Game in えびせん、ハイスコアの「Field of Dreams」!

Game in えびせん、ハイスコアの「Field of Dreams」!  IGCC

アーケードゲームが全盛期であった1980~1990年代。全国のゲームセンターで記録されたハイスコアがゲーム雑誌に掲載されるようになると、そのハイスコアに挑戦する人々が現れるようになってきた。彼らは「ハイスコアラー」(以下、スコアラー)と呼ばれ、高得点を記録するスコアラーはスター的な存在であった。

東京都練馬区にある「Game in えびせん」(以下、「えびせん」)は、現役スコアラーであるオーナーの海老原肇(えびはら・はじめ)氏が2006年にオープンしたゲームセンターであり、数々の名スコアラーが今なお足しげく通う「スコアラーの聖地」である。

この「えびせん」がある西武池袋線江古田駅周辺は、かつて10軒以上のゲームセンターが軒を連ねたゲーセン密集地区であったが、現在は「えびせん」のみが営業を続けている。本記事では、この「えびせん」とともに、ハイスコアに挑戦する「スコアアタック文化」について触れてみたいと思う。

スコアアタック文化とハイスコア集計

「えびせん」の魅力を理解するためには、スコアアタック文化 について知る必要がある。
スコアアタック文化とは、単純に言えば「誰がそのゲームの全国トップのスコアを出せるのか?」を競うことだ。おそらく、日本初の一般向けアーケードゲーム情報誌である『アミューズメントライフ』誌上で、全国規模のスコア集計が掲載されたのが1983年春頃。ここが日本のスコアアタック文化の起点と見ていいだろう。

冒頭で触れた全国ハイスコア情報は、『マイコンBASICマガジン』や『ゲーメスト』(後の『アルカディア』)などの掲載雑誌の休刊により2015年に集計活動が途絶えたが、翌2016年に有志「日本ハイスコア協会日本※1ハイスコア協会:ゲーム雑誌『アルカディア』の元編集スタッフやライターを中心に、かつて雑誌を通じて行われてきた全国的なハイスコア集計活動をインターネット上で行っている組織。公式サイト」(以下、JHA)によって、ネット上で集計が再開されている。

現在、スコアラーは各タイトルのハイスコアを更新するとJHAに申請を行うのだが、このときゲームセンターのハイスコア担当者、あるいは店舗スタッフによるスコアの確認が必要となる。これは虚偽申請、いわゆる「ウソスコア」を避けるための仕組みだが、確認だけとはいえ、ゲームセンター側に多少なりとも負担をかけることになる。何よりスコアラーが来ない店舗には、スコア確認という概念すらないところもあるだろう。

しかし、「えびせん」ではそんな心配は無用だ。店内には常にハイスコア担当者がおり、いつでも気軽にスコア確認をしてもらえる。なぜならここは、スコアラーによるスコアラーのためのゲームセンターだからだ。

スコアラーのバックアップ体制

「えびせん」は、20坪に満たない店内に21台のシティ筐体が並ぶシンプルな作りとなっている。筐体がすべてプレイヤーで埋まっても通行に支障がないように配置されており、照明は画面に反射しない角度や照度に調整されている

それぞれの筐体に備え付けられたコントロールパネルは、海老原氏自らがレバーとボタン、連射装置などをメンテナンスしている。来店する常連スコアラーがその時期にスコアアタックしているゲームタイトルや筐体は、ある程度決まっており、個人の好みに合わせた調整を行っているそうだ。だからといって特定のスコアラー専用台というわけではなく、もちろん誰がプレイしても構わない。

また、レコーダーによるゲームの録画環境も完備されており、希望者にはDVDへの書き出しも行っている。さらに、1つのゲームをやり込みたいスコアラー向けに、1時間500円のタイムレンタル、31日間3万円のマンスリーレンタル制度まである。
余談だが、海老原氏は日頃培った筐体メンテナンスのテクニックを買われ、シューティングゲームイベント「わっしょい!※2 シューティングゲームイベント「わっしょい!」:HDK-ぴかちう氏主催のライブイベントで、2008年から不定期に開催されている。ステージ上に筐体を設置し、トップレベルのスコアラーのプレイを大勢で観戦するというもの。2015年~2017年にわたってはniconico主催「闘会議」の1コーナーとして開催された」の筐体整備を担当している。

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▲筐体のメンテナンスは行き届いており、連射装置も完備されている

「えびせん」ができるまで

「えび店長」の愛称で親しまれるオーナーの海老原氏は、自身もスコアラーで1975年生まれの42歳。もともとは小劇場の舞台音響をフリーランスで請け負っていたが、ある時期から仕事がなくなりアルバイト生活をしていた頃に、スコアラー仲間との酒席で、よく「自分のゲーセンを作ったとしたら…」という話をしていたそうだ。

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▲「えび店長」こと海老原氏

最初は与太話だと思っていたが、何度か仲間と話すうちに本気で「自分のゲーセン」を思い描くようになった海老原氏は、具体的な費用の試算を始めた。筐体や基板の確保、開業可能な物件探し、風営法に基づく申請…など、さまざまなハードルがあったが、周囲の協力と運もあり、それらを次々にクリアしていった。

筐体は、廃業するゲームセンターからの出物がタイミング良くかつ安く確保できた。これをスコアラー仲間数名で集まって人力で2階へと運び上げ、運送費を節約した。ゲーム基板は、海老原氏個人の持ち物もあったが、大半はスコアラー仲間からの提供物だ。

地元である江古田での物件探しは困難を極めた。何より、既存のビルや入居者は、同じ建物にゲームセンターが開業することを嫌う。集まる客層や騒音に良いイメージがないのだろう。

最終的には、相談していた不動産屋さんが建て替えたビルの2階を勧められ、新築の物件に入れることになった。もともと近くに別のゲームセンターもあり、学校や病院などとの距離もあって、風営法が定める場所的な問題もクリアできた

こうして、一般的な企業による開業とは比較にならないほど安価に、「えびせん」は2006年5月3日に開業した。店名は「えび(海老原氏の愛称)のゲーセンだから、えびせん」というスコアラー仲間の言葉に加え、かつて海老原氏が通った「ミラクルイン中村橋」という名前をなぞらえて「Game in えびせん」と決まった。

ハイスコアの「Field of Dreams」

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▲店内ハイスコアボードその1、海老原氏のスコアもある

前述のバックアップ体制を完備したスコアラーのための「ハコ」を作ることで、スコアラーが代わる代わる50人来てくれれば店を続けていけるという試算のもと、運営はスタートした。

ところが、噂を聞きつけ集まったスコアラーは50人どころではなく100人近くにもなり、ゴールデンウィークの開店だったこともあって序盤から大盛況となった。この頃、すでにTwitterが国内でサービスを開始していたが、日本ではSNSと言えばmixiという時代。スコアラーの間でもmixiによって「えびせん」の開店情報が広がったのかもしれない。

来店者の中には、雑誌のハイスコアランキング以外ではめったに姿を見ることができない伝説のスコアラーもおり、オープン当初から数々の「全一(全国トップのハイスコア)」記録が出ることになる

「それを建てれば、彼は来る」で知られる映画『Field of Dreams(フィールド・オブ・ドリームス)』(1989年)のゲームセンター版とも言えるような出来事だったに違いない。

ハイスコア集計、空白の1年間

こうして、「えびせん」は予定通りスコアラーが集まるゲームセンターとしてスタートした。しかし、ご存じの通り今世紀のゲームセンターを取り巻く状況は、あまり良いとは言えない。2006年当初、江古田駅周辺には、他に2店のゲームセンターがあったが、2015年の「アミューズメントフタバ」閉店により「えびせん」だけが残る形となった。

「えびせん」オープン当初は学生の常連客もいたが、世代が変わり、スマートフォン向けゲームの普及もあったせいか、今ではほとんど学生客がいない。稼働ゲームもスコアラー向けのラインナップであるため、プライズ機、メダル機、音ゲーはなく、格闘ゲームも対戦台の設置はなくシングル台のみ。またカードゲーム機など今どきのゲームも稼働していない。時折、それを知らずに初見で来店した一般客が店内を一回りして帰る姿を見て、海老原氏は申し訳ない気持ちになるそうだ。

また、2015年のハイスコア集計雑誌の廃刊(正確には定期刊行の終了)による記録中断も大きな出来事だった。ハイスコア集計空白の期間は、スコアラーがスコアアタックをやめてしまうのではないかと海老原氏は不安に駆られていたが、それでも多くのスコアラーはプレイを続けてくれた。

「えびせん」でも、空白の1年に店内での申請が途絶えることはほとんどなかった。オープンから現在まで、スコア申請がなかった(ハイスコアが店内で更新されなかった)月はふた月だけで、その他142の月は何らかの更新がなされた。

店内でのハイスコア申請は、取材した日までの累計でなんと1550回ほどにも及ぶ(2018年2月15日現在)。この取材中にも、とあるゲームのハイスコアが更新され、海老原氏による確認のため取材が中断する一幕があった。

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▲ハイスコアボードその2、空白期間も更新され続けた

「えびせん」のジンクス、えび店長の「魔眼」

毎日のようにスコアアタックが行われている「えびせん」には、1つのジンクスがある。スコアラーがノーミスでプレイを進めている最中のゲーム筐体には、ハイスコア更新の瞬間を見ようと、おのずとギャラリーが集まるものだが…そこに海老原氏が混ざっていると、スコアが途切れて更新に至らないというものだ。海老原氏の視線、通称「魔眼」によりミスが誘発されたという複数のスコアラーからの声があったようだ。

同様の意見を何度か耳にしたこともあり、海老原氏も「魔眼」を気にしてか、現在の店内のゲーム配置は、海老原氏のホームポジションであるカウンターから見える筐体には、なるべくスコアアタック対象ではないゲームを入れ、対象ゲームはカウンターからの死角になるよう配置している。

あくまでジンクスではあるが、スコアラーの心証にまで気を配ったレイアウトと言えよう。

スコアラーのオヤツ『ブロックアウト』

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▲数々のスコアラーが『ブロックアウト』に挑んだ結果

店の公式Twitterを見ると、頻繁に『ブロックアウト』(1989年)のプレイ動画を配信していることに気付く。「えびせん」は間違いなく日本で一番『ブロックアウト』が流行っている店だ。

スコアラーは、自分がその時にやり込んでいるゲームに疲れたとき、別のゲームで気分転換をすることがある。「えびせん」ではこれを「オヤツ」と呼ぶ。本気で遊ぶ主食ゲームの合間に、気分転換に遊ぶゲームという意味だろう。

『ブロックアウト』は、最初「オヤツ」とするために設置されたタイトルだったが、そのあまりにも高い難易度から、本気で挑戦するスコアラーが次々と参戦。数々の全一保持者が挑戦するも、あっという間にゲームオーバーになっている様子から、さらに興味を持つ常連客が増え、複数台設置された時期もあった。「えびせん」には同作の基板が5枚もあるそうだ。

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▲「ブロックアウトシミュレーター」。色が付いているブロックは回転軸だ

また、店内には「ブロックアウトシミュレーター」と呼ばれる手作りのブロックが常備されている。独特の回転操作と空間把握が難しい本作を、このブロックを使って机上で練習することで、店内での攻略は一気に進んだ。この他にも常連客自作の解析資料があり、「えびせん」にはそれらを駆使することで本作を攻略していくという独自の『ブロックアウト』文化が根付いている。

 

これからのえびせん

2012年の『怒首領蜂最大往生(どどんぱちさいだいおうじょう)』、2013年のアーケードゲーム用コンテンツ配信システム「NESiCAxLive」導入後、「えびせん」では新作を購入していない。そのため、ほとんどが週末のスコアラー来店に支えられた運営で、若いプレイヤーが入ってくる土壌がない。

それもあり、海老原氏は先日の「JAEPO2018※3JAEPO2018:正式名称は「ジャパンアミューズメントエキスポ2018」。2013年から毎年開催されているアーケードゲームの展示会。」でお披露目された『exA-Arcadia』ボード※4exA-Arcadia 』:ShowMeHoldingsが発表したアーケード向け新システム基板。公式サイトと、それによる新作のリリースには大きな期待を寄せている。『exA-Arcadia』は大手メーカーの現行ボードとは違い、ネットワーク接続が不要で1クレジットごとの収益分配(従量課金)もないため、「えびせん」などの小規模ゲームセンターでも負担なく新作を入れることができると言われているためだ。

「今後、こういった新システムでリリースされる新作を稼働させ、ビデオゲームを遊ぶ若いプレイヤーを増やしながら、全国のゲームセンターを再び盛り上げていきたい」と海老原氏。「えびせん」は新しいスコアラーを呼び込みながら、新旧のスコアラーが集える店づくりを目指し、スコアアタック文化を守り続けている

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▲スコアラー向けのラインナップでシングル台のみが並ぶ

店舗情報

Game in えびせん
住所:東京都練馬区旭丘1-75-12 ヤジマビル2F
電話:03-6909-4776
営業時間:12:00~24:00
休み:なし ※年末年始(12/30~翌1/3)のみ休業
駐車場:なし
公式サイト
公式Twitter

 

脚注   [ + ]