ARCADE HOUND #01:Our First Arcade Games

  • 記事タイトル
    ARCADE HOUND #01:Our First Arcade Games
  • 公開日
    2026年03月13日
  • 記事番号
    14074
  • ライター
    IGCCメディア編集部

気の置けない仲間たちと、大好きなゲームについて語り合う。何とステキな、そして贅沢な時間でしょう。
アーケードゲームの黎明期からゲームを愛し、遊び続けてきた3人――西谷 亮、見城こうじ、そして大堀康祐が思う存分に語り合う座談会が実現しました。
名付けて、ARCADE HOUND。
今回のお題は、Our First Arcade Games ――はじめて遊んだアーケードゲームについてです。

―― 本日はお集まりいただき、ありがとうございます。「ARCADE HOUND」の第1回目ということで、まずは「はじめて遊んだアーケードゲーム」とか「最初にハマったアーケードゲーム」といった感じのお題で、ご自由にお話をしていただければ、と考えております。横道にそれてしまってもまったく問題なくて、みんなで楽しくゲームの話ができればそれでOKという、非常にゆるい企画です。

西谷 アーケードゲームってことは、ビデオゲームに限らなくてもいいと?

―― 基本はビデオゲームで、と考えていますが、まあ問題ないです(笑)。

大堀 みんな、どんなゲームからはじまったの?

西谷 私はエレメカのころからゲームにハマってましたね。

―― そのころから!

大堀 西谷さんは都会っ子だからね(笑)。僕の住んでたのは田舎だからさ、ないんだよね、ゲームセンターが。

西谷 インベーダーよりも前、ゲームセンターは確かになかったんですが、デパートの屋上とかにゲームコーナーがあったじゃないですか。そういうところに置かれていたエレメカに、心惹かれていましたね。

大堀 昔のことだからよく覚えてないんだけど、コースの描かれたシートがスクロールして、その上にある車の模型を動かすゲームってあったじゃない? あれってインベーダーよりも前だよね?

見城 前ですね。

西谷 あれも相当、遊びましたね。

大堀 僕も少し遊んだんだけど、インベーダーよりも先だったのか、後だったのか、記憶がないんだよね。ほら、田舎だとコンスタントに新作が入るわけじゃないし、古いゲームがあとからお店に入荷するってこともあるんだよね。それで発売の時系列がごちゃごちゃになってる。

見城 ああ、なるほど。

大堀 ああいった時代で、やっぱり心に沁みついてるのが……何だっけ、ほら、「赤い車」の。

見城 実写映像のゲーム?

大堀 そうそう。

西谷 ああ、ありましたね。あれはおもしろかった!

見城 あれも確かインベーダーの前じゃなかったかな。

大堀 あれ、おもしろかったんだよなぁ。レーザーディスクゲームのひな形みたいだったよね。当時、これどういうテクノロジーなんだって、子ども心にビックリした。

西谷 多分、フィルムですよね。

―― どうやら8ミリフィルムを使っていたようですね。関西精機製作所が1979年ごろに発売した、『ザ・ドライバー』で、「あの赤い車を追え」というインパクトのある煽り文句で知られていました。

大堀 そうそう。僕は「赤い車を追え」って覚えてたな。

見城 文字どおり、先行する赤い車をひたすら追っていくゲームでしたね。コースから外れると、警告音が鳴って教えてくれたりして。

大堀 お金がなくてあんまり遊べなかったんだけど、ほんとにおもしろかったな。

―― 見城さんは、どうですか? 最初にハマったゲームはどんなものでしたか?

見城 ぼくはゲームとの出会いというと、やはりデパートの屋上が一番印象に残っています。当時、日本橋に東急百貨店があって、そこの屋上にゲーム機がいっぱい置かれていて、よく遊びました。多分、東急だからナムコがゲームを卸したんじゃないかなと思うんだけど。

―― どんなゲームが置かれていたんですか?

見城 ぼくが行ってた頃は、初期の『ポン』とか、あのへんかな。あの頃ってナムコがアタリのゲームを輸入してたじゃないですか。だから、当時の最新のゲームが設置されていて、親に連れられてデパートに行くと、そこでよく遊んだ。それが最初にゲームにハマった経験になるのかな。

―― 『ポン』とか、ずいぶん遊んだんですか?

見城 ええ、遊びましたね。ぼくは兄弟がいたから。あの頃のゲームって、対戦タイプが多かったでしょ? それで兄弟で遊んだ。ルールもシンプルでわかりやすかったし。

大堀 親に連れて行ってもらったっていうのがうらやましいね。僕のうちって親が厳しくてゲームで遊ぶのなんか許してもらえなかったからさ。

―― でも、隠れて遊んでいたわけですよね。

大堀 そりゃあ、そうでしょ(笑)。ただ当時、『ポン』を実際に遊べたっていうのは、凄いことだと思うよ。

西谷 ああ、そうかもしれませんね。まだインベーダーが出る前で、ゲームができる場所って限られていましたから。住んでいる場所によっては、ゲームとの出会いの機会が凄く少なくなる。

大堀 僕がそうだったから(笑)。わかりやすいから出身地を八王子って言ってるけど、ほんとは八王子の中心地からかなり離れた造成中の「多摩ニュータウン」のそばで育ったんだよね。たまに、バスで最寄りの聖蹟桜ヶ丘に行くことがあって、そこに当時、西友があったんだけど、屋上に金魚を売ってたり、ゲーム機がちょこちょこって置かれてたりしてね。そこで親に隠れて遊んだブロック崩しが最初のビデオゲーム体験だったんじゃないかな。

西谷 ああ、なるほど。それで次に風船割りとか。『ポン』は当時、珍しかったから、実際に遊んだことのある人って思ったより少ないんじゃないかな。

大堀 そうそう。都会っ子の遊び。

見城 さっきの東急百貨店の屋上の話に戻るんだけど、ぼくは『スペースウォー』も実際に見られたし、『パックマン』の発想の源になったと言われてる『ガッチャ』も置いてあった。

大堀 『ガッチャ』って何だったっけ?

見城 迷路で追いかけっこするゲームで、『パックマン』の前身なんて言われることもあるよね。

大堀 いいなぁ。都会っ子がうらやましい! ドットイートって『ヘッドオン』や『パックマン』よりも前に結構あったんだ!

―― ドットイートはこのあとのテーマにもなってますので。

大堀 あ、そうか。ごめんごめん。

―― ゲームとの出会いはこのへんにして、今度は夢中になったゲームは何なのかをお聞きしたいと思いますが、どうでしょうか。

見城 ぼくは、さっき挙げたゲームがそのまま当てはまるかな。

―― 『ポン』とか『ガッチャ』ですか?

見城 そう。こんなにおもしろい遊びがあるのかって、めちゃくちゃ感動して夢中になった。ただ、それも兄弟がいて、一緒に遊べたから、というのも大きいかな。

西谷 そのあとで『ブロック崩し』が出て、ひとりでも遊べるゲームが増えていった。ああ、でも私は今でも『ブロック崩し』が超苦手で。

大堀 わかる!

西谷 あれ、絶対に「才能」がありますよ。うまい人は、パドル操作の他のゲームをやっても、大体うまいですからね。

大堀 何だか上達しないんだよなぁ(笑)。

西谷 『ブロック崩し』って亜流がいっぱいあったじゃないですか。中には攻略性の高いものもあって……私は駄菓子屋に置かれているものをやっていたんですけど、最初にパドルをここに移動させて、この角度でボールを返すとブロックの7割ぐらいが消えるとか。そういう攻略を生み出したやつがいたんです。

大堀 当時、そこまでやり込んでたんだ?

見城 その攻略法は制作者が意識してたんですかね?

西谷 そうかもしれませんね。ブロックが端から端までぎっちり埋まってるんじゃなくて、隙間があって、そこにボールを入れると大半のブロックを一発で消せる。感動的でしたよ(笑)。

大堀 亜流なのに凄く練られてたんだ?

見城 その頃から攻略に燃えてたんだ(笑)。

西谷 そういうのが見えてくると、よりゲームに熱中するんですよね。

―― 少ないお小遣いで長く遊べるって重要でしたからね。

西谷 そう! そのとおりなんですよ! 最近になって思うんですけど、おもしろいゲームとか好きなゲームを訊かれて、いろいろ考えたりしますけど、当時、長く遊んだゲームをおもしろいって感じてるんだな、と。

大堀 『ブロック崩し』がうまい人ってうらやましいよ。僕はお金がなくてそこまでたくさんはやらなかったけど、何だか全然うまくならなかった。パドル操作のゲームって嫌いじゃないし、新作が出ると一度は必ず遊んでみるんだけど、でも全然駄目(笑)。タイトーの『ストレートフラッシュ』とか、あとはウポポポーってやつ。

―― 同じくタイトーの『フィールドゴール』ですね。

大堀 そう、それ。ほら、パドル系のゲームって、自分のパドルがどんどん小さくなるじゃん。豆粒みたいに(笑)。

見城 わかる。ボールと同じぐらい小さくなったりするもんね。

大堀 うまくなりたかったんだけど、駄目だった。

見城 大堀くんが苦手って何だか意外な感じだよね。ぼくはこの中で一番ゲームがヘタだと思うんだけど、『ブロック崩し』が好きでアタリの『ブレイクアウト』も2周クリアしたし、『アルカノイド』も1コインクリアできたし。

大堀 凄いじゃん、いいなぁ。

西谷 私も『フィールドゴール』は結構、遊びましたね。

大堀 あれさ、目の前に敵チームの選手?が出てきて邪魔するじゃん(笑)。ウポポポーって。

西谷 『フィールドゴール』は、ちょっと毛色が違う感じでしたよね。ストーリーを感じるというか、雰囲気を出そうとしているとか。そんな感じがしましたね。

―― 『ブロック崩し』系のゲームで、ここまで盛り上がるとは……。でも、このあたりがビデオゲームの大きな転換点かな、とも思えるんですね。これまでのゲームは対戦がメインで、戦う相手も自分と同等の存在だった。ところが、『ブロック崩し』から1対多という構図が当たり前になってきて、一気に世界が広がったようにも思えるんです。時期的にいうと、マイコンで『スタートレック』が流行していたことも、もしかしたら関係しているのかもしれません。

見城 最初のアーケードゲームと言われてる『コンピュータースペース』って1人用なんですよね。発売当時ではなく、かなりのちに遊ぶ機会があってプレイしたんだけど、完成度としてはちょっと厳しい。1人用としてどう遊ばせるか、っていうのは当時のゲーム業界での大きな課題だった気がします。

大堀 話が戻っちゃうんだけど、思い出したからいい? 『ボンパ』ってあったよね? 僕が暮らしていたところだと、その音から「ボンパ」って言われていたんだけど。

―― ニチブツの風船割りですか?

大堀 そうそう。あれって、内容はみんな同じだけどいろんなタイトルで出てなかった? 話の流れをぶった切って、急に思い出したんで言っちゃうけど。あれも、目を疑うほどうまい人っていたよね。シーソーを動かす人間の頭の部分で受ける人がいたんだよ。

見城 高度な技でしたね(笑)。

大堀 常にできるわけじゃなくて、何か条件があるのかもしれないけど。

西谷 画面端に絶対に隙間ができちゃうので、頭で受けないといけないことが絶対にありますね。

大堀 それを使いこなしてる人がいて、見ていてゾワゾワってきたもん。

見城 『風船割り』系はアドリブ性が高いから、とにかくテクニックが求められるよね。

西谷 あ、私も思い出したんですけど、VG2のI氏が、こういった崩し系って言ってもいいのかな、パドルのゲーム全般がめちゃくちゃうまかったんですよ。

見城 Iさんは初期のゲーム、何でもうまかったですよね。

西谷 ええ。でも、やっぱりパドルのゲームのうまさが際立っていた感じがします。自分のパドルが米粒みたいに小さくなっても全然対応できる。

大堀 凄い!

西谷 あれは『アルカノイド』だったな。序盤でほぼ全部が銀色のブロックの面がありますよね。

―― 5面の、中央に1個だけ白のブロックがあって、残り全部が銀色のやつですね。

西谷 ええ、それです。銀色のブロックって何度も当てないと壊せないからむちゃ難しい。でも彼は、そういうのを全然嫌がらないどころか、ボーナスステージだ! なんて言うぐらいで(笑)。

―― 確か銀色のブロックはステージが進むと得点がどんどん高くなる仕様だったと思います。

西谷 後半、かなりおいしいって言ってましたね。

大堀 ブロック崩しってさ、パドルが小さくなるだけじゃなくて玉も速くなるじゃん。

西谷 なりますねぇ。

―― 瞬きしたら負け、みたいな感じはありますね。

大堀 気持ちが切れた瞬間に終わるんだよね。難しかったなぁ。で、結局、最初にハマったビデオゲームって何だったっけ?

見城 さっきも話した通り『ポン』のときからハマってましたよ。まあ、大きな衝撃を受けたのはやはり『スペースインベーダー』でしょうね。

―― 見城さんの年代だと、インベーダーが出たのって中学生ぐらいだと思うんですけど。そうなると、ゲームセンターというかインベーダーハウスなんかも各地にできて、もう親に連れられてというのではなく自分でそういったところに足を運ぶようになりますよね?

見城 そうだね。ぼくの場合は、インベーダーよりも少し前から、1人でもそういったところに足を運ぶようになったのかな。

―― インベーダーの存在を知ったのも早かったんですか?

見城 早かったと思うね。前にどこかで書いたかもしれないけど、友だちにゲームの好きなやつがいてね。彼が教えてくれた。「インベーダーとかいう、凄いおもしろいゲームが出たんだよ」って。発売されてすぐだと思うけど、その友人が錦糸町のゲームセンターで見つけてきて、一緒に「これ、凄い!」って言い合っていたんだけど、そのときはまだインベーダーのおもしろさや凄さが世間に伝わっていなくて。

―― じゃあ、まだ遊ぶのに並んだりする必要はなくて?

見城 うん。最初は空いてたよね。よく覚えてる。でもね、あっという間だったよね。すぐにみんなインベーダーのおもしろさに気づいて、数週間後ぐらいだったかな、もう順番待ちしないと遊べないぐらいになってた。これは、ぼくのイメージだけど、インベーダーってブームになるまでが意外と早かった。かなりの数の人たちが、すぐにそのおもしろさに気づいたって感じだね。

―― 西谷さんはおひとりでゲームセンターに行くようになったのは、おいくつぐらいのときからなんですか?

西谷 ゲームコーナーなどには初期から行ってましたけど、ゲームセンターとなるとインベーダーからですよね? そのときは親と一緒に行くことが多かったかな。ああ、そうだ。親と一緒に喫茶店に行って、そこでインベーダーを遊ぶなんてこともありましたね。

大堀 いい親御さんだ……。

西谷 うちは親も一緒にゲームで遊ぶような家庭でしたね。当時はまだゲームセンターが風営法とかに縛られたりしていなかったし、いろいろなところにあって遊べましたよね。銭湯にもあったし。

―― ありましたね。

西谷 それで、いろんな銭湯にチャリンコで行って遊びましたよ。

大堀 まさかインベーダーするために?

西谷 もちろんです(笑)。

―― あのころは『スペースインベーダー』が品薄だったこともあって、タイトーの許諾品、そして得体の知れない模倣品も含めてコピーゲームがめちゃくちゃ多かったですよね。

西谷 まさに、そういうのが目当てです(笑)。全然知らないインベーダーがあちこちにあって、それで遊ぶのがほんとに楽しかった。

大堀 いいなぁ。そこら中にゲームがあるなんて。

―― 大堀さんのインベーダー・デビューは?

大堀 僕は世間で話題になってから、やっと遊んだって感じだったかな。八王子は遅いからさ、そういう文化が伝播するのが(笑)。

―― 大堀さんは当時、ゲーム仲間みたいな友だちはいなかったんですか?

大堀 当時はいなかったなぁ。僕、駄菓子が大好きだからさ、駄菓子屋にゲームが置かれはじめて、それでやっとゲームというものが身近になったって感覚だよね。

―― インベーダーで遊んだのも駄菓子屋で?

大堀 最初に遊んだのは……肉屋かな。

西谷 肉屋(笑)。

大堀 肉屋の前にあったんですよ。でも、あれは『スペースインベーダー』だったかな……。もしかしたら、いんちきなインベーダーだったかもしれない(笑)。もうさすがに記憶があいまいだよね。

見城 最初はタイトーのインベーダーだとか海賊版だとか、あまり意識してなかったですよね。

大堀 あと、タイトーがやってたバッティングセンターに併設されていたゲームコーナー。そこではさすがに純正の『スペースインベーダー』だったはず。

―― それはテーブル筐体だったんですか? ぼくが最初にインベーダーで遊んだときは純正のアップライト筐体で移動もジョイスティックじゃなくてボタンでした。

西谷 私も最初にプレイしたのはボタン移動の筐体でしたね。

大堀 みんな、早くから遊んでるんだな。僕が最初に遊んだときはテーブル筐体でジョイスティックで移動するやつだった。そのあとで見たのがデータイーストの、ボタンで移動するインベーダー。

―― 『スペースファイター』ですね。

大堀 最初は、「何じゃこれ!?」って思ったよね(笑)。

西谷 パドルで自機を移動させるインベーダーもありましたね。

見城 あった、あった。『ワールドインベーダー』とか、いくつかそういうのがあったね。って、インベーダーの話ってしていいの? 第3回目のテーマが「インベーダー」だったと思うんだけど(笑)。

―― そのとおりです(笑)。ブロック崩しぐらいまでの予定だったのですが、まあ脱線上等なので(笑)。

大堀 こうして話をしてみてわかったけど、僕は見城さんや西谷さんたちと半年ぐらいラグがあるような気がする。

見城 ぼく、何度も言ってるんですけど、アップライト筐体の移動操作がボタン式のインベーダーをどこかで復刻してくれないかな。

大堀 やりにくくない?

見城 やりにくいね。

西谷 よく覚えてないんですけど、移動ボタンって左側にありましたっけ?

―― 左側だったと思います。

見城 遊びにくかったけど、当時はみんな、それでも普通に遊んでたんだよね。誰も文句も言わずに。

大堀 同じ環境に生まれたかった(笑)。

見城 ビデオゲームって新鮮な遊びだったから、全部おもしろかったよね。

西谷 今、見ると微妙なゲームも、当時はすべておもしろかったですね。

大堀 仕方ないよね。自分も含めて、本当におもしろいゲームっていうのを、当時は誰も知らなかったからね(笑)。

西谷 私個人としては、ビデオゲームがおもしろかったのは、ルールが厳密に定められているからだ、と当時、凄く思ってたんです。たとえばかくれんぼにしても鬼ごっこにしても、大体ルールがあいまいになっちゃうことってありますよね。

―― そうですね。年下には甘くしたりとか。

西谷 そうなんですよ。将棋だって、待ったをアリにするとか。野球をやってても、どこかの家の庭にボールが入ったらツーベースにするとか、勝手なルールを作ったり(笑)。でもビデオゲームってルールが凄い厳密で、一切忖度してくれないじゃないですか。そこが子ども心に凄いと感じたんですね。

大堀 西谷さんがハマったのは『ブロック崩し』から?

西谷 いえ、結構遊びましたけど、やっぱりインベーダーからですよね、本格的にハマったのは。

―― 個人的に印象に残ってるのは、タイトーのガンマン同士で戦うゲームかな。

西谷 ああ、ありましたね。銃口を3段階に動かせるやつですね。

見城 『ウェスタンガン』か。うん、あれはよかったね。

大堀 あれはやってみたかったけど、お金がなかった(笑)。1回か2回か、それぐらいしか遊べなかったなぁ。

―― ぼくが一番最初にプレイしたアーケードのビデオゲームは、多分、この『ウェスタンガン』だったんだろうな。

大堀 当時だと、うちの近所のバッティングセンターに……何だっけ? ダイバーでタコとか撃つやつ。

見城 『ブルーシャーク』かな。

大堀 あれもおもしろかったよね。難しかったけど。あと覚えてるのが、タイトーの『ボウリング』のゲーム。ああ、そうだ。『ブルーシャーク』って『スペースインベーダー』と同時期の発売だったんだっけ?

見城 そうそう。タイトー的には、そっちがメインのつもりだったのに、『スペースインベーダー』のほうが人気が出たって話もあるよね。

―― というわけで、今回のテーマはここまで。

見城 え、オチとかなくていいの?

―― そういうのは必要ないんです(笑)。単にみんなでゲームの楽しい話ができればいいだけなので。

西谷 いいですね、そういうの(笑)。

2026年3月21日(土曜)、東京都立多摩産業交流センターの「東京たま未来メッセ」1階展示室にて開催される「RETRO GAME SUMMIT Lv.5」に、ゲーム文化保存研究所(IGCC)も参加させていただきます。

そこで「ARCADE HOUND #01」を頒布いたします。
価格は1,000円。

今回の「最初のアーケードゲーム」の他、「デコカセのゲーム」、「インベーダーゲーム」、「ドットイート」、そして「ジャンプアクション」の5つの座談会の模様を収録。

黎明期よりゲームに親しんできた西谷 亮、見城こうじ、大堀康祐の3名のゲーマーが思う存分、語り尽くします。


よろしければ、ぜひお手に取ってみてください!
画像なんて一切なし。文字ばっかりをぎっしりと詰め込んだ、熱い一冊です!

RETRO GAME SUMMIT Lv.5については、こちらをご参照ください。
 

こんな記事がよく読まれています

2018年04月10日

ゲームセンター聖地巡礼「1980~1990年代 新宿」前編

今回から、新企画「ゲームセンター聖地巡礼」の連載がスタートします。当研究所・所長の大堀康祐氏と、ゲームディレクターであり当研究所のライターとしても協力いただいている見城こうじ氏のお2人が、1980~1[…]