ゲームセンター聖地巡礼「1980~1990年代 新宿」後編

ゲームセンター聖地巡礼「1980~1990年代 新宿」後編  IGCC

当研究所・所長の大堀康祐氏と、ゲームディレクターであり当研究所のライターとしても協力いただいている見城こうじ氏のお2人が、1980~1990年代に通っていたゲームセンター跡地を巡り、当時の思い出を語るシリーズ企画「聖地巡礼」。第1回「新宿 前編」に続き、後編にはキバンゲリオンの名で知られる当研究所メンバー・石黒憲一氏も加わり、さらに濃厚なエピソード満載でお届けします。

今回は、大堀所長と見城氏が当時食事をしていたお店についてもお話を伺いました。現在も営業中のお店ですので、読んで興味を持たれたら、ぜひ行ってみることをおすすめします。

※アイキャッチ画像は読売新聞社提供

セガのゲームを押さえるなら「KIGAWA」は外せなかった
店舗独自にデコレーションされた筺体が異彩を放つ

ゲームセンター聖地巡礼「1980~1990年代 新宿」後編  IGCC
▲現在は焼肉店となっている「KIGAWA」跡地。セガゲームのロケテストとデコレーション筺体で有名だった

―― 前回に引き続き、新宿歌舞伎町にあったゲームセンター(以下、ゲーセン)のお話を伺います。

大堀 前回話した「上高地」の2軒隣りに「KIGAWA」というゲーセンがありました。現在は焼肉店になっているところですね。新宿にゲームをしに来るプレイヤーは、「プレイシティキャロット」の新宿店、一番街店の2店舗と、「KIGAWA」には必ず寄っていましたね。

見城 「KIGAWA」では、とにかくセガのゲームのロケテストが頻繁に行われていました。僕が見ただけでも『スペーストレック』(1980年/セガ)、『シンドバッドミステリー』(1983年/セガ)、『三輪サンちゃん』(1984年/セガ)…あと、ロケテスト版のみだった『チェインピット』とか。

大堀 当時は風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)の改正前で、ゲーセンも24時間やっていて、電源を落とされないことをプレイヤーも分かっていました。一時期『B-WINGS』(1984年/データイースト)のハイスコアがすべて1億点(正確には9,999万9,999点)で埋められていたこともありました。ここでハイスコアを出して他プレイヤーを威嚇するのが流行っていましたね。

見城 当時、たまたま僕が「KIGAWA」に来たら、大堀くんがロケテスト版『三輪サンちゃん』(ロケテスト版でのタイトルは『Spatter』)をプレイしていて、終わらなくなっていたのを覚えている。うまいんで、いきなり極めちゃうんだよね。大堀くんはロケテスト荒らしで有名だったんですよ(笑)。

大堀 人聞き悪いなあ(笑)。楽しんでやっていましたよ。

見城 クールな感じでしたよ(笑)。

大堀 僕はプレイ中に目が吊り上っているらしいんだけど、本人は楽しんでやっているんです(笑)。

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▲ナムコのゲームは「プレイシティキャロット」で押さえ、セガのゲームは「KIGAWA」で押さえたと語る見城氏(左)と大堀所長(右)

見城 あと「KIGAWA」といえば、店長さん自作の手書きステッカーが筺体にベタベタ貼られていたことで有名でしたね。あれはものすごく強烈な印象でした。「KIGAWA」は異様な雰囲気があって、おもしろい店でしたね。

大堀 蛍光色の紙に「何点とれる?」とか書いて、それを透明なビニールシールで筺体に貼りつけて、店舗独自にデコレーションしていましたね。漫画雑誌『ビッグコミック』の「ビッグ」という文字だけ切り取って貼ったりもしていたな。意味はよく分からないんですけど(笑)。とりあえずインパクトを与えたかったんでしょうね。

見城 ゲームのチラシを部分的にトリミングしたものも貼られていたりしていましたね。

大堀 マニアからの情報によれば、あのデコレーションは店長がやっていたものと、ゲーマーが便乗してこっそり貼ったものとの2種類があったらしいですよ

―― その当時のデコレーション写真が残っていれば見たいものですね。

大堀 入り口からして不思議な店だったんです。ドアがないんですよ。ぶ厚い透明のビニールみたいなカーテンがあって、それをかきわけて入る。

見城 そうでしたね。いろんな点で、独特のカラーを出していたゲーセンでしたね。あと『金門橋』っていうゲームがあって、『リバーパトロール』(1981年/オルカ)のスクロールしないバージョンなんだけど、確か「KIGAWA」でロケテストをやっていたと思う。これはかなりレアな情報なんで、ぜひ載せてほしいです(笑)。

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▲「ゲームプラザ シルビア」は、現在24時間営業の寿司店「すしまみれ」に。以前は大きなマクドナルドだったことも記憶に新しい

大堀 当時の歌舞伎町は本当にゲーセンがたくさんありましたね。現在「すしまみれ」になっているところも、昔はゲーセンだったし。

―― 調べてみたところ、ここは「ゲームプラザ シルビア」という名前のゲーセンだったようですね。

大堀 そうですね。で、「シルビア」がなくなったあとは、しばらくマクドナルドになっていたんですよ。歌舞伎町の中でも一番大きいマックだったんですけどね。「シルビア」は、1980年代の歌舞伎町では最大級のゲーセンでした。1階~地下1階の構成で、新台も多く入っていたので、新台攻略系のゲーマーがよく徹夜でプレイしていました。

  石黒 1980年代初頭から中期にかけては、たぶん世界で一番ゲーセンが多かった街は新宿と思います。ただ、僕は当時小学生だったんで、自転車で新宿に来てはいたんですが、場所的にどこに何があったというのは記憶が曖昧ですね。ゲーセンを周ること自体が冒険みたいなところがありました。完全網羅はできないんです。「こんなところにゲーセンあるんだぁ」と入っても、次に来たときにはなかったりするんで。

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▲小学生時代、自転車で新宿のゲーセンを周っていたという石黒氏

―― 皆さんのような詳しい方々でも気付かなかったゲーセンがたくさんあるということですね。

石黒 そうですね。メディアに載ったゲーセンもほんの一部ですから。基本的に許可が取れたところしか載せてないはずなんで。同じビルの中でフロアが違ってオーナーも違うというゲーセンもあったりする。店ごとにオーナーが作り出す世界が違うので、いろんなゲーセンを周るのは、ゲーム自体より楽しかったですね