私と『コットン』
『コットン』とは
『コットン』――セガがSystem16という基板で1991年にリリースしたアーケードシューティングです。
「System16」は既に誕生から6年もの歳月が経過しており、日進月歩で技術進化をしていた当時のアーケード業界としては異例の長寿命となっていました。
これはセガが1988年に製作した『テトリス』の大ヒットによるもので、『コットン』はこの『テトリス』の需要により大量に製造された「System16」の“他の使い道”をセガが求めたという話もあります。
(これはアーケード業界には珍しいことではなく、例えば『ドルアーガの搭』は『マッピー』の基板の流用で作られたことは有名です)
当時『オセロ』などで有名な“サクセス”というゲーム会社がありました。
そのサクセスがSystem16用に開発を担当した魔法少女を主人公にしたシューティングゲームが『コットン』なのです。
この『コットン』は前述のとおり1985年製の基板(System 16)の性能の範囲内で作られているので“1991年のアーケードゲームとしては標準的な性能が出せない”という足かせがありました。
回転機能なし、サウンドはFM音源にADPCMと、一部の機能を抜粋しても、当時の家庭用ゲーム機にも追いつかないスペックもあったくらいです。
しかし『コットン』にはそれをものともしない、他のシューティングにはまったくない、大きな特徴がありました。
私、カシオ松下がこの“特徴”に驚き、後のアーケードゲーム製作者として多大なる影響を与えられることは、当時の学生の頃にはまったく気づいていませんでした。
驚愕のビジュアルシューティング
その“特徴”とは……なんとこの『コットン』は当時有名なアニメーターであった“田村英樹”先生により、アーケードゲームとしては前代未聞のビジュアルシーンがてんこ盛りの“アニメビジュアルゲーム”(*01)だったのです!
ゲームをプレイすると「ある日のこと……」とナレーションから始まります。
当然、音声はないのですが、ナレーションには“マイク”のアイコンが付いていて、そのセンスが非常にシャレています。
そこに現れる妖精の“シルク”とWILLOWが大好きな魔法使い“コットン”。
コットンはメチャクチャな性格で「正義と希望のため」などではなく、単にWILLOWが食べたいという一心でシルクに協力します。
……といいますか、ちっともゲームが始まりません!
「な、何だこのゲームは!!」と当時の私、カシオ少年は驚くと同時に、非常に端正な“上手いアニメ絵(当時のアーケードゲームで上手いアニメ絵を拝むのはマレだった)”とおもしろい演出満載のビジュアルシーンの虜になりました。
本作の「アニメ風ビジュアルシーン」ですが、「ゲームの合間にデモを挟めばいいんだろ? パソコンゲームやPCエンジンでもあったじゃないか」と思うかたもいるかもしれません。
しかしアーケードゲームの製作者目線で言わせていただくと、これは「危険」なのです。
どうしてもプレイ時間の延長につながり、「凄いゲームの時間貸し」という業務用遊技機の宿命上、ビジュアルシーンを長々見せるという選択は低インカムの要因にもなってしまうからです。
しかし、この“ビジュアルシーン“が当時のゲームセンターでは異常に目立った上に、メカばかりのシューティング界では非常に際立つ存在となり、ゲームセンターにいるマニアの中でもピーキーなゲーマー路線から“あぶれた”ライト系ユーザーの耳目を集めることに成功しているのです。
『コットン』は逆転の発想で、基板の性能が現代に追いつかないのであれば“ゲーム以外の部分“で注目を集めようというジャッジをしたわけです。
ちゃんとタイトル画面のキャラクターがゲームに出ている!
『コットン』の凄いのはここだけではありません。
魔女っ娘の“コットン”がゲームのタイトルに登場するだけでなく、そこには大きな絵のコットンの奥に飛んでいる小さいドット絵の“コットン”も存在しています。
コインを入れてスタートするとビジュアル後に、そのドット絵のコットンが“そのままゲーム画面に”出てくるのです。
これは当時の表現力の少なかったビデオゲーム基板で、なおかつどうしても自機が小さくなるシューティングゲーにおいて「この魔法少女はあなたが操作しているキャラですよ」(*02)という“刷り込み”を強烈に行うとても優れた手法でした。
当時のシューティングゲームには製作者の“照れ”が残っていたのか、キャラが出てきても「その戦闘機に実は乗っている設定」だったり、OPだけに登場したりをしていました。
しかし、例えばこれが任天堂のゲームだとしたらどうでしょうか?
『マリオカート』はマリオがマリオの色のカートに直接乗るわけです。わかりやすいです。
3Dシューティングの『スターフォックス』であっても「主人公のフォックスが戦闘機に乗るんですよ」という演出がくどいほど行われています。
他社でもカプコンの『ファイナルファイト』や『ストリートファイターII』は選択したキャラが“そのまま”デカキャラとして登場します。
ほかのジャンルのゲームでは“当たり前”にやってきたことなのです。
これをやらないと「このキャラクター、ゲームに関係がないじゃないか」という初心者の混乱を招きます。
『コットン』はそのギャップをできる範囲でなくしているのです。
その後のシューティング業界は『ガンバード』『エスプレイド』など“キャラ絵とそのままのドット絵”のセットで急激に「あなたが操作していますよ感」をきちんと演出するようになりました。
その先陣を切っていたのが『コットン』なのです。
RPG要素と融合させたゲームシステム
ゲーム内容も難易度が高いものの、おもしろい点がありました。
『コットン』は当時流行っていたRPG的な要素をシューティングに入れようとしていたのです。
敵を倒すと現れる“クリスタル”を攻撃すると色が変わっていきますが、このクリスタルの“色”に属性があり、取った色で使える魔法が火龍、雷など変化します。
さらにEXP値が設定されており、その溜まり具合で「魔法」の強さが変わるのです。
シューティングゲームとしては大変凝った仕様で、多少使いにくくはあるのですが「新しいシューティングゲームを作りたい」という意気込みと、「ファンタジーの世界なのだからRPG要素を強引にでも入れよう」という製作者の意思がありました。
シューティングゲームは特にそうなのですが、ゲームマニアを中心に「世界観は二の次、絵は記号に過ぎない、ゲームシステムこそ大事なのだ」という“ゲーム内容第一主義”のような考えが当時から強くありました。
しかし、実際はゲーム内容とグラフィックや世界観は密接な関係があります。
世界観を表現するための“手段”からゲーム内容ができあがっていく例も山ほどあるのです。
『コットン』の、グラフィックや世界設定をシューティングゲームという枠組みにとらわれずマッチングさせるというコンセプトは素晴らしいものだったと思います。
この後、彩京から『ガンバード』その続編の『ガンバード2』というキャラクターシューティングが出るのですが、魔法少女にお供という構成や、デモシーン、経験値を貯めることにより攻撃力が上がる仕組みや、「溜め」攻撃でお供が“虐げられる”シークエンスなど『コットン』を感じさせるものがあります。(*03)
ケイブの『デススマイルズ』や、私がのちに企画した『ティンクルスタースプライツ』も似たような構成となっています。
すべてが『コットン』の影響下にあるとは言いませんが、本作がキャラクターシューティングの概念を大きく前進させたのではないかと私は考えています。
これらは今の時代では“普通”に見えることかもしれません。
しかしそれは『コットン』の提示したフォーマットがいかによくできていたかの証明になっています。
このような様々な特徴から、『コットン』はシューティングが冬の時代に生まれたにも関わらず(ベルトスクロールから対戦格闘ゲームのブームへの大きい転換期だった)、ゲーマー以外のファンを取り込んだ稀有な作品となり、多数の続編や移植を経て、今なお『コットン』は愛され、2020年には『コットン リブート』が発表されました。
そのフランチャイズは令和の時代でも続いています。
最後に私事となりますが、私が企画した、『ティンクルスタースプライツ』は、当時すでに使用する基板が誕生から6年を迎えており、『コットン』とほとんど同じ条件でした。
基板性能や予算の問題もあり、1996年のアーケードゲームに“ガチ勝負”することなどできるわけがなかったのです。
そのときに、このコットンが示した方向性にどれだけ助けられたかわかりません。
必ずしもメジャー路線、メインストリームを歩く必要はない、別の場所で勝負すればいい。
そのようなことを『コットン』は私に教えてくれたのです。
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