ニチブツ・ゲームミュージック変遷記 後編

  • 記事タイトル
    ニチブツ・ゲームミュージック変遷記 後編
  • 公開日
    2018年10月24日
  • 記事番号
    603
  • ライター
    なるお(the syntaxerrors)

1988-1995年 アミューズからの撤退とサウンド3人体制時代

1980年代後半から1990年代半ばにかけてニチブツには、吉田健志氏を含めた合計3名のサウンドスタッフが同時に在籍していた時期があった。本人希望によりデザイン部署から異動してきた船場洋志氏と、同時期に入社してきた小川博司氏である。

それまでは「ニチブツサウンド」と言えば「吉田健志サウンド」だったが、偶然にも同じ年齢の新人スタッフが互いに切磋琢磨しつつ、YM3812という舞台上でそれぞれの個性を発揮し、「あの音」だけど「何か」がこれまでとは違う、新しいニチブツサウンドが誕生した。

戦え!ビッグファイター』(1989年)は、そのような時期に開発されたシューティングゲームだ。サウンド担当は前述の小川氏。YM3812は波形によって痩せた音になりがちという特性があるのだが、むしろそのような音色を積極的に使い、軽快な音作りをしていたのも小川氏の個性の一つだ

ゲーム自体はこれまでのニチブツシューティングとは異なる方法論をもって開発された野心作だったが、不振に終わる。残念ながら、本作を最後にニチブツはアミューズ作品から撤退。アーケードにおいては、完全にアダルト層に向けて舵を切ることとなる。

さて、アミューズに遅れること約2年、麻雀系作品でもサンプリングドラムが使われ始めた。その第1弾が『MAHJONG ぱにっくスタジアム』(1990年)である。サウンドは陽気でありつつもどこか切なく甘ずっぱい、そんな音作りが得意な船場氏が手掛けている

サンプリングドラムの音色も三者三様、各々の個性がはっきり出ていたが、麻雀系ではサンプリングの容量を音声に割くことを優先してか、それ以降もサンプリングドラムを使わないケースが少なくない。

ちなみにこの頃、家庭用ソフトではPCエンジン版を皮切りに、メガドライブやスーパーファミコンでもリリースされた『F1サーカス』シリーズがヒット。

これを機に、メディアでニチブツ作品の扱いも増え、一時期はニチブツがF1チームをフル・スポンサードするなど、ちょっとした話題となった。新ハードに積極的に参入し、ソフトのリリース数も増加。後から思えば、まさにバブル真っ盛りである。

▲吉田健志氏専用サウンドルームのメインデスク(2004年撮影)

吉田健志氏は当時について、「この頃から1つの作品にかけられる制作時間はさらに縮小され、作り込むことが難しくなってきた」と述懐する。

実際のところ、十分に時間をかけることができたであろう作品と、そうでない作品の差はおぼろげに伝わってきていたし、アーケード(実質は麻雀系)の音も、以前に比べるとシンプルなものに変化してきていた。

もちろん、曲調の違いや作風の変化もあろうが、1980年代の作品の音が当たり前だったのではなく、どれだけ時間をかけ、磨き上げられたものだったかを知るきっかけになったのも事実だ。

とはいえ、麻雀系ではアミューズに比べて音楽の自由度が高い傾向にあるようで、多様なジャンルのニチブツサウンドでプレイヤーを楽しませてくれた。前述した『F1サーカス』のヒットなど明るい話題も多く、ファンにとっては非常にうれしい時期でもあった。

1995-2000年代 AV麻雀とPCMチップの採用、ニチブツの終焉

▲DVD麻雀のサウンド制作に使用した開発ボード(2004年撮影)

時期は少し遡るが、1989年の『AV麻雀・ビデオの妖精』を皮切りに、実写映像を売りにしたシステム基板セットの販売が開始された。

基板にVHSビデオデッキが接続されており、麻雀に勝つといつものようにCGによる女性が表示される…のではなく、ビデオテープが回り出し、収録されたセクシー映像が映し出されるという、なんとも豪快な仕組みだ。

基板のROMと映像メディアを交換することで、安価に新作ゲームとして生まれ変わらせることができた本システムは、オペレーターにも歓迎されヒットする。

ゲームはシリーズ化され、メディアをCD-i、LD、DVDと移行させながら、麻雀、花札、クイズといった得意ジャンルの作品が数多くリリースされた。

これらの基板にも音源としてYM3812が搭載されており、基本のサウンドはFM音源が担っていたが、お色気シーンを中心とした実写映像場面などでは、映像メディアに収録されたMIDI音源楽曲が流れる作品も見られた。

また余談になるが、この頃になるとFM音源曲のデータを入力するためのSMC-777のキーボードもだいぶヘタってきていたらしい。PC-9801シリーズを使った補助ツールの提供もあったが、全作業を移行できたわけでもなかった。

筆者は当時、吉田健志氏と個人的に親しくなり頻繁にメールを交わしていたが、「SMCの特定のキーが効きにくくなり入力しづらい」とこぼす氏のメッセージをよく覚えている…。

時は流れ、1990年代後半以降にニチブツがリリースするアーケード作品は、実写麻雀シリーズのみとなっていた。

そして2001年には、ニチブツ最後のシステム基板となる「次世代DVDシリーズ」が登場する。この基板ではついにFM音源チップが撤廃され、PCMサウンドを8音同時に発音可能なYAMAHA YMZ280Bが搭載された。

本シリーズは2005年の最終作品までに20以上のタイトルがリリースされたが、いまや実機に出会える機会は少なく、家庭用への移植も絶望的だろう。実は筆者も、ニチブツ最後期に登場したPCMサウンドは機会を逃しており、ほとんど耳にしたことがない。返す返すも心残りだ。

おわりに

▲2004年当時の日物ビル案内板。この頃、吉田健志氏は独立してニチブツのサウンドを請け負っており、同ビル3Fの氏専用サウンドルームは、個人スタジオ名義の「Aji Studio」を名乗っていた

ニチブツは、スタッフの個性や作家性がダイレクトに作品に投影され続けていたメーカーだった

それは、大半のケースにおいて、1つの作品を1人のサウンドスタッフが効果音を含めてまるごと担当していたうえに、小規模なチームによる制作体制だったことが大きい(とはいえ、1988年発売の『麻雀刺客外伝 花のももこ組!』は小川氏と船場氏の共作で、そのような例外もわずかながらある)

アーケードで使用された音源チップこそ、1985年に『テラクレスタ』でYM3526を導入してから21世紀に入るまで大きく変わることがなかったが、吉田健志氏を中心としたFM音源時代のニチブツサウンドは、現在に至るまでフォロワーが現れる隙さえ与えないほど個性に満ちあふれている。

ゲームミュージックにおいて、ニチブツサウンドはいまだ孤高の存在であり続けていると言えるだろう。

現在、ニチブツのゲームミュージックを収録した音源はいずれも基本的に廃盤となっているため、そのサウンドを合法的に聴くことは難しい状況が長らく続いていた。

しかし近年、ニチブツ作品の版権を譲り受けたハムスター社が精力的に過去作品を復刻しており、いくつもの黄金期のゲームに触れることができるようになっている。

もし興味を持たれた方がいれば、ぜひ数々のニチブツサウンドに耳を傾けていただき、その魅力を共有できればうれしく思う。

本記事の内容は、長年の独自調査に加え、多くのニチブツOBや熱心な研究家である友人・知人たちへのリサーチに基づいているが、歴史を掘り起こす作業は現在進行形だ。

あくまで「現時点での情報」であり、もしお気づきの点があれば、情報のアップデートにご協力いただければ幸いである。

※本記事掲載の動画は、いずれも移植版のPS4アーケードアーカイブスシリーズの海外配信版となります。

参考:筆者ブログ「吉田健志に訊く、ニチブツゲームサウンド制作の記録

協力:小林寿一、System11、船場洋志、野木貴弘、hally(VORC)、藤原悟、MaruMaru(順不同・敬称略)
協力・写真資料提供:吉田健志

なるお(the syntaxerrors)

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