「懐かしい」は「もう古い!」 ゲーム展示イベントの新たなカタチ
「GAME START Ⅱ これからのビデオゲーム展を考える」レポート
北海道大学総合博物館(札幌市北区)では、2月10日(土)からゲームをテーマにした企画展「GAME START Ⅱ これからのビデオゲーム展を考える」が開催されています。
本展は、同大学の特任教授で、博物館学を専門とする佐々木 亨氏と、同大学大学院文学院博士後期課程に在籍し、学芸員の資格を持つ寺農織苑氏が企画したもの。会場内には、懐かしのゲーム&ウオッチをはじめファミリーコンピュータ、ファミリーコンピュータディスクシステム、ゲームボーイ、スーパーファミコン、プレイステーション、セガサターン、NINTEDNO64、プレイステーション2の全9種類のゲーム機、およびそれらで稼働する各種ゲームソフトが展示されています。
昨今では、全国各地の博物館でゲームをテーマにした展示イベントが散発的に開催されるようになった感があります。ゲームメーカー側でも、カプコンが『ストリートファイター』シリーズの巡回展を開催したり、任天堂が京都府宇治市にニンテンドーミュージアムを間もなくオープンさせたりするなどの取り組みを始めています。
他方、前述したように「GAME START Ⅱ これからのビデオゲーム展を考える」の会場は町中にある博物館ではなく、大学のキャンパス内にある博物館であり、企画を担当したのはメーカーの社員ではなく、大学の先生と学生です。
いったいなぜ、大学でゲーム展が開催されることになったのでしょうか? 会場で佐々木、寺農両氏にお話を聞きました。
ゲームアーカイブを「考える」ための展示に
本展は、寺農氏の研究の一環として企画されたもので、最終的には本展の成果を元に同氏が博士論文を完成させることを目指しており、佐々木氏が指導教員を務めています。
「今回のような形でゲームを展示すれば、現在各所で進められているゲームアーカイブ活動と共存できるのでは、という主旨の博論(博士論文)にする予定です」(寺農氏)
「まだ博物館のコレクションとして認められていない段階にあるゲームを、どのようにすればコレクションの一種として認められるのか、そのプロセスを作る段階の研究です。例えば農具は、昭和初期から博物館に収められるようになったことで、コレクションが徐々に整理されていった歴史があるのですが、今回のゲームの展示でもそれと同じことをしているわけですね」(佐々木氏)
寺農氏は、2022年にも同大学で「ゲーム展示を攻略せよ」と題した、自身の研究論文をベースにした展示を実施していました。その後、こちらの展示を実施するにあたり、全国各地の1,751館の博物館を対象に、ゲームをテーマにした展示を行った経験の有無と、ゲーム機類の所蔵があるかを調査したとのこと。
実は、本展に展示されているゲーム機類は年代順ではなく、この調査データによって判明した、各博物館の所蔵率が高い順に並べられています。なので、今回の展示品の中で最も古いゲーム&ウオッチ版『ドンキーコング』ではなく、各館の収蔵率が第1位のファミリーコンピュータと、その対応ソフトを先頭に展示しています。
筆者は会場に足を運んだところ、すぐに違和感を覚えました。なぜなら先ほど述べたように、展示されているゲームが年代順に並んでいなかったからです。またハード、ソフトともに有名なものばかり、悪い言いかたをすれば「ありふれた物」ばかりなので、いったい本展は何を目指しているのかが理解できませんでした。
しかし、寺農氏の説明を聞いたら「ナルホド、そういうことだったのか!」と、目から鱗が落ちました。
「今までに開催されたゲーム展の多くは、『思い出を懐かしんでください』などと案内に書かれていますが、必ずしもそうではないだろうと私はずっと思っていました。今回の我々の展示は、皆さんに展示内容を見ていただいたうえで、ゲームアーカイブはどうするべきなのか、我々は何かできるのかを考えていただくというのが一番の目的です。
展示を見て、ただ懐かしむだけの時代はもう終わった、これからはゲームについて何を残せるのかを考えなければいけない時代になったと、私は考えております。そこで、皆さんにゲームアーカイブの在り方を考えていただこう、普段は博物館に出掛けない人にも楽しんでいただけるようにしようと思って準備を進めました」(寺農氏)
ちなみに今回の展示物は、すべて寺農氏のコレクションを使用したので、会場のセッティング自体はそれほど手間にはならなかったご様子でした。佐々木氏によると、本展の実現にあたり最も苦労したのは、文学部としては前例のない、ゲームをテーマにした展示をする意味がそもそもあるのか、その理解を得るための調整だったそうです。
本展の来場者は、1日平均で約100人、筆者が取材に伺った3月15日の時点で、およそ4,000人が足を運んだそうです。会場が大学の博物館ということもあり、受験を控えた高校生と、その保護者の2人での来館が多く、札幌という土地柄もあり観光客の割合も非常に高く、外国人の姿も目立っていました。
佐々木氏らが展示実現に向けて調整に尽力した結果、ただゲームを並べただけではない、きちんとした目的がある展示を実現させ、多くの来場者を集めたことは、大いに意義があると言えるしょう。
図録、解説文にも独創的な工夫が
本展では、ハードごとに「A」「B」「C」全3種類の解説文が用意されています。「A」は短くて読みやすい解説、「B」は基本的な内容、「C」は基本情報に思い出を加味した内容が書かれており、構成がそれぞれまったく異なります。わざわざ解説文を3種類も準備したことにも深いワケがあります。
会場の売店で売られている本展の図録は『インタラクティブ・カタログ』と銘打っているのですが、図録を購入した時点では、何と解説文がまったく書かれていません。
会場には、壁に飾られた解説文とは別に、実は同じ文面が書かれたシールが別途用意されています。つまり、来場者が自分でシールを貼り付けることで、初めて図録が完成する仕組みになっているのです。しかも、シールを貼るスペースは1ハード(コーナー)につき1枚だけしかないので、自分だけのオリジナル図録が作れる楽しさもあります。
寺農氏によると、「今のところ、『C』を選択する人が一番多いです。逆に、ネットなどで調べればすぐにわかる情報しか書かれていないという理由で、『A』を選ぶは少ないですね」とのことでした。
もうひとつ、本展ではゲームアーカイブ、あるいはゲームの展示に一石を投じる、おもしろいコーナーが設けられているのも注目したいポイントです。
以下の写真は、過去にゲームをテーマにした、または企画の一環としてゲームが使用された展示イベントの図録です。これらの記載内容をよく見ると、ゲーム機の写真の構図がちょっとおかしい、記載内容に誤りやあいまいな点が見受けられるなど、いずれも博物館での展示としては疑問符が付くものばかりです。
寺農氏が、このような図録をわざわざ探し出して展示した理由は、博物館を非難するためではありません。現状、ゲーム分野ではアーカイブが十分にされておらず、ゲームにくわしくない展示スタッフにもわかりやすくて参考になる資料がないため、その結果このような図録が作られてしまう場合があることを来場者に知ってもらうことが、本コーナーを設置した真の目的なのです。
また会場には、来場者がゲームの思い出を書いた紙を自由に飾ることができるコーナーも用意されています。地元の北海道民だけでなく、海外の来場者がそれぞれの母国語で書いたものが想像以上に多かったので筆者も驚きました。
「もし別の展示で同じコーナーを設置した場合は、地域ごとに異なる特徴が出てくる可能性が十分に考えられます。いろいろな場所で実施することで、プレイヤーのゲーム体験をアーカイブするためのヒントが得られるのではないでしょうか」(寺農氏)
本展は4月14日(日)まで開催され、入場料は無料です。とりわけ学生の皆さんには、きたる春休み期間を利用して、今までのゲームに関する展示企画とはひと味もふた味も違った本展の会場に、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?
「会場では、博物館とゲームにどんな親和性があるのかを見ていただきたいですね。特にゲーム好きの皆さんであれば、いろいろな知見をくださると思っておりますので ぜひ会場にお越しいただければと思います。
『ゲームアーカイブ』という単語を聞くと、何か貴重な資料を博物館に寄贈しなければいけないものだと、多くの皆さんが思われているかもしれません。アーカイブとは、けっしてそれだけとは限らない、皆さんがそれぞれ体験したことも、アーカイブにつながると私は思っております。自身のゲーム体験を、SNSでも何でもいいから皆さんが発信することで、その可能性はどんどん広がるはずです。そんな意識をもって、会場に足を運んでいただけたら嬉しいですね」(寺農氏)
「ゲームをテーマにした展示が、実は文学部の文脈からでも可能であり、しかも研究テーマにもなる。展示を通じて、文学部はこれだけ幅の広い学部だということを知っていただけたら嬉しいですね」(佐々木氏)
<企画展示「GAME START Ⅱ これからのビデオゲーム展を考える」>
・会場:北海道大学総合博物館1階 文学部展示室
・開催期間:2024年2月10日(土)~4月14日(日)
・入場料:無料
・参考リンク:企画展示「GAME START Ⅱ これからのビデオゲーム展を考える」(北海道大学のページ)
https://www.let.hokudai.ac.jp/event/23618