日本初の女性パズルプロゲーマー・Temaさんに聞く、プロゲーマーの理想と現実

日本初の女性パズルプロゲーマー・Temaさんに聞く、プロゲーマーの理想と現実  IGCC

シューティングゲームのスコア大会や対戦ゲームのトーナメント大会は、規模の大小こそあれ、ビデオゲームが誕生した直後から行われてきました。

eスポーツ」とは、そうした対戦を競技として捉えた際の呼び方です。特に日本では「日本eスポーツ連合(以下、JeSU)」が発足した2018年を「eスポーツ元年」と定義する動きがあるなど、その周辺が賑やかになってきました。

そうした中、2018年4月にパズルプロゲーマーのTema(てま)さんがJeSU公認プロライセンスを取得。日本初となるJeSU公認女性プロゲーマーが誕生しました

JeSU公認プロライセンスとは、JeSU公認プロライセンス規約に則って、各種大会で好成績を残した選手に発行される資格です。有資格者はJeSU公認大会において特典や賞金を受け取ることができますが、相応する実績が伴わない場合には資格剥奪も規定されている、厳しいライセンスなのです。

Temaさんは、2009年より国内外の『ぷよぷよ』シリーズのゲーム大会に出場し、2016年11月20日に行われたセガフェス「セガ公式「ぷよぷよ」最強プレイヤー決定戦」3位など、上位の成績を収めてきました。さらに、2017年2月に海外版『ぷよぷよ』である『Dr. Robotnik’s Mean Bean Machine』(Steam/2010年/セガ)のRTA(リアルタイムアタック)にて難易度HARDESTで9分9秒の世界記録を達成。2017年8月には、アメリカ・ラスベガスで開催された世界最大級の格闘ゲーム大会「EVO※1 EVO : 世界最大級の格闘ゲーム大会。もともとは北米の格闘ゲームコミュニティ「Shoryuken(SRK)」主催の小規模なファンイベントであるゲーム大会だったが、開催回数を重ねるごとにその規模を大きくしていき、競合プレイヤー、ゲームパブリッシャー、スポンサーが多数参加して現在の形となっている。公式サイト」のサイドトーナメント「AnimEVO」において、あめみやたいよう氏とタッグを組み「ぷよぷよテトリスダブルス」に優勝します。世界初となる『ぷよぷよ』のJeSU公認プロライセンスが授与されたのはこのような成績が認められたためであり、これでTemaさんは、名実ともに日本トップのパズルプロゲーマーとなりました。

今回は、そんなTemaさんにお話を伺い、これまでの活動、日本および海外におけるeスポーツの現状、プロゲーマーとしての今後についてなどを語っていただきました。

それは『ぷよぷよ』から始まった

日本初の女性パズルプロゲーマー・Temaさんに聞く、プロゲーマーの理想と現実  IGCC
▲ 5歳から遊んでいた『す~ぱ~ぷよぷよ』のカートリッジと共に(画像提供:Temaさん)©SEGA

――さっそくですが『ぷよぷよ』遍歴からお聞かせください。

Tema 5歳の頃に母から買ってもらったスーパーファミコンの初代『す~ぱ~ぷよぷよ』(1993年/バンプレスト)が、最初に遊んだゲームでした。それからコンパイル※2コンパイル : 1991年に『ぷよぷよ』を開発・販売していた広島県の企業。経営不振もあり『ぷよぷよ』の権利は1998年にセガに移管された。作品として『す~ぱ~ぷよぷよ通』(SFC/1995年)、『ぷよぷよSUN』(AC/1996年)、『ぷよぷよ~ん』(1999年)、『ぷよぷよBOX』(PS/2000年)。ほかに、『わくぷよダンジョン決定盤』(PS/1999年)だとか(シューティングゲームの)『ザナック×ザナック』(PS/2001年)とかもやっていますよ。

――どうしてそこまで『ぷよぷよ』に?

Tema キャラクターがかわいかったのと、あんまり新しいゲームを次々と買える環境じゃなかったので、『ぷよぷよ』はわりが良かったんですよ。ずっと飽きないし、友達といれば対戦もできる、すごい便利なゲームソフトなんです。対戦は小学校の友達と遊んでいて、一番強かったんですけど、カエル積み※3カエル積み : フィールド右側3列に適当にぷよを並べて、運良く連鎖が起こることに期待する積み方。ばっかりやっていた気がする。

中学生のとき、階段4連鎖※4階段積み : 同じ色のぷよを縦に並べていき、最上段を1つ横にずらして階段状にする積み方。横方向の連鎖消しを起こせるが、フィールドは6列であるため、階段積みだけでは5連鎖が限界。を覚えたんです。この頃、初めて大会に出ました。神奈川県の藤沢まで片道2時間ぐらいかけて行って…。案の定すぐに負けたんです。悔しいから、2回目に行くときには階段5連鎖を覚えて(笑)確か、そのときに優勝した人がGTR※5GTR : 横方向の5連鎖の限界を超えるため、連鎖消しの方向を変えることを「折り返し」と呼ぶ。GTRはその折り返しの積み方の一種。っていう技を使っていたんです。それを初めて目撃して「あ!これ強いじゃん!」って、その人の技を盗んで、ひたすら「とことんぷよぷよ」モードで練習して、そこから強くなりましたね。

それから高校生のときに(セガから)『ぷよぷよフィーバー』(AC/2003年)が出たんですよ。コンパイルの経営が厳しくなって、(『ぷよぷよ』の版権を)セガに移行された時期に。コンパイルの『ぷよぷよ』が好きだったんで、最初は買ってなかったんですけど、オンラインで『ぷよぷよフィーバー』が盛り上がっているって聞いて、渋々遊んだらとてもおもしろくて…(笑)。

『ぷよぷよフィーバー』は、キャラクターを一新したこともあり、コンパイルキャラもほとんどいなくて、アルル・ナジャ※6アルル・ナジャ:  もともとはコンパイルが開発したRPG『魔導物語』シリーズ(MSX2他/1990年~)の主人公キャラクター。  『ぷよぷよ』は『魔導物語』のスピンオフ作品でもあり、コンパイル時代の『ぷよぷよ』シリーズではアルルが主人公キャラクターであった。とカーバンクルだけ登場することを後で知りました。また、「クラシック」っていう『ぷよぷよ通』ルールに沿ったモードがオンラインでも遊べるということを知り、毎日学校から帰ると『ぷよぷよフィーバー』をやるようになり、またそこから強くなりました。

――ゲームセンター(以下、ゲーセン)ではどうでした?

Tema 最初に強い人と対戦したのは、横浜のセブンアイランド※7セブンアイランド : かつて横浜駅前にあったゲームセンター。2012527日閉店。でした。ネット上で「ものすごくぷよぷよが強い女子高生がいる」って私のことが噂になっていたらしくて、ある人に「もしよろしければ一度アイランドにお越しください」って呼び出されて。
それがきっかけで「ぷよぷよ四天王※8ぷよぷよ四天王 :  ここでは2005年以降の『ぷよぷよ』対戦コミュニティでのトッププレイヤー、くまちょむ氏、Kamestry氏、Kuroro氏、ALF氏を指す。そのうちALF氏以外の3名は、JeSU公認ライセンスを持ったプロゲーマーとして現在も活躍中。に興味を持って、名古屋のGAME BOX Q2※9GAME BOX Q2 : 名古屋駅近くにあるゲームセンター。現在はリニューアルしてGAME BOX Q3となっている。で初めてKamestryさん、くまちょむさんとお会いしました。初対面のときに喫茶店であんかけスパを食べた記憶があります。人との出会いは、けっこうゲーセンが多かったですね。

ゲーセンで強い人たちと会って、自分の(ゲームへの)モチベーションは上がりました。現存している店で、当時一番通い詰めたのが(埼玉の)デイトナⅢです。初めて行くゲームセンターだと、レバー操作もおぼつかなくて…1クレジットが2分で溶けちゃうんですけど、デイトナⅢは対戦1時間500円のタイムレンタルがあったので、大学生時代に通い詰めて、強い人たちと対戦しました。当時は『ぷよぷよ通』の強豪がゲームセンターに集まっていたので、そこで私も腕を磨いていました

日本初の女性パズルプロゲーマー・Temaさんに聞く、プロゲーマーの理想と現実  IGCC
▲デイトナⅢに今も残る「ぷよぷよ通 連戦結果記録ノート」

プロを決意させた思い

日本初の女性パズルプロゲーマー・Temaさんに聞く、プロゲーマーの理想と現実  IGCC
▲大学時代に腕を磨いた『ぷよぷよ通』筐体前で ©SEGA

――そこからプロになるまでは?

Tema  色んな大会に参加するうちに、(『ぷよぷよ』に対して)「自分にできることは何だろう?」と考えるようになり、『ぷよぷよ』を正式な形で応援したいという思いが膨らんでいきました。

プロになったきっかけは、2016年の「セガ公式『ぷよぷよ』最強プレイヤー決定戦」で3 位になったことでした。その実績を認められて、(『ぷよぷよ』プロライセンス発行にあたっての)推薦枠に入ったんです。そうして今の事務所、SDMさんで(プロゲーマーとして)活動するようになってから世界も広がり、さらに今年、セガゲームスから(『ぷよぷよ』の)eスポーツ化の流れがあったこともあり、2018年で一気に状況が変わりました。

▲Temaさんが、2016年の「セガ公式『ぷよぷよ』最強プレイヤー決定戦」で3位に入った時の対戦動画(セガ公式Twitterより)

 

――2016年の大会でベスト3に入った勝因は何だったんでしょう?

Tema 当時の強豪プレイヤーがほぼ全員出ていたので…まぁ調子が良かったんでしょうね。私は緊張しないっていうか、大会で崩れないんです。なかには人前に出ることに慣れていなくて、大舞台で本来の動きができない方もいますけど、私はあんまり普段と変わらなくて…。学生時代に演劇部だったこともあり、もともと緊張しない性格なので、そういうのが生きているのかな?

脚注   [ + ]