ゲームセンター聖地巡礼 「1980年代 東武東上線 大山・池袋」

ゲームセンター聖地巡礼 「1980年代 東武東上線 大山・池袋」  IGCC

古くからの友人同士であるアリカ社長の西谷亮氏とスリーリングス社長の竹中善則氏が、1980年代に通っていた 東武東上線沿線のゲームセンター跡地を当研究所の大堀康祐所長と共に巡り、思い出を語っていただく「聖地巡礼」シリーズ東武東上線編。

この「大山・池袋」でシメとなります。今回も貴重で濃いエピソードが満載!

オール10円! 伝説のゲーセン「平安」

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▲伝説のゲーセン「平安」の跡地。だだっ広い駐車場へと変貌を遂げていて、切なそうに佇む3人(左から大堀所長、竹中氏、西谷氏)

――大山では1軒のみですね。大山駅付近にあった伝説のゲームセンター「平安」について、西谷さんにお話を伺います。当時ここで西谷さんは、10円でゲームをプレイしていたとのことですが、これはビデオゲームのことではありませんよね?

西谷 いえ、ビデオゲームです。すべてのビデオゲームが10円で遊べるのが「平安」の特徴だったんですよ。もしかしたら50円のゲームもあったかもしれないけど、それでもほとんどのゲームは10円だったように記憶しています。

――それは驚きです。てっきりエレメカ系のゲームのことかと思っていました。

西谷 だから、わざわざ大山まで来てプレイする価値があるんです。

大堀 それは価値がありますねえ(笑)。

西谷 むしろエレメカ系はなかったですね。ビデオゲームと、あとチョロっと駄菓子が売られていました。ビデオゲームは100台はなかったですけど、50台以上は確実にあったと思います。

――50台以上のゲームがほぼ10円で遊べるなんて、夢のようなゲーセンですね。当時、近所にあったら絶対に入り浸ってました。

西谷 当時としてのレトロゲームもなぜかけっこう置いてあったんですよね。『ナバロン』(1980年/ナムコ)とか『戦国の自衛隊』(1980年/ユニバーサル)とか。

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▲駅近の現役ゲーセン「ゲームニュートン大山店」にも立ち寄った

――そういった古いゲームを中心に置いてあるから10円だったりとか…?

西谷 いえいえ、古いゲームから新しいゲームまで置いてあって、全部10円なんです。任天堂の『パンチアウト!!』(1983年)と『スーパーパンチアウト!!』(1985年)を10円で延々とプレイして、「10円返すからやめて」って言われた記憶があるんで(笑)。すごいゲーセンだったんですよ。やはり、10円でいろんなゲームをプレイできるなんて破格の魅力ですからね

――しかも、あんなに駅から近いところにあったんですね。

西谷 そうなんです。

――まさに伝説のゲーセンですね…。

日本最大のゲーセンとの噂だった「ザ・ゴリラ」
シンボルの大きなゴリラは動かすこともできた

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▲1978年頃に撮影された「ザ・ゴリラ」のロボット。お金を入れると顔が動いたそう(画像提供:みくに文具)

――続いて、池袋駅付近にあったゲーセンについてお話しいただきます。お2人が池袋で一番通ったゲーセンはどちらでしょう?

西谷 サンシャイン60の地下にあった「ザ・ゴリラ」ですね。

竹中 俺もそうかなあ。

――「ザ・ゴリラ」があった場所は、現在は「トイザらス・ベビーザらス 池袋サンシャインシティ店」になっていましたね。

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▲「トイザらス・ベビーザらス」の店舗の広さから、「ザ・ゴリラ」が日本最大のゲーセンであった片鱗がうかがえる(画像提供:日本トイザらス)

西谷 ここは、当時日本最大のゲーセンとの噂がありましたし、お店自身でもそのようにうたっていたと思います。とにかく広くてゲームがいっぱいあって、いるだけで飽きない。僕の通学経路でもあったから寄りやすかったです。1ゲーム100円だったんですけど、のちに50円で遊べるレトロゲームコーナーもできました。

――ここは大きなゴリラの顔がシンボルになっていたということですが…?

西谷 肩から上だけのゴリラのロボットがあったんです。2メートルくらいあってデカかったですよー。このゴリラはお金を入れると動くんです。ボタンが4つか5つあって、例えば「怒る」というボタンを押すと、ゴリラが怒るジェスチャーをして声を出したりする。迫力ありましたね。

竹中 そういったお金入れて動くっていうアトラクション、昔はけっこうあったよね。ここは1999年に閉店したらしいね。

西谷 「ザ・ゴリラ」は、台ごとにハイスコア集計をしていたのも魅力でした。ここでは、『空手道』(1984年/データイースト)をかなりやりました。無限にプレイできるレベルに到達するぐらいは遊びましたね。

――西谷さんはのちにカプコンに入社し、『ストリートファイターⅡ』(1991年)の開発にかかわられるわけですが、やはり当時から格闘型のゲームが好きだったのでしょうか?

西谷 1体1で戦うゲームはとても好きでしたね。『空手道』のほかにも、『北派少林 飛龍の拳』(1985年/タイトー)や『ファイティングファンタジー』(1989年/データイースト)なんかもすごい好きでした。『パンチアウト!!』はアルゴリズム的にとてもよくできている。そういったゲームを解析することで、のちの格闘ゲーム制作に役立ったようなところはありますね。

ゴリラだけでなく「馬」もいた!
ロケテストでニューゲームのチェックは欠かさない

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▲「アドアーズ サンシャイン店」は現在も活気のあるゲーセンの一つ

――シグマの旗艦店「ゲームファンタジア サンシャイン店」は、「アドアーズ サンシャイン店」となって現在も営業中でしたね。

竹中 ここは通称「馬ゲーセン」といって、入り口に等身大の馬の置きモノがあった。残念ながら今はなくなっていましたね。

西谷 ここもロケテスト(以下、ロケテ)が多かったですね。『バルバルークの伝説』(1986年/エイブルコーポレーション)とか、変わったゲームが多かった。海外製のゲームもありましたし。

――ロサ会館の1階にあるゲーセン「タイトーステーション 池袋ロサ店」は、以前は「タイトーインバフォメット byロサ」という名前だったらしいですね。

竹中 ここでもロケテがよく行われていましたね。

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▲8階建てのロサ会館には、ゲーセンのほかにもレストラン、居酒屋、TSUTAYAなど、いろんなお店が入っている

西谷 『歌舞伎Z』(1988年/タイトー)のロケテをやってましたねえ。当時、僕たちがたくさんのゲーセンを巡回していたのは、ハイスコアの塗り替えとか新しいゲームのチェックとか、さまざまな目的があるんですが、ロケテをやるゲーセンを押さえたいというのも目的の一つだったわけです。ロケテをやるゲーセンには、貪欲に、定期的に見に行っていましたね。自分の縄張りで「何か起きていないか?」みたいな感覚で、ゲームをやらなくても見に行く(笑)。

――まるで ウィンドウショッピングのような。

西谷 ああ、まさにそんな感じでしたね。

大堀 僕も当時、歌舞伎町を自分でツアーを組んで周っていましたしね。お店を周る順番を決めて。

西谷 ロサ会館のゲーセンは薄暗くて怪しい雰囲気がありました。ベルトを売りつけようとする兄ちゃんがいたり。

――なぜベルトなんでしょう?

竹中 よく分からないけど、当時はそういうのがいたんですよ(笑)。

入店方法も両替方法も前代未聞!
謎の不気味ゲーセン「21世紀」

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▲池袋には、今でも現役バリバリの大きなゲーセンが立ち並ぶ

――最後に、今回行けなかった「21世紀?(店名不明)」ですが、ここは相当怖いゲーセンだったそうですね。

西谷 はい。「21世紀」という名前だったのかもよく覚えていないんですが、あの強烈な、入店と両替のシステムだけはよーく覚えています。

――興味津々です。事細かに教えてください。

西谷 建物の2階にあったゲーセンなんですが、湾曲した階段の途中に扉があるんです。横にあるインターホンで「ゲームしたいんで開けてください」って言うと、カチャッとその扉を店員が開けてくれる…。それまでは、扉はロックがかかっていて入れないようになっているんです。そして、入った後もロックがかかるんで、出るときにはまた言わないといけない。

――うーん、厳重というか、怪しいというか…。そんなゲーセン聞いたことないです(汗)。

西谷 3階に行く階段もあって、それも途中に扉がある。その先は行っちゃいけない雰囲気があったんですけど、ある日行ってみたくなって扉に近づいたら、インターホンで店員に注意された。きっと見てるんですよね、どこかで。そういうこともあって、それからは怖くて3階には近づかなくなりました。

――怖っ! 池袋にそんなアングラなゲーセンがあったなんて…。

西谷 両替のときもインターホンに向かって「両替してください」って言うんです。すると上から、紐でつながった竹筒がスルスルスルっと降りてくる。で、その竹筒に千円札とかお札を突っ込むんです。そしてまたインターホンで「お願いします」と言うと、竹筒が上に引き上げられて、再び降りてきた竹筒に両替された100円玉が入っているという…。

――なんですか、そのアナログで不気味な両替システムは…! というか、店員は絶対に人前に姿を見せないんでしょうか?

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▲「セガのたい焼き 池袋店」でセガロゴ焼きを購入し、その場でおいしく頂く大堀所長

西谷 私は見たことはないです。というか、友達と2人でよく行っていたのですが、そもそも私達以外に人を見たことがありません(笑)。印象としては、「闇の奥から聞こえてくる声」といった感じでしょうか(笑)。

――こ、怖すぎる…。なぜ店員は頑なに姿を現さないのか…。竹中さんや大堀さんは、「21世紀」に行ったことはあるんですか?

竹中大堀 いや、ないですね。

大堀 それ、カタギの店じゃなさそうだね(笑)。

西谷 そんな気味の悪い店だし、狭くてゲームも6台くらいしかないのに、それでも4~5回は行きました。だから何か珍しいゲームがあったような気がしますね。具体的に覚えていないんですけど。

――ゲームのラインナップなど記憶から消し飛ぶくらい、相当怖い店ですね。

西谷 あの3階には何があったのか、今でも気になっています…。

――このゲーセンについて知っている方、情報求ム!

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▲セガロゴ焼きには、セガの社是である「創造は生命」の文字が。食べるのに忍びない

「ゲームセンター聖地巡礼」の第2弾では東武東上線の沿線を巡りました。竹中氏と西谷氏の仲の良さが伝わってくるエピソード満載で、実に充実した内容となりました。
早くも第3弾企画も決定しており、近日公開予定です。こちらもご期待ください!

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西谷 亮 氏
1967年生まれ。1986年カプコンに入社。業務用ビデオゲームソフトの企画職として、『ストリートファイターⅡ』、『ストリートファイターⅡ’(ダッシュ)』の開発に携わる。カプコン在籍時には『ロストワールド』『ファイナルファイト』『X-MEN CHILDREN OF THE ATOM』などの企画も担当。1995年にカプコンを退社し、同年にアリカを設立、代表取締役社長に就任。代表作は『ストリートファイターEX』シリーズ、『EVER BLUE』シリーズなど。
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竹中 善則 氏
1967年生まれ。1986年カプコンに入社。その後、かつてのゲーム仲間である西谷氏をカプコン入社に導いた。カプコン在籍時は『ロックマン』や『ブレスオブファイア』シリーズのプロデュースを担当。2004年カプコンを退社してゲームリパブリックに入社、『ブレイブ ストーリー 新たなる旅人』などを担当する。2010年スリーリングスを設立、代表取締役に就任。