『ゲームセンターあらし』に魅せられて『スペースインベーダー』にハマる

  • 記事タイトル
    『ゲームセンターあらし』に魅せられて『スペースインベーダー』にハマる
  • 公開日
    2018年04月20日
  • 記事番号
    334
  • ライター
    前田尋之

アーケードゲーム史、ゲーム文化史を紐解く上で必ず登場する偉大なるマイルストーン、『スペースインベーダー』。例に漏れず私も相当遊んだ口ではあったのだが、そこに至るまでの入り口は実は1つのマンガがきっかけであった。まずは本題に入る前に、当時の私とそれを取り巻く『スペースインベーダー』ブームについて語ろうと思う。

インベーダーブームがゲームセンターを生んだ

▲『スペースインベーダー』発売当時、喫茶店にはテーブル筐体が並んだ( 画像は公式サイトより引用)

スペースインベーダー』の登場は今から遡ること40年前の1978年、それまで『ポン』や『ブレイクアウト』の亜種が占めていた中にさっそうと現れたそれは、「侵略・攻撃してくる侵略者(インベーダー)を迎え撃ち、殲滅する」という、従来とはまったく違ったゲーム性を引っさげて登場した。暗い画面の中から不気味な移動音を響かせながら隊列を組んで迫ってくるインベーダーの姿に、人々は無限の宇宙空間を感じていたのである。

『スペースインベーダー』はまさに侵略者の名を象徴するかのように街のいたる所に見かけるようになり、果ては『スペースインベーダー』だけを遊ばせる「インベーダー喫茶(インベーダーハウス)」まで登場することとなった。これこそが、後のゲームセンターの起こりである。

▲てんとう虫コミックス『ゲームセンターあらし』第1巻

実はこのインベーダーブーム当時の私はまだ6歳。ブームそのものは社会現象とまでなったいたため、知識として知っていても直接肌で感じる機会はなかった。テレビで報道されるインベーダー喫茶は薄暗い空間にただテーブル筐体が並んでいるだけという異質な空間で、小学生になったばかりの子供が行ってみたいと感じさせるような場所ではなかったのである。

学校は校則でゲームセンターへの出入りを禁止し、曰く「不良のたまり場、落ちこぼれの巣窟である」、曰く「子供が入ったらカツアゲや暴力沙汰に巻き込まれる」、曰く「ゲームは目に悪く、タバコの煙で健康を害する」といった具合で、生徒に徹底的に悪いイメージを植え付けた。もっとも、実際のゲームセンター自体が、あながちそのイメージから外れたものではなく、学校の立場からすれば生徒をトラブルから守るための自衛策としてゲームセンターへの出入りを禁止していたのは、今から考えればやむを得ない措置だったとも思う。

そんな私の認識を変えるきっかけとなった作品が、 『コロコロコミック』で連載の始まった『ゲームセンターあらし(以下、『あらし』)』(すがやみつる著)であった。

『あらし』≒『スペースインベーダー』

もともと私は幼い頃から筋金入りのマンガ読みで、今でも自宅に2万5,000冊を超えるマンガの蔵書があるのだが、『コロコロコミック』も当然ながら創刊間もない頃から購読していた。一番の目当ては『ドラえもん』だったのだが、『コロコロコミック』連載陣の中に当時の私を強く惹きつけた1つのマンガがあった。それが『あらし』である。

思えば『ドラえもん』をはじめ、どことなくどれも品行方正でお行儀のよさを感じさせる『コロコロコミック』の中において、ゲームというハイテクホビーを題材にしていながら、破天荒さと野性味を秘める石野あらしという矛盾に満ちたキャラクターが新鮮で魅力的に映ったのかもしれない

あらしのトレードマークは真っ赤なインベーダーキャップ。それが象徴するかのように、『あらし』最初期の題材として登場したゲームが『スペースインベーダー』であった。もっとも、「炎のコマ」「エレクトリックサンダー」「真空ハリケーン撃ち」といった超絶必殺技が炸裂する世間一般のイメージの『あらし』と違い、このころは割と現実の高得点法に即した地味なプレイである。

▲実践に則したテクニックを披露する初期『あらし』

それからしばらくは『スペースインベーダー』を対戦機種とした回が続くのだが、インベーダーブームの熱が冷めてきたためか、『ギャラクシーウォーズ』『ギャラクシアン』『ルート16』など、対戦機種のバリエーションが増えていき、『スペースインベーダー』は次第に登場しなくなっていく。それでも、あらしのトレードマークであるインベーダーキャップは健在だったし、よき相棒・月影一平太のシャツのインベーダーマーク(アニメでは丸で囲んだ漢字の「一」だったが)、インベーダーウーマンなどのライバルキャラなど、『スペースインベーダー』は『あらし』の象徴であり続けた

あの頃僕らは真っ赤なインベーダーキャップに憧れた

『あらし』を熱心に読むにつれ、私が作中に次々と登場する『スペースインベーダー』をはじめとしたアーケードゲームに興味を持つのは自然な流れであった。ゲームセンターへの出入りが禁止されていた私にとって、アーケードゲームに触れることができたのは駄菓子屋ゲーセンか、デパート最上階の遊戯施設であった。特に後者のデパートは少々古めのゲームが置かれていることが多く、私が頻繁に出入りするようになった1980年台半ばでも『スペースインベーダー』の純正アップライト筐体が置かれていたのである。

『あらし』に登場したままそっくりなデザインの『スペースインベーダー』がそこにある! 考えてみれば、実在のゲームをモデルにマンガを描いているわけだから当たり前の話なのだが、マンガの中に登場するゲームが現実に存在していることで、マンガと現実の世界が『スペースインベーダー』を通じて繋がっているかのような錯覚を覚えたのである。当然作中のように「炎のコマ」ができるはずもないし、10万点など出せる腕前もなかったのだが、心の中ではすっかり石野あらしになりきってプレイしたものだった。当時『コロコロコミック』で読者プレゼントにあったインベーダーキャップが心底欲しいと思ったのもこの頃である(笑)。

しかし、そんなアーケードゲーム少年の心のバイブルだった『あらし』にも、ある変化が訪れていた。

あらしがゲームセンターに行かない!

『あらし』は、ゲーム勝負をする場所が後楽園球場だったり、船上だったり、その辺の路上(!?)だったりと、ゲームセンター以外であるケースが多かったのだが、あらしはいつの間にかアーケードゲームによる勝負そのものをしなくなっていく。一番大きな理由は、冒頭でも述べた「ゲームセンター出入り禁止」という校則の影響によるものだ。

▲ゲームセンター出入り禁止の措置に悲嘆に暮れるあらし

タイトルこそ『ゲームセンターあらし』なのにゲームセンターに行っていないのは「看板に偽りあり」と言われそうだが、作中でもあらし自身が「ちくしょ~っ、ゲームセンターあらしがゲームもできないなんて! この世は闇だあ~っ!」と出入り禁止に対する怒りをあらわにしているシーンがある。単行本の巻末に「テレビゲーム憲章」なるものを掲載して読者の子供たちへの啓蒙をしていたものの、当時のゲームセンターに対する悪印象は根強く、社会の世論の流れには抗えなかったのかもしれない

アーケードゲームに替わって勝負機種の中心になっていったのは、ゲーム電卓LCDゲーム機であった。1980年頃から任天堂から発売されたゲーム&ウォッチのヒットによって火がついたLCDゲームブームで、当時の子供たちのホビーの興味はLCDゲームに移っていっていたのである。読者の興味が移ったとなれば路線変更もやむなしという声もあるかもしれないが、『あらし』でアーケードゲームの魅力に開眼した私にとってはいささか寂しいものであった。

インベーダーで始まり、インベーダーで終わった『あらし』

かように幾度の軌道修正を余儀なくされた『あらし』だが、足掛け5年におよんだ連載は1983年に幕を下ろすこととなる。最終話は「さらば!!あらし 永遠のゲーム戦士よ!」。インベーダーキャップに導かれてジュラ紀にタイムスリップしたあらしたちが、インベーダーマークの影響で高度な知恵を持ったティラノサウルスを相手にゲーム勝負をするというもの。

▲インベーダーキャップの秘密が明かされる最終話

最後の勝負機種は『スペースインベーダー』で、『スペースインベーダー』に始まって『スペースインベーダー』に終わるという、まさに『あらし』に及ぼした影響の大きさをまざまざと見せつけられる演出であった。同時に、私にとって『スペースインベーダー』を語るにあたり、『あらし』が切り離せないほどに強烈な印象を残しているのも、このあたりに原因があるのだと思う。

『スペースインベーダー』40周年というメモリアルイヤーに同作品を語らせて頂くという機会に恵まれたことを感謝するとともに、『スペースインベーダー』の立役者として存在したいちマンガがあったことを記事として残しておきたかった次第である。

余談ではあるが、『あらし』はゲームを題材にした初のマンガであるが、同時に『コロコロコミック』におけるホビーマンガの元祖でもある。後の『コロコロコミック』がファミコンやミニ四駆、ベイブレードなどホビーの流行を牽引していく児童向けトレンド誌として躍進していったことを考えると、一方で『あらし』が『コロコロコミック』にもたらした影響も計り知れぬほど大きかったと言えるだろう。

©すがやみつる/小学館
©TAITO CORPORATION

前田尋之

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