音と基板と筐体と 後編

回る迷路と虜囚の姫君

平成になったばかりのサウンド部署は、全体でも人員は10人程度、そのうち実際に作曲に携わっていたのは半分強といったところ。
社内では、幾つものプロジェクトが同時進行するので掛け持ちは当たり前だったし、手に余るタイトルは社外のクリエイターに依頼することも多かった。
そんな中にも、素晴らしいサウンドを聴かせてくれたタイトルもたくさんある。

例えば『キャメルトライ』。基板の回転機能なしには成立しない、シンプルなルールながらも遊ぶほどに引き込まれる名作。いかに気持ちよく画面を回転させてボールをゴールまで運ぶのか、そのおもしろさを体感するために大きな役割を果たしていたのが効果音だった。

『キャメルトライ』

石の壁にあたるキンキンという甲高い音、コツコツという鈍い音は木の壁。残り時間がマイナスされるエリアでは(グラフィックが“×”なので、単純に連想すればブブー!なのだが)、意外にも「ひーひっひっひ!」と笑い声を鳴らす、このアイディアは素晴らしかった。
そして、最初のラウンドで流れる曲は「パ・マ・ディ“パーマをかけた帰り道”」。
メロディは敢えて一歩引く形で、リズムを前面に押し出し、さらには“パ・マ・ディ”という謎の音声を曲にちりばめた、それまでのタイトーゲームにはなかったタイプのBGMである。
当時のサウンド部署でも大人気の曲であった。
ちなみにこの数年後、私が「まわすんだ~!!」というゲームのサウンドを担当したとき、ミニゲームとして入っていた『キャメルトライ』ステージ用に、BGM「マウスサークル“くるくる”」をアレンジして入れ込んだこともある。

他には『カダッシュ』も忘れられない。
いわゆるファンタジーをモチーフにしたアクションゲームながらロールプレイングゲームのような成長要素も加えた野心的なタイトルである(当時1コインクリアできるまでやり込んだ程はまっていた)。

ヤマハのFM音源であるYM2151を採用していたが、これはタイトーゲームとしては非常に珍しいパターン。
曲はもちろん効果音もすべてFM音源によるもので、当時のタイトーゲームとは一線を画す独特の音が再現された(特に金属HITの効果音は素晴らしい出来。当時の低サンプリングレートのPCM音源よりも豊かな高域の響きだった)。
ファンタジー物のロールプレイングゲームといえば、メロディがわかりやすいカッコいい曲……という思い込みが当時の私にはあった。が、この『カダッシュ』の楽曲はまったく違っていた。
アップテンポの曲ながら全体的にどこか不穏な雰囲気が漂い、A-B-サビというよくある歌モノのようなわかりやすい構成からは程遠い、次にどんな展開が用意されているのか予測がつかない楽曲の数々。
楽曲単体で聴くとつかみどころが乏しいと感じてしまうのだが、ゲームと合わせたときにはこれ以上ない抜群の雰囲気を醸し出す。
バックグラウンドに徹しつつ、戦いの激しさはしっかりと伝えてくれる、実に味わい深いサウンド(各曲名は省略するが、これもまた個性的なのだ)。
そこからの、激しい戦いが終わったあとに流れるエンディングが、清々しくも寂しさを漂わせる泣きのメロディなのだ。
当時開発を担当していたプログラマー諸氏からも大変人気のあった曲である。

『カダッシュ』

二つの月から生まれる調(しらべ)

タイトーでフルサンプリング音源チップの採用が決まり、それに合わせたプロジェクトが幾つか走り始めた頃。新たなシステムボード向けのゲームタイトルを私が作曲する傍ら、あのYack.さんが横スクロールシューティングの作曲&データ化作業を進めていた。
『ガンフロンティア』を制作したチームの新作である。

当時のシューティングといえば業務用ゲームの花形で、さらに横スクロールシューティングの音楽を担当するのは私にとっても憧れであった。
ロボットアニメやそのサントラの話題で意気投合していたYack.さんだけに、私もどんな曲が登場するのかと期待は高まった。
それに負けじと自身の曲に注力し、お互いに曲を聴かせ合いながら、それぞれのプロジェクトで頑張った。

『ガンフロンティア』

いよいよゲームが形になり、音が入った状態で遊べるようになった。
ワイヤーフレームが印象的なスタート時の演出、曲と演出タイミングの見事な融合!
そこからプレイヤーが操る“BLACK FLY”がゲーム画面へと躍りだすと、およそ従来のシューティングのイメージとは程遠いゆったりとしたサウンドに包まれていく。

ベースのリフにシンセのコードが重なり、その色が少しずつ変わっていく。
マーチングドラムがビートを刻み出すと、コーラスのように歌うメロディが満を持して登場する。戦いの激しさでも、勇壮さでもない、とても“優しい”響き。
『Born To Be Free』(自由になるために生まれた)と名付けられたこの曲で彩られた新作シューティングは、タイトーファンなら誰もが知るであろう傑作『METAL BLACK』であった。

この他にも、Yack.さんは同タイトルで新たな試みを幾つか仕掛けている。
ROUND2の『Dual Moon』はループなしの楽曲、ボス登場直前に曲を終わらせることで激しい戦いの前にわずかな無音の間を作り、よりドラマチックに感じる演出を形成。
各ステージが始まるタイミングでは画面に曲名をクレジット。また、当時入社二年目で経験の浅かったばび~氏を効果音制作で鍛え上げ、後々ZUNTATAの柱となる存在にまで育て上げた。
この二人のタッグはこの後も様々な名作を生み出していく。

『メタルブラック』

ある日突然世界が変わる

TAMAYOさんが中途入社した頃、サウンドは大変な忙しさであった。
研修と称して各プロジェクトのデータ化を手伝ったり、突発プロジェクトに凄まじいスピードで曲を入れ込んだりとその無双ぶりはサウンド内でも大変な評判だった(かくいう私も『スペースガン』で一曲データ化を手伝ってもらっている)。
が、自身担当の本命タイトルが開発中止になったり、世に出ても台数が非常に少なかったりと不運が続いていたのである。ここに飛び込んで来たのが熊谷研究所開発の縦スクロールシューティングゲーム。
TAMAYOさんがどんなシューティングの曲を書くのか、私を含め多くのメンバーが楽しみにしていたのである。

ところが、サウンド部署に設置されたチェック用の筐体に入っていたそれは、何とも味の薄い音楽。
良くはできているのだけれど、いまいちメロディに引っ掛かりがない。
TAMAYOさんの曲はこんなものだったかな、もっと凄い曲が聴けると思っていたのだけれど……とはいえゲームはとてもおもしろかったので、毎日のように(仕事中もちょっとだけ)遊び倒していた。

そんなある日のこと、音のROMを入れ替えたというのでゲームをスタートさせたとき、私も含め周囲の一同に衝撃が走ったのだ。
「こんな曲知らない…!!全然違う、めっちゃカッコイイじゃないか!!」
そう、それまで鳴っていたのはすべてサウンドチェック用の仮曲。
あの名曲「PENETRATION」や「G」が初めて鳴り響いたその日のことであった。

『レイフォース』

たどり着けないパオパオ島

『パズルボブル』の続編を私が担当することになったのは、恐らく前作担当のkaru.さんがすでに別プロジェクトで作業を進めていたからだろう。
前作に対戦ルールが追加されるので、イメージはそのまま継承しつつ追加部分を作ってほしいということだった。
もっとも音源チップがフルサンプリングに変わっていたので、曲そのものは流用できてもデータはすべて一から作ることになっていた。

前作は突発プロジェクトで、karu.さんが恐ろしく短い期間(それこそ数日、ものすごく大変だったそうだ)でサウンドを仕上げることとなったものである。
その中で生み出された傑作中の傑作「パオパオ島へ行こう」。
続編のイメージも基本はこのパオパオ島を踏襲する形となった。

……ところが、この曲の屈託のない可愛さはkaru.さんだからこそ生み出せるもの。
パオパオ島に頭を押さえつけられながら、私はかなり悩みながら曲を作っていくことになった。
一曲目、とりあえずゲームには合ってる。周りからの評判も悪くない。でもパオパオ島の可愛さとは雲泥の差に思える。
二曲目、少し近づいてきたかも知れないが、まだまだ足りない。

……といった具合に、『パズルボブル2』の作曲作業は、ひたすらにパオパオ島を目指す苦悩の旅となった。
ようやくエンディングの曲にたどり着いた頃、一つの答えを見つけ出した。
それは「パオパオ島へ行くことはできないけれど、新たな目的地が見つかった」ということ。このエンディングに至ってようやく、はじめて『パズルボブル』として心から納得のいく曲を作ることができたのだ。
この旅路の後に続く『2X』の追加曲では、気軽に楽しんで曲を書けた記憶がある。

『パズルボブル2X』

鍔迫り合いのナナゼロサンゴー

『イーグレットツー ミニ』の豪華特装版とパドル&トラックボールパックに同梱のアルバム「70/35(ナナゼロサンゴー)」。
『METAL BLACK』で効果音を担当したはび~氏がZUNTATA代表としてプロデュースし、OGRさんはもちろんのこと、Yack.さん、TAMAYOさん、karu.さんという歴代コンポーザーが自身の曲をアレンジする。そして私も末席に加えていただく形となった。

私がアレンジしたのは、『パズルボブル2』、『2X』のエンディング曲である「君と行こう夢の世界へ」。
元のタイトルに、かつて共にタイトーサウンドを作り上げたメンバーたちとの再会の意味を込めて「もういちど!」と付け足した。
今はそれぞれ別の場所で、それぞれの仕事を続けているけれど、また会えて嬉しいね! という意味を込めたのだ。

……さて、完成前のアルバムをちょっと聴かせてもらったとき、懐かしい顔と同時に湧き上がるのは各メンバーたちのギラギラした創作意欲だった。
お前がこんなサウンドを作るなら、俺はこうだ!
えっ、あなたはそんな凄い音を作ったの?
という、若い時代に重ねられた切磋琢磨という鍔迫り合いが、時代を経てもなお続いていたのである。
相も変わらず濃ゆい面子だなぁと呆れつつも、私にもまだ新しい何かが創れるのではないかという希望。
楽しみながら、苦しみながら生み出したたくさんのゲームサウンドの数々を、是非プレイヤーの皆様にもあらためて味わって欲しい今日この頃である。
そして、まだ見ぬ才能が素晴らしい音を聴かせてくれることを願って。

『イーグレットツー ミニ』発売中!

『イーグレットツー ミニ』は、1996年に登場したアーケード筐体を卓上サイズで再現し、1978年発売の『スペースインベーダー』から1997年までの間にゲームセンターで活躍した40タイトルのゲームを内蔵したゲーム機です。本体だけでゲームを楽しむことができます。
また、別売りの拡張セットでさらに10タイトル、計50タイトルが遊べます。
今回のコラムでご紹介したタイトルは、すべてこの『イーグレットツー ミニ』で遊ぶことが可能です。ご興味のあるかたは、ぜひ!

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