡り歩いて「あっ、新しいのがある!!」みたいな。

――― へぇ~! 雑貨屋さんがゲームセンターになったみたいな感じだったら、ひとつひとつは小っちゃいわけですね。

ス:そうそう。「ゲームセンター」とも書いてないっていう。ただ「ゲーム」って書いてあるとか(笑)。あと「インベーダー」とかって書いてある(笑)。

――― あぁー!(笑)「ゲームセンター」って商標とかじゃなくて一般的な名称ですもんね。

ス:「ゲームセンター」ってねぇ……。でも何となく、ゲームが置いてある、お金がかかる遊び場のことを「ゲームセンター」って全体的に雰囲気で言い始めたら定着したって感じじゃないですか? 「ゲームセンター」って誰が言い始めたのか興味深いですね。高校生のときにも友達が「ゲーセン行ったらナントカってゲームがあってすごいムカつくんだよー!」とかって言ってて、何だっけなあのゲーム……『ぺんぎんくんWARS』っていうゲームがあって。

――― あー!

ス:「ゲーセンに行ったら『ぺんぎんくんWARS』っていうスゲームカつくゲームがあってさー!」って言われて、「そうなんだ」って思ってやってみたら、動物がボールを投げ合って、っていうようなゲームなんだけど、ちょっとムカついたっていう記憶が(笑)。

――― 何でムカつくんですか? 敵の動物が何かバカにしたような感じなんでしたっけ。

ス:そうそう、そんな感じで、敵がボールをうまく投げすぎるっていうか、嫌がらせする感じ(笑)。
  

中学生スタパさんの軍資金は

ス:新しいゲームがどんどん出て来るんで、それを探しまくって隣町へ行って……ゲームセンターって、ボーリング場にくっついてたりとか、さっき話したみたいにデパートの屋上とか、あと個人のお店にちょっとあったりとか、あとホントにアーケードにポツポツ置いてあったりとか、広範囲にゲームがあったんですけど、昔は。

――― ほうほう。

ス:で、それを巡回して、新しいゲームがあったり、好きなゲームがあったらやるとか、そんな感じでしたね。

――― じゃあ「このゲームにすごくハマった!」っていうのはなくて、まんべんなくですか?

ス:全部やりましたね、ある程度。すごいお金使った記憶があります。

――― ですよねー、1日3時間とかやったら、やっぱりすごいうまくても、かなり使いますよね。

ス:ウチはお茶屋さんと薬局をやってたんですけど。

――― え、お茶屋さんもやってたんですか! 狭山茶!?

ス:そうそう(笑)。おじいちゃんおばあちゃんがやってて。

――― へー!

ス:で、僕、孫で。孫に甘いんですよ、やはり(笑)。で、「お金ちょうだい」って言うと毎日くれるっていう(笑)。

――― ぎゃはは! そうなんですね!

ス:あと、お茶屋さんの表に「自動販売機を置こう」ってことになって、その管理を任されて。

――― すごい(笑)。

ス:で、「全部仕入れて、売り上げをやってみな」って。たぶんおじいちゃんおばあちゃんは孫を育てようと思った感じだと思うんですけど。

――― うんうん。

ス:で、そこの利益をどんどんゲームセンターにつぎ込んでいた、みたいな。

――― (笑)それちゃんと売り上げ、おじいちゃんおばあちゃんに報告とかしてたんですか?

ス:「儲かった分、自由に使っていいよ」って感じ。

――― うわ~、すごい(笑)。へ~、じゃあ売れ筋っぽいラインナップにしたりしたんですか?

ス:そうそう、「これが一番売れるから全部コレにしよう」、みたいな(笑)。ダメな感じの。

――― 全部コカコーラとかですかね(笑)。へ~、じゃあけっこう軍資金は潤沢にあって。

ス:そうっすね。まあすごい遊び放題ってほどではないんですけど、毎日……どんくらい使えたんだろう……だんだんゲームセンターも50円ゲーセンとかあったと思うんですけど。あとやっぱり普通にビデオゲームって新しいものだったので、その新作が出てて、その画面を見てるだけで楽しかった時代なので。

――― ふ~ん、そっかそっか。

ス:あと、どんくらいだろう。1982~1983年、ファミコンが出てくるぐらいまでは、そんなに大量にゲームが置いてあるわけではなかったので。

――― そっか、ファミコンが出てからはスタパさんはわりと家庭用のゲームをメインでやるようになったわけじゃなくて、ゲーセンにはけっこう行き続けてたんですか?

ス:ゲーセンには行ってましたね。ファミコンはあんまりやんなかったっすね。

――― あっ、そうなんですか!

ス:何かファミコンって、ソフトが1本何千円とかじゃん。

――― たしかに。

ス:それだったら、何種類ものゲームをゲーセンでやるほうがいいっていう感じだったかも。

――― なるほど~。でもマイコンってさっき出てきたじゃないですか。ウエイトとしては、高校生大学生の頃はパソコンゲームのほうをたくさんやってた感じですか?

ス:高校生の頃までは、わりとゲームセンターにずっと行ってて。パソコンは持ってたんだけど、まだゲームはそんなにたくさんできる感じではなかったので。で、大学生になってから、PC98っていうパソコンを買って、そこからパソコンゲームばっかりやり始めた感じですね。

次回後編は、ゲーム雑誌編集部時代のお話に続きます!
どうぞお楽しみに!

  
  

スタパ齋藤さんのinstagramは、こちら!
https://www.instagram.com/stapasaito/
  
  

スタパ齋藤さんの2020年12月現在の連載一覧

■スタパ齋藤のApple野郎(ケータイ Watch)
https://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/column/stapaapple/

■スタパ齋藤の「スタパトロニクスMobile」(ケータイ Watch)
https://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/column/stapa/

■スタパ齋藤の猫がたり(ペトハピ [Pet×Happy])
https://pet-happy.jp/category/nekogatari/

■連載ではありませんがe-bike記事あれこれ(家電 Watch)
https://kaden.watch.impress.co.jp/summary/e-bike/

■スタパ齋藤の執事日記(週刊ファミ通で『ドラネコシアターリプライズ』のページに書いていただいているコラム)

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脚注

脚注
01 ファミ通で連載されていた、読者投稿に対して語り部、悪魔、女神が答える人気コーナー
02 1997年に発売された、「TECH LOGIN」「TECH Win」誌に連載されていたコラム「スタパ齋藤のどうなんだろ」をまとめた単行本

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