音と基板と筐体と 前編

ゲームコーナーの踊り場で

『エレベーターアクション』と出会ったのは、かつて福島駅前にあったエンドーチェーンというデパートのゲームコーナーだったと思う。一つ一つのスペースは狭いながらも、数階分の踊り場を利用してかなりの数の筐体が設置されていた。当時はここで『マリンデート』や『ワイルドウエスタン』も遊んだ記憶があるので、おそらくはタイトー管轄のロケーションだったのだろう。

『マリンデート』

そんな中でも『エレベーターアクション』はとてもポップなグラフィックと矩形波によるBGMが響き渡って際目立つ存在だった。
ひゅるひゅる……という効果音に合わせた開始時のアニメーション、ビルに潜入した主人公が左右を確認すると同時におなじみのメロディと共にゲーム開始。

短い楽曲ながらも、前半は抜き足差し足で周囲を探るようなリズム、後半はよーしこれなら行けそうだという少し軽快なリズムで歩き出すという二つのニュアンスで構成されていた(当時の中学生であった私にはまだまだ分析できていなかったが)。

数年後にタイトーへ入社し、サウンド部署の研修に半ば強引に潜り込む。
そこで部署の紹介をしていたのは、終始にこやかながらもひたすら圧のある目力の凄い大きな声のおじさん。
それが私の社会人最初の上司であり、あの『エレベーターアクション』のサウンドを生み出したIMAさんその人だった。

『エレベーターアクション』

炎の龍と昼休み

無事にサウンドへの正式配属が決まり、先輩たちの中で丁稚奉公(敢えてこう表現させていただく)を始めた頃、私たち新人の間で大変なブームになっていた開発中のゲームがあった。
トラックボールで金色の龍を自由自在に操り、エネルギーをチャージしながら吐き出す炎で敵をなぎ倒していく今までに遊んだことがない類のゲーム。それがあの『サイバリオン』だった。

昼休みになると何人かで開発中の『サイバリオン』を遊んでハイスコアを競う。企画のMTJさんも新人たちのプレイに興味津々。
スコアが伸びてくると、それまで見たことのないボスも登場するようになり、昼休みは俄然盛り上がった。
もちろん、サウンドに入ったばかりの私としてはそのBGMが気になって仕方がなかった。それぞれの尺は短いけれど、それが故に記憶に刷り込まれる、FM+PCMのドラムによるカッコイイ曲の数々。これは誰が作っているのだろうか?

『サイバリオン』

その日も、大きな声がサウンド作業場に響き渡っていた。
しかしこれはIMAさんの声ではない。あの太い張りのある声とは違う、もっと、何というか……少しノイジーな響きで、ちょっとけたたましく感じる、もっとわかりやすく表現すると、もはや叫び声。その声の傍らには『ダライアス』のOGRさんが座っていて、音を鳴らしながら落ち着いた低音ボイスで何かしら話をしている。

さて、その凄い声の主は……私の一年先輩にあたるYack.さんであった。
OGRさんの問いかけに叫んで……いや、本人は別に叫んでいるつもりではなく、やたらと声が大きくて、さらにはバリバリの大分弁で返しているのだ。まるでボケと突っ込みみたいなおもしろいやり取りだなぁと眺めつつ、その会話の合間に流れていた音楽がとても気になった。
それがあの『サイバリオン』のエンディング曲『Beginning of the end』だと知ったのも、新人たちがスコアを競ういつもの昼休みのことだった。

すべての戦いが終わってまどろむようなイントロは、柔らかいブラスの音に深めのディレイパートを重ねて表現。そこからドラムが入ってスタッフロールが始まると、途中で転調もこなしながら一気に盛り上がっていく。
ブレイクを挟んでイントロと同じフレーズがゆったりとした響きで繰り返され、堂々のエンディングで幕を閉じる。当時、部屋の88鍵で幾度弾いてみたことだろう。

また、ゲームの中では隠しステージ的な存在の遺跡のBGM『Ja Fraw』。
この二年後の日本青年館でのZUNTATA最初のライブステージ。私がこの曲を大勢の観客を前にしてピアノ演奏することになろうとは当時想像もしなかった。
……そして、この『サイバリオン』の音を作ったのが、学年一つしか違わない先輩であったという事実。すごいなぁ、一年頑張ればこんな曲が作れるようになるかも!
……と、当時はかなり希望に燃えていたような気がする。
その領域に踏み込むまでの厳しい道のりが、田舎から出てきたばかりの新人にはまだまだ見えていなかったのだ。

夢と現(うつつ)のPARADOX

メダルゲームやちょっとした効果音をこなしていた入社一年目の秋、最初の大きな仕事を任されることになった。PCエンジン版『ニンジャウォーリアーズ』の移植作業である。
あの三画面筐体第二弾として発表されたアーケード版は、入社する少し前にゲームセンターに出回るようになり、サイトロンレーベル第一弾となったアルバムがちょうど私のサウンド配属が決まった頃の発売。
部署独自のブランドイメージとしてZUNTATAの名前を社内に向けて大きく売り出していて、作業場には何枚もアルバムのポスターが貼ってあった。

そのときのレコーディング風景を記録した映像も研修の時に見せてもらった記憶がある(三味線パートに重ねる尺八の音をOGRさんがシンセで弾いているのを見て、ZUNTATAはプロ集団だからバックで鳴ってる三味線もシンセで演奏しているに違いない! と勝手に思い込み、そこから必死に練習して三味線パートを鍵盤で演奏できるようになった後に、いやいやあれは打ち込みだよと聞かされた瞬間の何ともいえない心地……)。

全6ラウンド、最終面はSTAGE1の『DADDY MULK』が再度使われているのでゲーム中としては5曲。
当時は楽譜を資料として残す決まりになっていたので、いただいた楽譜どおりデータを打っていけば何とかなるのではないか、と当初は軽く考えていた。ところが、この時のPCエンジンの開発環境はそれまで会社で身に着けてきたデータ形式とは違い、全てをHEX(16進数)で入力する非常に手間のかかるもの。
当時のゲーム業界ではHEX入力のサウンドもさほど珍しくなかったはずだが、少なくともタイトーのサウンドに限ってはすべてのデータをHEX入力しているのは私が担当するPCエンジンだけ。
OGRさんや周りの先輩たちはサウンドクオリティに対するアドバイスこそしてはもらえるものの、HEX入力での労苦に対しては……。これはとんでもなく困難な仕事なのだ、と実際に作業に入ってから気が付いたのだ。

慣れないHEX入力で全てのBGM、効果音を試行錯誤しながら形にしていく日々に、当時18歳の新人はゲームサウンドを作るとはこんなに辛く苦しいことなのか、と思い知らされ、
もはや会社を辞めて田舎へ帰るべきではないかとも考えたほど。

長い長い楽曲の音符をすべて打ち込むという作業が終わってからが実は出発点。
各音色の作成はもちろんのこと、いかにメロディを“歌わせる”のか、他のパートにも表情をどうつけていくのか(例を挙げればスタッカートでどの程度の短さにするのか、フレーズの中でどこに強弱をつけるべきか、一つの音符の中で細かい音程変化をさせるか、ビブラートのかけ具合は? など)、細かなチェックで何度もリテイクで跳ね返された。
夜遅くまでの残業も休出も、リテイクに阻まれて予定どおりのスケジュールがこなせず、終礼のときに飛んだIMAさんの激で貧血を起こしかけたりもした。

それから作業は二か月以上に及んだろうか。
『ニンジャウォーリアーズ』の楽譜を毎日凝視しながら作業に没頭する中で、私は知らず知らずのうちに音楽を、仕事を学んでいたのだ。
慣れというのは恐ろしいもので、完成に近づく頃にはすべての曲の音符は頭の中に入っていたし、自身で入力したHEXデータならそのまま軽く歌えるくらいにはなっていた(当時の話。今はHEX見て歌えたりはしない)。

なるほどこの曲はこんな音で、こんな音符で構成されているのか! と編曲の手法もなぞっていたのだ。
そうこうするうちに最後にデータを完成させたのが、エンディングの『PARADOX』。最後を締めくくるのにもかかわらずその音には虚無感が溢れ、本当にこれで良かったのだろうか? という疑問をプレイヤーに投げかけているかのよう。データを打ち込みながら凄い、この曲は凄いと噛みしめながら、マレットの音が奏でる響きにHEX入力の労苦もすっかり忘れてしまっていた。
この曲に限っては、OGRさんからのリテイクもほとんどなかったと記憶している。私の中のエンディング観を変えた一曲、『PARADOX』。同タイトルの中でもダントツで好きな楽曲となった。

サウンド作りのおもしろさ

入社二年目となり、新卒で後輩がサウンドに配属されてきた。
音大卒でピアノが上手いkaru.さん。一年後輩ではあったけれど、その作曲技術は私にとって圧倒的だった。

最初の担当機種であった『サンダーフォックス』でクオリティ高い曲を次々と生み出す様は圧倒的。そんな彼女が次に担当したのがガラリとイメージが変わった『ミズバク大冒険』である。
メインテーマとして子どもが歌いやすいようなキャッチ―なメロディの曲を持ってきたいということで生まれたのが「仲良くしようよ!みんな友だちさ!!」である。
サウンド部署内で歌詞もつけられて「お空に飛んでいくの 朝日を浴びてあなたとゆくの」と歌われたりするほど。

ミズバクはステージ毎に曲の雰囲気がガラリと変わりつつも、覚えやすいメロディというコンセプトは決して揺るぐことはなかった。
個人的なお気に入りはホンキートンクピアノのような音色が印象的なSTAGE3の「TOY PANIC」と、ワクワク感あふれる前半と軽快なワルツに転じる後半が一体となったSTAGE5「大きな大きな木の下で」。

『ミズバク大冒険』

ミズバクでは効果音の制作風景も忘れられない。
おもちゃがたくさん集まって騒ぎ立てるような音を作りたいということで、たくさんの音のなるおもちゃを買い込んだり、ボスをやっつけるときに缶カラが一斉に倒れるような音を入れようと作業場で何度もピラミッドを作っては壊したり。
こうしたアプローチ、karu.さん本人はもちろん、先輩であるOGRさんが独創的なアイディアを積極的に仕掛けていたのだ。
多忙を極めるサウンドでの日々、そんな中でもようやく、ゲームサウンド作りの“本当の”おもしろさが、私にもわかり始めてきたのだ。

後編に続く

『イーグレットツー ミニ』発売迫る!

『イーグレットツー ミニ』は、1996年に登場したアーケード筐体を卓上サイズで再現し、1978年発売の『スペースインベーダー』から1997年までの間にゲームセンターで活躍した40タイトルのゲームを内蔵したゲーム機です。本体だけでゲームを楽しむことができます。
また、別売りの拡張セットでさらに10タイトル、計50タイトルが遊べます。
今回のコラムでご紹介したタイトルは、すべてこの『イーグレットツー ミニ』で遊ぶことが可能です。ご興味のあるかたは、ぜひ! 発売は2022年3月2日です!!

関連URL
公式サイトURL
https://www.taito.co.jp/egret2mini
公式ツイッター
https://twitter.com/TaitoASelection
タイトー公式サイト
http://www.taito.co.jp/

※TAITO、TAITOロゴおよび「イーグレットツー ミニ(EGRETⅡ mini)」は、日本およびその他の国における株式会社タイトーの商標または登録商標です。
※その他、記載されている会社名・商品名は、各社の商標または登録商標です。

© TAITO CORPORATION 2021 ALL RIGHTS RESERVED.

こんな記事がよく読まれています

2018年04月10日

ゲームセンター聖地巡礼「1980~1990年代 新宿」前編

今回から、新企画「ゲームセンター聖地巡礼」の連載がスタートします。当研究所・所長の大堀康祐氏と、ゲームディレクターであり当研究所のライターとしても協力いただいている見城こうじ氏のお2人が、1980~1[…]