見城こうじが訊く 第五回 eスポーツキャスターってどんなお仕事? 前編

  • 記事タイトル
    見城こうじが訊く 第五回 eスポーツキャスターってどんなお仕事? 前編
  • 公開日
    2022年11月04日
  • 記事番号
    8678
  • ライター
    見城 こうじ

eスポーツキャスター 水上侑さん インタビュー

年々、勢いを増すeスポーツの世界。そこで注目を浴びるのはeスポーツプレイヤーであったり、ストリーマーと呼ばれる人たちであることが多いのですが、彼らと同じぐらい場を盛り上げてくれる大切な存在、それがeスポーツキャスターです。

今回は若きeスポーツキャスターである水上侑(みなかみゆう)さんに、そのお仕事がどういったものなのか、3回に渡りお訊きしていきます。前編は主に「eスポーツキャスターの心構えと実況のテクニック」、中編は「この仕事を選ぶに至った経緯」、後編は「eスポーツプレイヤーをはじめとする業界全体」についてのお話が中心となります(このインタビューは7月に実施いたしました)。

【聞き手】
見城こうじ

  

水上侑さんプロフィール
(ウェルプレイド・ライゼスト公式サイトより)
実況総数35本超えを誇る、様々なゲームタイトルの実況を務めてきたeスポーツキャスター。FPS、格闘ゲーム、MOBA、カードゲーム等々、あらゆるジャンルに精通しており、新作旧作問わず幅広いタイトルで活動を行っている。

主な実績
RTB将棋公式大会 実況 
電撃バーチャ道 実況 
スーパーグレート超速グランプリ公式オンライン大会 実況 
Vanguard ZERO Championship 実況 
GUILTY GEAR DUEL ONLINE 実況
Red Bull 5G 2021 FINALS 「eFootball™ 2022部門」 実況 
『Pokémon UNITE』Winter Tournament 実況
GBVS Cygames Cup 実況
The DBFZ WORLD CHAMPIONSHIPS 実況
MELTY BLOOD: TYPE LUMINA Official Tournament 実況
ポケモンワールドチャンピオンシップス2022 ユナイト部門 解説

水上侑さんはウェルプレイド・ライゼスト所属のeスポーツキャスター

―― 今日はeスポーツキャスターについてお訊きしたいことがたくさんあって、楽しみにしてきました。どうぞよろしくお願いします。

水上 よろしくお願いします。

―― さっそくですが、水上侑さんは現在28歳(※取材時点)。本格的にeスポーツキャスターとしての活動を開始されたのは2018年で、現時点で4年ほどのキャリアになるわけですね。

水上 はい。もうそんなに経つんですね。

―― このインタビューは、eスポーツ総合商社『ウェルプレイド・ライゼスト』さんのオフィスで行なっています。水上さんと、こちらの会社とはどういったご関係なのでしょうか?

水上 ぼくの立場は「所属者」と呼ばれていて、社員ではなく「マネージメント契約」という形でお世話になっています。スケジュール調整だったり報酬関係などのマネージメントをしていただいています。

 他にも、ぼくが「このゲームの実況(の仕事)を取りたい」というときに相談に乗ってくれたり、ツイッターのフォロワー数を伸ばすためにこういうことをしたほうがいいよね、みたいな提案をしてくれたり……マネージメントと言いながらもプロデュースのようなこともやっていただいています。

―― 普段はこちらに出社されているわけではないのでしょうか?

水上 そうですね。ただ、こちらにお世話になった初めのころは、よく顔を出すようにしていました。

 社員さんと話をすることで、現在どんな案件があるのか知ることもできますし、ぼくがどんなゲームの実況ができるのかも会社側に伝えることができます。そうすると、ウェルプレイド・ライゼストにキャスターの仕事が舞い込んだときに「これは水上ができるんじゃないか?」と振っていただける確率が上がるんじゃないか、という想いもあって、コミュニケーションを頻繁にとるようにしていました。

 おかげで、今ではいろんな社員さんとも仲良くさせていただいています。趣味でカードゲームを一緒にやらせていただいたり(笑)。

―― ウェルプレイド・ライゼストさんにはいつから所属されているのでしょうか?

水上 ぼくが本気でeスポーツキャスターを目指そうと考えたのは2018年ですが、その時期にフリーの立場で「キャスターをやらせてください!」と営業をかけたとして、何のバックボーンもないただの小僧を大事なゲーム大会の実況に使っていただくなんてまず無理だろうなと。

 それでどこかに所属して“信用をお借りする”必要はあるなと思ってたんです。ただ、その時点では、そういう人が所属するための事務所は、たぶんまだほとんどありませんでした。

 ちょうどそのとき、ウェルプレイド・ライゼストがキャスターの募集を出していたことを知って、いの一番に連絡を取らせていただいたんです。それも、募集は4月からと書いてあったのに、まだ3月のうちに熱量高めで「よかったらお話聞いていただけませんか?」ってメールを出して、採用していただくことができました。

eスポーツキャスターの第一の仕事は“起こったことを正確に伝える”こと

―― 大変基本的な質問から入って恐縮なのですが、まだ新しい職業であるeスポーツキャスターの定義について教えていただけますでしょうか?
 というのも、ウェルプレイド・ライゼストさんにも数人のかたが所属されていると思うのですが、「ストリーマー」というご職業もあって、そちらを調べてみると「ゲームのライブストリーミング配信や、大会での実況や解説も行なう」という意味合いで書かれてることもあって、eスポーツキャスターと若干重なる部分もあります。どう区分されているのでしょうか?

水上 eスポーツキャスターは、大会をはじめとする公式の場で、(自分がプレイするわけではなく)実況・解説したりMCをするような仕事です。それに対して、ストリーマーというのは、自分がプレイしている映像をYouTubeやTwitchなどでライブ配信する人のことをいい、両者の性質はかなり違うと思います。

 加えて言うと、見ているかたに“起こったことを正確に伝える”のがキャスターの役割になります。たとえばサッカーの試合でゴールが決まったら、実況のキャスターは「ゴーーール!」と言います。どんなに感情を乗せるとしても、ゴールしたという事実は言うわけです。これに対してストリーマーのかたは、たとえば「やったあ!」のような。自分がプレイしている“自分事”だから、そういうリアクションをするわけです。

―― なるほど。

水上 それで先ほどの両者が重なる部分の話ですが、ストリーマーの人たちが実況や解説として大会などに呼ばれることもあるんです。傾向としては解説のほうが多いように感じます。ストリーマーのかたがたってゲームをやり込まれる人も多いので、深い知識が必要な解説とは親和性があるんですね。中でも人気のストリーマーさんっていますので、そういったかたを解説などのゲストとしてお呼びしたりするわけです。

 だから、実況・解説する人をストリーマーと呼ぶのではなく、ストリーマーの仕事の一環として実況・解説としての出演があるので、前述のように記載されているところもあるのだと思います。

―― 両者の違いがとてもよくわかりました。

水上 たしかに、昔は「大会を実況する人」と「ゲームプレイを実況する人」というように、どちらも“実況”という言葉で説明されていたので、自己紹介で「ぼく、実況者なんです」と言うと、「ああ、じゃあ配信とか?」「いや、そっちではなくて」みたいなやり取りがよくありました。だから、eスポーツキャスターとストリーマーという言葉ができて、以前よりは区分がわかりやすくなったとは思います。

実況するときはゲームの世界観を大事にしたい

―― 水上さんが最近実況されているゲームを教えていただけますでしょうか?

水上 時期によって変わりますが、今(7月)は『ポケモンユナイト』が一番多いかと思います。『ポケモンWCS2022』という世界大会の予選があって、実況、もしくは解説としてよく出演させていただいています。

 格闘ゲーム関連でいうと、『メルティブラッド』が全国大会の最中です。それと『ギルティギア ストライヴ』。昨年6月に発売されてから公式大会が何度も開かれてるのですが、そのたびにお呼びいただいて実況しています。

 それから『ヴァンガードZERO』。ブシロードさんのカードゲーム『ヴァンガード』のスマホアプリ版です。こちらは3か月に1回の頻度で開催される「チャンピオンシップ・シリーズ」という大会がそろそろ3年目を迎えるのですが、1年目の途中からずっとお世話になっています。

『Vanguard ZERO Championship 2022 SPRING 決勝大会Day1』を実況中の水上さん

―― プロフィールを拝見すると、これまでに35タイトル以上の実況を経験されているとのことですが、質・量ともにこれだけのゲームの内容を短期間で覚えて実況するってとても大変なことだと感じます。
 たとえば、ウメハラ選手の『ストリートファイターV 』の試合で有名な「リバサ前歩き投げ」のようなハイレベルな展開(※ダウン状態からの起き上がり時の攻防で、ウメハラ選手が予想外の動きで大逆転した伝説的なシーン)も、実況者は瞬間的に反応できないといけないですよね? ですので、基本ルールのみならず、すべての技名やキャラクター名、そして細かいゲーム性の類いを、ご自身ではどれぐらい遊び込んで、どういう点を重視して覚えられるものなのかと思いまして。

水上 大前提として「(技名などの)正式名称は絶対に間違えない」ということは自分に課しています。それを間違えてしまうと、ゲームを作ったかたがたに対して本当に失礼じゃないですか。

 ただ、似た用途の技の場合、プレイヤーの間で使われがちな俗称もよくあるんです。そういうのもちゃんと正式名称を覚えて使うようにします。万一、覚えられなかった場合も俗称を使ったりせずに、たとえば「相手の攻撃をさばいた」など、技やシステムの名前ではなく行動を描写してしゃべるようにします。

―― この場合の俗称というのは、別のゲームの技名で代用してしまうということですね。そして、そういうことは決してしませんよと。

水上 その上で、ゲーム理解のためにどれぐらいやり込むかというのは難しいですね。たとえば「〇時間やったらオッケー」ということなのかというとそうではなくて、だらだらやる100時間と、わからないことがあったらガッツリ調べて濃密に取り組む30時間とでは違うじゃないですか。

 実況の仕事って、見ている人に楽しんでいただきながら、そのゲームのおもしろいところをできるだけわかりやすく伝えることだとぼくは思ってます。だから、プレイ時間で区切るのではなく、「このゲームのおもしろいところって何なんだろう?」ということが自分の中で言語化できるまではプレイする、ということを指標にしています。

―― しっかりとおもしろさを理解し、実況に活かすわけですね。

水上 それとぼくが重視していることとして、世界観を大事にしたいなと思っています。

 たとえば『ポケモンユナイト』でいうと、『ポケモン』の世界では、ポケモンとトレーナーはいつも一緒にいるわけです。実際、ポケモンというコンテンツは「ポケモンはいつもあなたのそばにいますよ」と現実のぼくたちに伝えてくるような見せ方をしてると思うんですね。ぼくはその世界観も好きなので、ポケモンをデータとして扱うのではなく、『ポケモン』の世界がそこに存在するものとして話をしたい。

 そういうこだわりがあるので、たとえば大会で実況解説をする際にも、ゲーム的な性能の話ばかりではなく、「ゲンガーは部屋の温度が5度下がります」のような、ポケモンを生物としてちゃんと見たような話も、たまに入れていくようにしています。

 もちろん、大会でのぼくたちは「選手のすごさ」と「試合・ゲームのおもしろさ」の2つを伝えることが役割の大前提なので、そこをまずは最優先にします。

 だけど、見てるかたはそのゲームそのものを好きな人も多いので、無理のない範囲でそういった話を混ぜ込むと楽しんでくれる人が多いんじゃないかな……と感じています。

ゲームの世界観を大切にしながら実況したいと語る水上さん。蝶ネクタイが彼のトレードマークだ
水上さん自身のプレイによる『モンスターハンター』実況。軽快なしゃべりからその楽しさが存分に伝わってくる

キャスターは「リバサ前歩き投げ」をどこまで知ってるべきなのか?

水上 誤解を恐れずにお話しすると、実況者はそのゲームにくわしくなることは大事なのですが、必ずしもすべてを知ってる必要はないと思っています。どうしてかというと、全部知ってると、解説者が伝えるべきこともしゃべってしまい、仕事を取ってしまうことも起こり得るわけです。

 先ほどもお話したとおり、実況の仕事は「起きたことをそのままお伝えする」ことで、解説の仕事は「起きたことがどれだけすごいことなのか」や「実際に何が起きたのか」を伝えることなんですね。

 先ほどウメハラ選手のスーパープレイ「リバサ前歩き投げ」の話が出ましたが、ぼくらの仕事は「リバサ前歩き投げ」をしたという事実を話すことなんです。それを伝えるのにさほど知識はいりません。それに対して解説は「リバサ前歩き投げ」がどれだけすごい行動だったかを伝えるのが仕事になります。

 だから、実況者にとって大事なのは、ちゃんと解説者に振れるかどうかということなんです。もちろん、そのためにある程度の知識は必要です。

―― 他のスポーツの実況を見ていても、うまい実況者は解説者に「これを言わせる」ために、誘導するように話をする場面も多い気がしますね。

水上 そうなんです。自分でもわかってるときもあるけれど、解説者にしゃべってもらう。あと、知識があると明確に強みになるなと感じるのは、「ちゃんとリアクションがとれる」というのがありますね。試合ですごいことが起きたときに、それがすごいことだと知ってると、感情が声に“乗る”んですよね。そういうふとした瞬間に出た素の気持ちを好んでくださる視聴者のかたも多いということは、何となく肌で感じます。

 ……最初に「すべてを知ってる必要はない」と言ってしまいましたが、自分で話していて「やっぱり知識があるに越したことはないし、ぼく自身知識の幅を広げたり深みを出すために日々活動しているな……」と思ってきました(笑)。

―― 知識量の話でいうと、たとえばアナウンサーの古舘伊知郎さんはスポーツキャスターとしても知られていて、とくにプロレス実況が有名ですが、他にもF-1、競輪、世界水泳、世界陸上など多くのスポーツの実況をされています。
 他のアナウンサーを調べてみても、やはり5〜6種類か、もしくはそれ以上の経験があるという人は少なくないようですね。
 しかし、それでも水上さんのような35種類以上というのは、なかなかないのかもしれません。

水上 先ほども「いろいろなゲームの技名やシステムなどをよく覚えていますね」みたいなことを言ってくださいましたよね。これにはカラクリがあって……(カバンからノートを取り出して)カンニングをしています(笑)。これは『ポケモンユナイト』用のノートなのですが、技の名前とその性能が書かれています。中にはたとえば「フェイントという技は、相手の防御力を無視することができる」のようなことが書いてあります。

―― 手書きのノートなのですね。丁寧に書かれています。

水上 実況って(カメラに映っていても)手元は映らないので、こういう資料を死角に忍ばせておくんです。それに試合中は基本的にはゲーム画面が中継されていて、ぼくの顔は映らないので、わからないことが出たときはそこでこれを見て確認します。こういうノートをゲームごとに用意しているんです。

水上さんはゲームごとにくわしい資料を作成して実況に臨んでいる。びっしり書かれたメモの量に圧倒される

―― 今後実況するゲームが増えるたびに、こうした資料が必要になるわけですね。

水上 そうですね。生々しい話をすると、すべてのゲームが永遠に続くわけではないので、新しいタイトルにどんどんアンテナを張って、知識を増やしていかなければ仕事がなくなります。

―― 水上さんの35タイトル以上の実況経験というのは、eスポーツ実況の世界では普通なのでしょうか?

水上 けっして少なくないほうだと思うのですが、ぼくより前から活動されていて、もっと多くのタイトルを経験されているかたもいらっしゃいます。

 eスポーツキャスターの仕事を始めたときからイメージしていたことですが、特定の1タイトルだけで生活が成り立つということはたぶんないんですよ。ゲームって月に1回大会があれば、それでも多いほうですからね。超有名タイトルだったりイベントに力を入れているタイトルであればいろんな形のイベントがあって、それで結果的に毎週何かがあるという場合もありますが、それは本当に一握りのタイトルです。ですので、たくさんのタイトルをやらせていただいているのは、かなりありがたいことだと思っています。

―― 「ほぼ1タイトルしか実況しない」というプロのキャスターのかたもいらっしゃるのでしょうか?

水上 いらっしゃいますよ。一点集中で実況し続けることで有名になって、結果的に他のタイトルにもお声がかかる、みたいなことはあると思います。

実況が大変なのは“速い”ゲームよりも“忙しい”ゲーム

―― eスポーツ向けのゲームの多くは、展開がとても“速い”という特徴があると思います。その点でとくに実況が大変なジャンルというのはあるのでしょうか?

水上 ぼくが実況したゲームでいうと、“忙しさ”だと『ポケモンユナイト』が一番かもしれません。

―― 『ポケモンユナイト』はMOBA(Multiplayer online battle arena)系ゲームですね。“速さ”ではなく、“忙しさ”という言葉を強調されたのはなぜですか?

水上 “速さ”でいえばもっとあるんですよ。ぼくが実況でお世話になっているスマートフォンの『ドラゴンボールレジェンズ』は、読み合いもありながら両者がずっと動き回っていて「見合っている」時間がないので、かなり展開が速いんですね。それから『メルティブラッド』も、かなりスピード感のある格闘ゲームです。

 ただ、その2つに共通するのは「1対1」ということなんです。だから、速くても2人に注目していればいい。

 それに対して『ポケモンユナイト』は「5対5」なので、トータル10人の選手が思い思いに動くため、かなり把握が大変なんです。スピード感だけでいえばもっと速いゲームはありますが、プレイヤー数が多いとその分せわしなくなるわけです。

―― なるほど。

水上 それをどうやって追いかけていくかですが、自分でもある程度プレイしていると、10人いてもそれぞれに役割があるので、「このポケモンが先に動くんだろうな」とか「この選手の動きから考えて、こういうことを狙ってるんだろうな」とか、どこが試合の焦点なのか、ある程度展開の予測がつくようになるんですね。

―― お訊きして思ったのは、他のスポーツでも、団体競技自体はありますが、それらはみんなで一つのボールを追いかけるとか、一つの乗物を一緒に動かすとか、リレー制とか交代制とか、多くはそういったルールです。くわしいかたであれば、あちこちを見る楽しさがあるにせよ、観客の視点は比較的定まりやすいですよね。
 それに対してMOBA系やFPSなどは、フィールドのあちこちで同時に戦闘が起こるので、試合の焦点という意味では難しくなりますね。

水上 ただ、10人全員を追うのは不可能なので、もっとも派手なアクションを起こすところとか、戦況に応じて一番影響力を与える戦いをする人にフォーカスしたほうがいいなと考えるんです。その対象をどうやって決めるかは、その場で目で見て決めるのもありますし、自分のプレイ経験から「この人を意識してみよう」ということを先に決めたりもします。

―― 『ポケモンユナイト』もそうですが、他にもFPS系だったり、『スプラトゥーン2』のようなゲームは、各プレイヤーが別々の視点で画面を占有するものなので、おっしゃるとおり、実況者からすべての状況は見えません。それで戦況ってわかるものなのですか?

水上 わからないですね。配信の画面に映ってない部分なので、視聴者もわからないんです。だからこそ、あえて割り切って画面に映ってるものの中で大事なところを切り取って(把握して)、できるだけ丁寧に正確にしゃべれるかが大事だと思っています。

“何も起きない5分”の間を持たせることの困難さ

―― 実況の速さと忙しさの話をしていただきましたが、とてもうまくこなされてるように感じました。水上さんにとって実況が“難しい”ゲームはあるのでしょうか?

水上 カードゲームの実況は……本当に難しいです。

―― 水上さんが実況されているのは、アナログの紙のカードゲームではなく、DCG(デジタルカードゲーム)ということですね?

水上 そうです。

―― DCGの実況はなぜ難しいのでしょうか?

水上 実況は起こっていることを説明し、解説がそのすごさを説明するという話をしましたが、カードゲームはそれが通用しないんです。どういうことかというと、カードゲームって1枚1枚のテキストを覚えなくちゃいけない、というのももちろんあるのですが、試合中の「1ターン」の時間が長いんです。

 アクションゲームは何かしら動きがあるので、それを追いかけながら今をお伝えすればよいのですが、カードゲームは人によっては1ターンで5分ぐらいかかっちゃうこともあるんです。本当に盤面と見比べながらずっと悩んだりします。

―― 囲碁や将棋のように、とても長考するわけですね。

水上 その間は何も起こってないので、実況で話すことってないじゃないですか。そうすると「なぜ5分間何も起きてないのか」を理解して話す必要があるわけです。

 解説者と話すことにもなるのですが、そのときも何が起きてるかわからないといけないから、必要な知識量がガッと上がる。解説者から「たぶんプレイヤーはこういうことを悩んでますねー」と投げられたら、何も起きてない盤面でこちらも「こういう手札状況だと、こんな選択肢もありますよね」のようなキャッチボールを続けないといけない。だから、カードゲームでは必要な知識の総量がかなり大事です。事前の勉強量も含めて難しい印象がありますね。

―― DCGの対戦では、時間制限はどうなっているのでしょうか?

水上 持ち時間があります。各プレイヤーが1ターンに使える時間が決まっていて、それが何分なのかはゲームによると思うんですけど、時間いっぱい使って考える人は多いですね。あと、いろんなDCGでよくあるシステムとしては、ターンを終えた際に持ち時間が一定回復はするけど全回復はしないというものがあります。悩んだ分、次のターンではスピーディにプレイしないといけないわけです。

水上さん曰く、「デジタルカードゲーム(DCG)の実況は本当に難しい」

ゲームの実況中にピザの食レポをすることも

―― eスポーツは1回の大会時間がかなり長い場合もありますね。水上さんのお仕事で、6時間ぐらいぶっ続けで配信されているのも拝見しました。

水上 もっと長い大会も何度かありました。eスポーツは100人200人が集まるような大会を1日でやったりしますからね。実況と解説で2人いたり、複数人で交代で回す場合もありますが、体力勝負なところはありますね(笑)。「疲れてもう何もしゃべれません」では成り立たないですからね。

―― ただ、eスポーツは多くの場合、1試合1試合は非常に短いですよね。そこは実況としても緩急がつけやすそうですね。

水上 そうですね。メリハリみたいなのはあって、たとえば格闘ゲームだと2試合先取ルールでやることが多いのですが、そうするとタイトルにもよりますが、10~15分で終わります。次の試合まで準備の時間があって、そこもトークでつなぐ必要があるのですが、試合で使うカロリーとはまた違って、少し落ち着ける感じですね。

―― 水上さんが実況されている試合をいろいろ拝見していると、ピザ屋さんがスポンサーをされていたりして、おもしろいなと思いました。中継の途中でピザが運ばれてきて、こういう風にコラボするんだって。

水上 その場でピザの食レポもさせていただきました(笑)。そのピザ屋さんもそうですが、最近はゲーム事業の有無など関係なく幅広い企業がゲームに興味を持ってくださることが増えてるように思います。その会社にゲームの好きなかたがいらっしゃって、eスポーツにかかわりたいという場合もあるようです。そのとき、親和性の高いかかわりかたの一つとして、スポンサードという形があるのかなと思います。

―― いろいろな業界のかたが、ゲームやeスポーツに可能性を感じてくれるのはうれしいことですね。

水上 ある試合会場では、スナック菓子の「ピザポテト」が配られていたこともありました。観客席もずらりと並んでいるような大きな会場だったのですが、席の一つひとつにピザポテトが置かれていたのが印象に残っています。

(中編に続く)

次回の中編では、選手や視聴者との距離感、そして水上さんがこの仕事を選ぶに至った経緯などのお話をお訊きしていきます。

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