セガのゲーセンの思い出 セガのゲームセンターとガンシューの話

  • 記事タイトル
    セガのゲーセンの思い出 セガのゲームセンターとガンシューの話
  • 公開日
    2020年11月20日
  • 記事番号
    4130
  • ライター
    きらり屋

「セガのゲームセンターでの思い出」を辿れば、古くは地元京都で『アフターバーナーII』をやりに通った四条大宮のお店なども浮かんできますが、いかんせん昔すぎてお店の名前すら覚えていないなど、かなり曖昧な部分が多いです。
しかし、よくよく考えてみると、自分がセガのゲームセンターで最も密度の濃い時間を過ごしたのは「ゲーメスト」でライターをやっていた90年代末からの約8年。
その当時、私は東池袋に住み、徒歩圏内のセガ池袋GiGOに足繁く通っていました。
そのことを中心に書こうと思いますので、しばし思い出話にお付き合いください。

ガンシューでお世話になったセガ池袋GiGO

セガ池袋GiGO(以降、当時呼び習わした呼称「池ギ」と略します)は、今現在も運営中のJR池袋駅東口サンシャイン60通りに面した大型の店舗です。
1998年、私が引っ越し先に東池袋を選んだ理由のひとつが、「池ギに通いやすいから」というものでした。

私は当時、ゲーメストのライターとしてガンシューティングゲーム(以下「ガンシュー」と略します)の記事を任されることが多くなっていたので、住処の近場に安定して新作ガンシューをプレイできる環境がほしいと思っていました。

池ギは、セガのガンシューは発売と同時にほぼ何でも入荷されるため、新作はとりあえず池ギに探しに行けばいい、という感じで、ガンシュー愛好家にとってありがたいお店でした。

ゲーメストの攻略記事を作成するためには、大鳥居のセガ本社に取材で伺って2、3時間プレイ取材をさせていただくのですが、そんな短時間で1本のアーケードゲームをクリアできるほど私には腕前がありません。
そこで、取材のあとは引き続き巷のゲームセンターでそのタイトルを探し、ひたすらやり込んでクリアを目指すことになります。
なので池ギは利便性が高く、いっそ近くに住んでしまおう、という選択をしたのでした。

また、当時セガの新作ガンシューのロケテストが池ギを始め、池袋の店舗で行なわれることが多くありました。
編集部の方から「やってるらしいから行ってきてよ」と言われる前に偶然遭遇してプレイしていた、ということもありました。
なので、アルカディアに移籍してからもガンシュー攻略を担当させていただけたのは、池袋に住んで最新のロケテストをキャッチしやすかったことも有利に働いたと思います。

池ギでクリアしたガンシューは、『ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド』シリーズ(たぶん3と4)を始め、『コンフィデンシャルミッション』『ヴァンパイアナイト』『バーチャコップ3』『ゴースト・スカッド』『デスクリムゾンOX』……など、ざっと思い出しただけでもいろいろと出てきます。

このように、積極的に自分をガンシューに「極振り」していったことでたくさんのガンシューを仕事で攻略させていただき、記事を書かせていただけました。
それを支えてくれたのが池ギでした。

2020年3月撮影、池袋GiGO。『ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド4』が発売された冬に1階入り口外に設置され、往来するギャラリーを背負ってクリアしたのを思い出します。けど冬だしとっても寒かった!(写真提供:きらり屋さま)

ゲーセン通ってなんぼ

原稿の〆切というタイムリミットまでにワンコインクリアして記事を仕上げなければならない、というプレッシャーは、特別にゲームがうまい訳ではない私にとって、かなりの重圧でした。
新しい攻略担当ゲームが決まると、その瞬間からタイムアタックのように置いてあるお店を探し(これが多くの場合、池ギで解決したのはありがたかったです)、必死に通い詰める、という生活を繰り返していました。

クリアの目算が立つか、実際クリアできるまではとにかく不安で、毎日通って1回でも1分でも長くプレイしたい……「クリアできないと死ぬ」(原稿を書けない=ご飯が食べられない)と、大袈裟じゃなくそのように自分を追い込む毎日を送っていたあるとき、
「どうしてそんなに一生懸命ゾンビのガンシューやってるんですか?」
という感じで店員さんに尋ねられて、
「あー、えーと、実はゲーム雑誌で攻略ライターやってまして……」
という話をさせていただいたことがありました。

聞くところによると、当時お店の店員を集めた会議(朝の会みたいなやつでしょうか?)で、上司の店員から、
「OLさんみたいな女の人が毎日『ビーストバスターズ・セカンドナイトメア』をやりに来てものすごくやり込んでるけど、このゲームのどこにそんなに女性を引きつける魅力があるのか? みんなもプレイして探ってください」

といったお達しが全員に出たらしく、やってもやってもよくワカラン。ということで直接尋ねられたのでした。

「いやー、このゲームあんまり女性ウケはしないと思います。なんか、変なバイアスかけてすみません(笑)」
という感じで謝りました。
そして、それより気になっていたことについても謝りました。
過去に傘を忘れて外出した大雨の帰り道、家に帰るかお店に寄るかで池ギの前で迷いに迷って、
「1日1回はプレイしないと、不安で気が触れそう……」
と、ずぶ濡れでプレイしに入ったことがあって(最低限の服の水分は入り口で絞ったけれど、今思えばめちゃくちゃご迷惑をお掛けしたんじゃないかと深く反省しています。筐体はその後も普通に動いてたので壊れてなくてヨカッタですが……)、店員さんにその日のことをお詫びしました。

小さなゲームセンターで常連や店員に顔を覚えられるというのはよくある話ですが、大型のお店でもあるんだな、毎日通えばそりゃそうか。と思いました。

赤と青のビルの外観がかっこいい

私がガンシューの設置フロア以外に遊びに行くことはまれでしたが、池ギの最上階には当時の大人気コンテンツ『サクラ大戦』のグッズショップがあり、登場キャラクターのお誕生日イベントが開催されると行列ができるなど、独特の盛り上がりを見せていました。
またそれ以下のフロアに累々と最新のゲームが居並び、地下にはレトロゲームがぎっちり詰め込まれ、それぞれに興じる人々を内包した池ギは、あたかも池袋に鎮座する巨大なセガ帝国といった印象でした。

今は見慣れた感のある、真っ赤なビルに青い「SEGA」のロゴも、当時はめっちゃくちゃ格好良く感じました。
たぶんそれ以前の、薄暗くマニア好みの「ハイテクセガ」というイメージから、より垢抜けたアミューズメント施設という雰囲気に変えていかれる作戦の一環だったのかな? と想像します。

そんな最新鋭の巨大で豪華な施設の中に、ひとつでも得意なゲームや、真摯に取り組んでいるジャンルがあれば、そこに居場所が得られて、あまつさえ乗りこなしてるような感覚を持てる……。
これって大型ゲーセンの醍醐味だと私は思っています。

池袋という知らない街に引っ越してきた私にとって、池ギは酸素補給ポイントのような場所でした。
それは、通い詰めてなんとか居場所を作った自分の努力の結果でもある(壮大な気のせいでしょうか……)、という、ある種の自信のようなものも当時は持っていました。

スコアアタックのライバルがソニックの妙

当時池ギでは、集客のためソニックの着ぐるみを着た店員さんが定期的に1階入り口で雑踏に向かって手を振ったり、店内を練り歩いて愛想を振りまく習わしがありました。
池ギのガンシューエリアでハイスコアを狙っていた人から聞いた、池ギならではの話をここでひとつ。

前提の話として、ガンシューで高得点を出すには、基本的には狙った位置を正確に射抜くことが求められます(細かい稼ぎポイントはゲームに寄ってまちまちですが)。
池ギで、あるスコアラーがガンシューをプレイしていると、その背後をソニックがのっしのっしと通過しざまに、ハリネズミを模したアタマのトゲ部分がゴンゴン……と体にぶつかって、ソニックに重要な狙撃を邪魔されたそうです。

それを話してくれた本人は、
「いやお前、音速じゃねえのかよ!」
というツッコミで笑い飛ばしていましたが、それを目の当たりにした私は、大型筐体もののスコアラーって、環境に揉まれて豪胆になるのかな、と驚きました(その人の性格によるところが大きいとは思いますが……)。

何にしても、ソニックはもうちょっとトゲを柔らかくしてスコアラーにも優しいソニックであれ。と思った次第です。

現在は歩き回っていないので、スコアタを邪魔される心配もなさそうですが、今思えば、大人の大きさのソニックがうろちょろしていたなんて……。
池ギ、ちょっとロマン溢れる感じがしますよね。

セガのゲーセンならではのつながりが好きです

使命感を帯びて池ギに通い詰めた20代が過ぎ、30代は出産でからっきしゲームセンターに通えず、子育てが落ち着いて再びゲームセンターに通えるようになった2014年、私の最寄りのゲーセンは秋葉原トライタワー(現在は閉店)となっていました。

そんな折りにふと、

「私は本当にガンシューが好きなのか? ご飯が食べたかっただけなんじゃないのか? ……否、ガンシューが好きなハズ!」

と、自分の中で証明をしたいという謎の欲求に衝き動かされ、出産後初めて『トランスフォーマー・ヒューマンアライアンス』を秋葉原セガ3号館でクリアしました。
また、青春を注ぎ込んだと言っても過言ではないシリーズの最新作『ハウス・オブ・ザ・デッド ~スカーレット・ドーン~』が2018年にリリースされ、ロケテストから並んでプレイしたり、クリアできたのも秋葉原セガ3号館でした。

2019年8月撮影、秋葉原セガ3号館(中央右よりの赤い建物)。1階で行なわれた『ハウス・オブ・ザ・デッド 〜スカーレット・ドーン〜』のロケテストは盛況で、お店横の路地にも列ができました。(写真提供:きらり屋さま)

この秋葉原セガ3号館では、往年の池ギ時代の古参プレイヤーにも時々会いますし、自分の子どもであってもおかしくないような若い年代の人たちとも、新たにガンシューを通じて知り合いました。

昨年夏には秋葉原セガ5号館が爆誕し、ここでは20年前にお会いしたかった往年のガンシュープレイヤーと話す機会に恵まれました。
自分がいろんなものを捨ててやり込んだガンシューに、実は電源パターンが存在したという話を教えていただけて、20年越しで知る真実に得も言われぬ衝撃を味わいました(自分はそこまでできる環境じゃなかったから、悔しい! っていう気持ちや、単純に知らない攻略が進化していて純粋に感動もしました……)。

思い出話から、つい最近の話まで書いてしまいましたが、私にとってセガのゲームセンターは、昔も今もゲームを通して自分を真剣に試せる場所、人とつながれる最高に楽しい場所です。
これまでも、たぶんこの先も、銃のデバイスを構えたときの腹筋がきゅっと締まる感じが好きです。

2020年4月撮影。秋葉原で一番古いセガのゲームセンター、秋葉原セガ1号館(手前)と、その左奥の看板が、2019年7月にオープンした一番新しい秋葉原セガ5号館。5号館4階のオールドゲームコーナーは一見の価値ありです。(写真提供:きらり屋さま)

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