職人が静かにプレイヤーを見守り続ける「カジノ京町」

職人が静かにプレイヤーを見守り続ける「カジノ京町」  IGCC

1980年~1990年代はアーケードゲーム全盛の時代でした。
当時は、家庭用ゲーム機の性能が低かったため、ゲームセンター(以下、ゲーセン)でしか遊べないタイトルがたくさん存在したからです。1980年代はシューティングゲームとアクションゲーム、1990年代は格闘ゲームがアーケードゲームを主役として、ゲーセンを盛り上げていました。

特に、格闘ゲームは『ストリートファイターⅡ』(1991年/カプコン)をきっかけに、ゲームファンだけでなく一般層をも巻き込んだ一大ブームとなり、ゲーセンにはプレイ待ちの行列ができるほどでした。
ブラウン管越しに対峙する90秒間の“漢たちの熱き闘い”。ゲーセンの店内は活気に溢れ、ときには怒号や灰皿が飛び交うことも。小中学校ではゲーセンへの出入りが禁止され、先生たちによる見回りも実施されていました。

そんな中、大人に混じってこっそりとゲームをプレイする学生たちもいました。かくいう筆者もその1人です。当時は『大魔界村』(1988年/カプコン)、『餓狼伝説』シリーズ(1991年~/SNK)、『天地を喰らう2』(1992年/カプコン)、『ザ・キング・オブ・ファイターズ(以下『KOF』)』シリーズ(1994年~/SNK)など、アクションゲームや格闘ゲームを得意としていたゲーマーで、小遣いはおろか、アルバイト代の大半をゲーセンにつぎ込んでいました。

当時のゲーセンは、年齢や価値観が違っても、そこに集う人たちがゲームを通して互いの思いを感じ交流していくうちに、次第にコミュニティのようなものができあがっていく――そんな場所でした。この頃のゲーセンは、学校になじめない学生のための秘密基地のような存在でもありました。

今回紹介する「カジノ京町」も、そんな秘密基地として発展していったゲーセンの一つです。今なおその名残を留める「カジノ京町」の魅力に迫りたいと思います。

「カジノ京町」の歴史

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▲1990年代の雰囲気を残す「カジノ京町」

福岡県北九州市小倉北区、JR小倉駅から徒歩5分。レトロな雰囲気をそのまま残す魚町商店街のアーケードを進んでいくと、「カジノ京町」が見えてきます。

小倉は北九州地区のゲーセンの聖地と言うべき場所です。
1990年代、ゲームセンターは小倉のあらゆる場所に出店し、しのぎを削っていました。常に最新のゲームを入荷するゲーセンや、マニアックなゲームで勝負するゲーセンなど、個性豊かな店が軒を連ねていました。

「カジノ京町」は、ゲーセン激戦区の小倉の中でも常にトップを走り続けた店です。当時は格闘ゲームの全盛期。店内に200台のビデオゲームが設置されるほど、人で溢れていました。

最新のタイトルをプレイするために、朝6時半の開店をシャッター越しに待つのは当たり前の光景でした。プレイヤーのレベルも高く、シューティングゲームや音ゲーでハイスコアを狙うプレイヤーの背後には、たくさんのギャラリーもいました。

その後も、「カジノ京町」はトッププレイヤーが熱戦を繰り広げるゲーセンとして、九州でも有名でした。特に『バーチャファイター』シリーズでは、「九州勢ここにあり」と全国的に名を轟かせていました。

ロケテストの多くも「カジノ京町」で実施され、店・客・メーカーが互いに協力し合って「カジノ京町」を盛り上げていたのです

そんな格闘ゲーム全盛期から20年以上経過した2018年5月現在。当時の姿を保ったまま、「カジノ京町」はひっそりと営業していました。

店の前には、かつてと変わらずたくさんの自転車がとめられていました。当時にタイムスリップしたような感覚になります。懐かしさを感じながら店のドアを開けました。

1990年代がそのまま残ったレトロゲームセンター

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▲現代では珍しい、百円玉と五十円玉を十円硬貨に替えられる両替機

「カジノ京町」は2階建ての店舗で、1階にメダルゲームや大型ゲーム、プライズゲームが設置され、2階はビデオゲームコーナーとなっています。

1階には最新のゲームが並ぶ一方で、古いメダルゲームやレトロゲームも設置されていました。普段は新しいゲームで遊ぶ中高生にレトロゲームに触れてもらい、若い層を取り込もうという店の配慮が感じられます。 実際にレトロゲームをプレイする若者も増え、店の狙いは成功しているようです。

2階には昔懐かしい筐体がズラリと置かれていました。ビデオゲームの横には灰皿が…。階段横には、今となっては懐かしい50円専用と10円専用の両替機もあります。

1プレイ100円が当たり前の時代に、「カジノ京町」ではレトロゲームに限って30~50円という破格の値段でプレイできます。福岡県内のゲーセンは、九州大学や西南大学周辺を筆頭に、学生街を中心に発展していた歴史があります。「カジノ京町」も学生が遊びやすいように、良心的な価格で提供しているのです。

薄暗い店内にビデオゲームと灰皿が並んでいる光景は、まさに筆者が1990年代に見たものと同じです。

1990年代の名作が並ぶ格闘ゲームコーナー内に、かつて筆者を虜にした『ストリートファイターⅢ 3rd STRIKE(以下『ストⅢ』)』(1999年/カプコン)もありました。今なお定期的に大会が開催されている人気タイトルです。

『ストⅢ』を語るうえで欠かせないのが、プロゲーマー・梅原大吾氏による「背水の逆転劇」です。
2004年にアメリカで開催された格闘ゲーム世界大会「Evolution(通称:EVO)」の『ストリートファイターⅢ 3rd STRIKE」部門準決勝で起こった10秒間の逆転劇で、YouTubeの再生回数は全世界で200万回を突破。格闘ゲームファンの間では伝説として語り継がれています。

筆者も久しぶりに『ストⅢ』の台に座り、プレイしてみました。十円玉を3枚投入し、スタートします。

プレイして最初に感じたのは、レバーがスルスル動くこと。ボタンを押してもすぐに反応してくれるため、自分の手足のようにキャラクターを動かせます。

プレイ中、強豪プレイヤーと対戦するために福岡市内のゲーセンを自転車で回っていた記憶がふとよみがえりました。あの頃、「ブロッキングを仕掛けるか? 仕掛けないか?」という独特の読み合いも熱く、筐体越しに会話をしているような気分で対戦を繰り広げていました。プレイヤーとの交流もあり、筆者の親が経営していた焼き肉店で格闘ゲームの交流会を開くほど、このゲームにハマっていた時代もありました。

当時の記憶を思い出し、取材だというのに時間を忘れそうになるくらい熱くなってプレイしてしまいました。他のゲームも遊んでみましたが、どれも快適にプレイでき、細かくメンテナンスされていることが分かります。

「カジノ京町」に設置されているレトロゲームの大半は、発売から20年以上経っています。このような快適な状態を常に維持できていることだけでも、奇跡です。

「カジノ京町」のメンテナンス技術に興味がわき、同店の松岡店長にメンテナンスについてお話を伺いました。

【現在稼働中のレトロゲーム】(2018年5月末現在)

発売年 ゲームタイトル メーカー名 プレイ料金
1989年 ファイナルファイト カプコン 30円
1990年 コラムス セガ 30円
1991年 ボンバーマン アイレム 30円
1994年 ダンクドリーム データイースト 30円
1994年 エイリアンVSプレデター カプコン 30円
1999年 ストリートファイターⅢ 3rd STRIKE カプコン 30円

なぜ、こんなメンテナスができるのか?

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▲「カジノ京町」のメンテナンス集団を束ねる松岡店長

店長の松岡さんは20年間、いい時代も悪い時代も「カジノ京町」を見守ってきた生き証人です。

「メンテナンスが行き届いていますね」という筆者の言葉に、「当たり前のことを淡々とやった結果ですよ」とはさらっと言ってのけました。

「ゲームセンターはサービス業ですよね。ゲームがきちんと動くから、お客さんが快適にプレイできる。サービス業として当然のことだし、それができないならプロ失格です。

プロ根性を感じられる松岡店長の回答に、筆者は感動さえ覚えました。

「いい意味で、レトロゲームをプレイする人はうるさい人が多いんです」と松岡店長。常連客は何かあればすぐに言ってくれるため、対応がしやすいとか。そんな常連客からの注文に対してすぐメンテナンスをしてきた結果、店と常連客の間に深い信頼関係が出来上がった、そんな印象を受けました。

また、メンテナンスでどんな点が難しいか質問すると、部品が手に入りにくくなった現状について語ってくれました。

「ネオジオのゲームはとても頑丈で、20年以上たった今でも壊れていないゲームも存在します。日本製のブラウン管は品質が高く、壊れにくい。専用の業者もいるため修理も可能です。

でも、ここ2年ほど前から、一部のメーカーが部品の供給を中止し、メンテナンス用の部品が手に入りにくい状況が続いています
部品取りのために筐体を(丸ごと)注文しても、動作不能の筐体が存在するほどです。いつまで(この店を)守れるか分かりませんが、できる限りずっと守り続けますよ。

力強く語る松岡店長の姿が印象的でした。そこまで言い切れるのには、やはりメンテナンス歴20年の自信があるからこそでしょう。

「直せるものは今でもすべて直したいという意識は常に持っている」と松岡店長。
そのこだわりは一体どこから来るのでしょうか。

「当店の全盛期には、よく予備校生や学生さんが来てくれていました。それこそ、食事代を削ってでもゲームをプレイする学生もいるくらい。そこまでして来てくれるお客さんたちに、店としては最高の環境を提供したい。ただそれだけです」

「カジノ京町」のメンテナンス技術の原点を感じました。

プレイヤーと店が一体となって盛り上げる「カジノ京町」の未来

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▲現在もプレイヤー主導のイベントがおこなわれている対戦格闘ゲームコーナー

かねてより、「カジノ京町」では格闘ゲーム大会などのイベントがコンスタントにおこなわれてきました。

「大会は全部、お客さんが企画していたんですよ」と松岡店長。店主催ではなく客主催で大会が開かれるのは「カジノ京町」ならではです。

通常、格闘ゲームの大会は店側が集客目的で開催するケースが多く、実際に、大会前には多くのプレイヤーが練習試合をしにきます。大会後もプレイヤー同士の交流として、残った人たちによる試合がおこなわれます。筆者もこの手のイベントに出場した経験があるので、よく分かります。

一方で、「カジノ京町」ではプレイヤーが大会を主催するため、企画も進行もプレイヤー主導です。店側はメンテナンス対応のみで、大会を静かに見守ります。

「プラモデル屋やバイク屋さんがありますよね。あんなふうに好きな人が集まってワイワイやる環境はいいですよね。うちもあんなふうに、ゲームの好きな人たちがワイワイできる環境をずっと作っていきたいんです。

「カジノ京町」では、今も変わらず昔なじみの客が集い、客同士が対戦する姿が見られます。

ゲーセンの変化が激しい昨今、幸いにも「カジノ京町」は昔の姿を留めたまま営業を続けています。それには、店長をはじめとするスタッフの高いメンテナンス技術だけでなく、このような客からの支持も重要です。

ゲームセンターも明るい店が多くなったでしょう。うちはそうじゃなくて、ゲーム好きが集まるコミュニティとしての、昔ながらのゲーセンであり続けていきたいんです。

その言葉に、かつてゲーセン通いをしていた学生時代の自分を思い出しました。

筆者にとってゲーセンは、ゲーム仲間と集える場所であり、秘密基地でもありました。今、家庭用ゲーム機やスマホゲームの普及で、ゲーセンに通う人は減り続けています。SNSやネットでの交流が一般的になってきた現代、人とリアルにコミュニケーションが取れるゲーセンは貴重な存在です。だからこそ、われわれプレイヤーが一丸となってゲーセンを盛り上げていかなければならない。改めてそう思いました。

そんなことを松岡店長に話すと、筆者をまじまじと見て最後に一言つぶやきました。

「あなたは、本当にゲームが好きなんだね」

今日も「カジノ京町」の職人は、ゲーム文化を淡々と守り続けています。

店舗情報

カジノ京町
住所: 福岡県北九州市小倉北区京町2丁目6−3
電話: 093-541-0989
営業時間:8:00~翌1:00
休み: なし
駐車場:なし