見城こうじのアケアカ千夜一夜

  • 記事タイトル
    見城こうじのアケアカ千夜一夜
  • 公開日
    2026年04月10日
  • 記事番号
    14143
  • ライター
    見城 こうじ

 

第56夜『ナバロン』(1980年・ナムコ)

機雷が決め手! 軍艦で敵陣を攻めるシューティング

『ナバロン』はナムコ最初期のビデオゲームです。

プレイヤーは軍艦を操り、周囲の海から敵陣に砲撃を浴びせ、ドットと機雷をすべて破壊することでラウンドクリアとなります。

このゲームの何よりユニークな点は、軍艦が周囲の3辺を移動できることです。下辺と左右の辺を90度角で曲がって移動します。半島という設定なので、上側には軍艦が入り込めません。

島の形状や敵の配置物は、完全に左右対称になっています。ゆえに、左から攻めても右から攻めても結果は同じです。

機雷を破壊すると、爆発によって周辺のドットをまとめて破壊することができます。また、中央の要塞に弾を撃ち込むとボーナスが得られます。この要塞の可愛らしいデザインは、のちの同社『キューティQ』『パックマン』に通じるものがあります。

なお、本来このゲームはモノクロ作品ですが、アーケードアーカイブス版ではセロファンを貼ったようなカラーモードなどが搭載されています(今回の記事中のスクリーンショットは、さまざまな表示モードで撮影しています)。

ゲームの黎明期にはブラウン管や筐体のガラス面にカラーのセロファンを貼ることで疑似的にカラーに見せる(涙ぐましい)工夫があったのです。

プレイヤーが3辺を移動できる独特なシステム

プレイヤーが3辺を移動するゲームはきわめて珍しいと思います。たとえば、このゲームと少し似た仕組みの『ジャイラス』や『チューブパニック』であれば完全な円軌道ですし、ブロック崩しの系譜になりますが『ウォーロード』だと2辺移動型です。そして『ズーキーパー』であれば4辺移動型です。3辺を移動するゲームって何か他にあるでしょうか?

(※ここで挙げている『ズーキーパー』は、パズルゲームのほうではなく、タイトーアメリカ社製のアクションゲームです)

それに絡んで、このゲームの操作で最初に戸惑うのが、軍艦がどの“辺”にいても操作はあくまで左右2方向であることです。つまり、縦の移動時にレバー操作が上下になるわけではなく、そのときも左右操作なのです。これに関しては後年の『ジャイラス』のほうが、操作方法を設定変更できるなどの点で、より進化しているともいえるかもしれません。

また、移動に関していうと、同社『タンクバタリアン』などに似て、プレイヤーの軍艦の最小移動単位が大きいのですが、敵もこのグリッドに合わせて配置されているので、砲撃時の軸合わせも問題なく行えます。

ドットと機雷は砲撃で破壊可能ですが、砲台は一切破壊することができません。敵弾はゲームが進むとテキメンに高速化していきます。

中央の要塞はあくまでボーナスを獲得するためのもので、必須ターゲットではありません。

要塞には一か所だけゲートが開いている方向があり、そこへ弾を撃ち込むことでボーナスを得ることができるのですが、開いている方向は機雷を撃破するごとに変化します。

ただ、実際にプレイしていると、機雷の爆発によって別の機雷の誘爆が多発するので、ゲートがどんどんズレていきがちになります。ここが難しいところです。

なお、このゲームは仕組み上、絶対安全地帯が存在するので、一定時間移動しないと点滅し、その後、自爆してしまいます。たしかにこの仕組みがないと、万一プレイヤーが途中で放置したまま去った場合にゲームが終わらなくなってしまうのですが、ちょっと変わった対処法です。

初期ナムコゲームの多くはアメリカのゲームがベースになっている

『ナバロン』はおそらく1978年にGremlin社から出た『ブラスト(Blasto)』を参考に作られたゲームだと思います。機雷に弾を当てることで周囲のドットをまとめて破壊できる仕組みはまさに『ブラスト』そのものです。

『ナバロン』に限らず、初期のナムコ製品の多くは、それ以前のアメリカなどのゲームを参考に作られていると思われます。

たとえば、『ジービー』『ボムビー』『キューティQ』であれば、『ブレイクアウト』と各種ピンボールゲームが元になっています。『パックマン』が『ガッチャ』を参考にしていることもよく知られています。

あくまでぼくの想像ですが、『ラリーX』は、強いていえば『フォーミュラK』や『スーパーバグ』などに近いと思います。『フォーミュラK』はトップビューのドライブゲームという共通点があり、『スーパーバグ』はそれに加えてスクロールゲームという共通点があります。『タンクバタリアン』は、Atari(Kee Games)の『タンク』辺りを参考にしているかもしれません。

また、『ギャラクシアン』の元となった『スペースインベーダー』は、『ブレイクアウト』がなければ生まれていません。

ビデオゲームはアメリカで生まれた文化です。アメリカのゲームがなければナムコやタイトーやセガはまったく違った歴史を歩んでいたでしょうし、アメリカのゲームを参考に生まれた『スペースインベーダー』やナムコの初期傑作群がなければ、任天堂も手本にするゲームがなくて困っていたかもしれません。これは家庭用ゲーム機もパソコン用ゲームも同様かと思います。

その上でいえるのは、当時のコンピュータの性能ではできることが少なく、ましてやアーケードゲームの場合、一見で遊びを理解させる必要があるわけです。そのため、当時後続でゲームを作ろうとした場合、差別化がとても難しかっただろうと思います。

そんな中で、ナムコは新たなアレンジを加えてブラッシュアップすることがとても上手な会社でした。けっして物まねではない何かを生み出して時代を切り拓き、日本のビデオゲーム黄金期を作ってくれた第一人者ともいえる会社です。

『ナバロン』はその模索期の製品ですが、次へとつながっていくさまざまな端緒が見えるゲームではないでしょうか。

では、また次回。

NAVARONE™& ©Bandai Namco Entertainment Inc.
Arcade Archives Series Produced by HAMSTER Co.

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