マイ・ベスト・アーケードゲーム Vol.11 高岡 義晴

  • 記事タイトル
    マイ・ベスト・アーケードゲーム Vol.11 高岡 義晴
  • 公開日
    2020年01月19日
  • 記事番号
    2462
  • ライター
    IGCCメディア編集部

日本のアーケードゲームの礎を築いた重鎮やゲーム情報通でもあるゲームライターといった業界関係者が、個人的に好きだったアーケードゲームをランキング形式で選ぶ「マイ・ベスト・アーケードゲーム」。
第11回となる今回は、ナグザットでプログラマーとして活躍した高岡 義晴氏にご登場願いました。現在、Nintendo Switch用プログラミングソフト『プチコン4 SmileBASIC』でレトロ風ゲームを作り、多くの方々からの支持を集めている高岡氏の原点がここにあります。

高岡 義晴

コンシューマーゲーム、回胴遊技機を手掛けるプログラマー、ゲームクリエイター。
フリーランスで多趣味な自由人。
代表作は『コリューン』、『PC電人』、『スーパーリアル麻雀P4カスタム』、『Wizardry DIMGUIL』、『Wizardry I・II』、『Wizardry III・IV』ほか多数。

No.10『ダライアス』(1996年/タイトー)

3画面筐体にボディソニック、そしてメカ化された生物型の巨大なボス。
とにかくボス!ボス!ボス! 自分の中ではそんなイメージが強いゲームでした。
言い方は乱暴ですが「ボスと闘うためのシューティングゲーム」と言えると思います。
ボスと闘っているときの臨場感が大好きで当時よくプレイしていました。
そしてゲームミュージックの進化を感じさせてくれたゲームでもあると思います。

No.09『パックマン』(1980年/ナムコ)

単純明快なゲーム性でパターン作りの楽しさを最初に教えてくれたゲームでした。
実は当時、実家にパックマンのテーブル筐体があったので母と親子でよくプレイしていました。
このゲームにおいて、一番感心していたのがモンスターのアルゴリズムです。
モンスター別にアルゴリズムがあるというのは当時は斬新で、子供ながらにモンスターがどう動いているのか大変興味がありました。
これにより自分のプログラマー的思考が最初に芽生えたんだと思っています。

ⒸBANDAI NAMCO Entertainment Inc.

No.08『ストリートファイターII』(1991年/カプコン)

※シリーズ作品としてエントリー。
おそらく新品の筐体が買えてしまうほどにプレイをしたゲームだと思います。
緻密な間合い戦を実現した厳密な当たり判定や、通常技や連続技や必殺技などのバランス、ヒットバックやヒットウエイトなどなど……2D対戦格闘ゲームの楽しさのすべてがそこにはありました。
対人対戦の楽しさを教えてくれたゲームだったと思っています。
当時勤めていた会社が秋葉原だったので、勤務時間が終わると「スト2虎の穴」と呼ばれるゲーセンに赴き、ダルシム担当として対戦に明け暮れた。そんな毎日でした。

No.07『ドルアーガの塔』(1984年/ナムコ)

当時ゲームセンターにあった「交流ノート」を流行らせた立役者的ゲームです。
謎だらけで、RPG要素をうまくゲーセンに持ち込めた作品だったと思います。
仕組みに気づくまでは理不尽なプレイヤーキルが続き「なんじゃこりゃ?」と、プレイヤー間では賛否両論だった記憶が強くあります。
宝箱の出し方がわからないと地獄なゲームでしたが、謎探しの楽しさを最初に教えてくれたゲームだと思っています。
今でも色あせない硬派なゲーム性はさすがです。

ⒸBANDAI NAMCO Entertainment Inc.

No.06『リブルラブル』(1983年/ナムコ)

今でもプログラマーたちをうならせる「バシシ」が一番印象的なゲームです。
単純なゲーム性に隠れた高度なプログラムに当時痺れました。
数々の邪魔を掻い潜り、畑を育て収穫する。しかしすべてを取りきらずに少し残して次に繋ぐ。
そしてついには宝を掘り当てて奇跡を起こし一攫千金!!
よくよく考えると、波乱万丈な人生のようなゲームです。
バシシマーカーは、もったいなくて使えない派でした。

ⒸBANDAI NAMCO Entertainment Inc.

No.05『マッピー』(1983年/ナムコ)

とにかくかわいいキャラとキャッチーなサウンドが衝撃的なゲームでした。
永久パターン防止キャラを初めて見たゲームだった気がします。
このゲームは若干難易度が高く、慣れるまでは敷居が高いゲームですが、わかってくるとまったくランダム性を使用しないシッカリしたゲーム性が見えてきます。
この部分はパックマンなどにも通じる部分であり、大変気に入っています。

ⒸBANDAI NAMCO Entertainment Inc.

No.04『スーパーリアル麻雀P2』(1987年/セタ)

学生時代にゲーセンに行けば、必ずプレイしていた麻雀ゲームです。
あのキャラアニメーションと麻雀中のリアルな演出は当時かなり斬新でした。
インチキばりばりの理不尽なゲーム性ではあるものの、山を積む演出で裏返って見えている牌がその場所でちゃんとツモってこれるという、細かな仕様などもかなり気に入っていました(狙って一発ツモなどができます)。
そうなんです、このゲームは洗牌から闘いがはじまってるのです。
「ロンよりショウコを見せてあげる」というキャッチフレーズがありましたが、死ぬほどロン(ツモ)を見せつけられたプレイヤーが多いことでしょう。
ショウコさんの声、大好きです。

No.03『レインボーアイランド』(1987年/タイトー)

『バブルボブル』の続編的作品ではあるものの、今作ではジャンプスクロールゲームになり、ゲーム性がまったく変わってしまっていました。
最初はとっつきにくい印象でしたが結局ハマリにハマったゲームでした。
フルーツやアイテムがこれでもかというほどに画面に溢れ、ガンガン系の大味ゲーと思いきや、緻密なダイヤ集めも必要とされるゲーム性に感心させられました。
キャラクター変化も豊富で、飽きの来ない何度も楽しめるゲームです。

No.02『バブルボブル』(1986年/タイトー)

2P同時プレイ可能な固定画面ゲームの王道と言えるゲームです。
あのジャンルにおいて、グラフィック、サウンド、ゲーム性、そして隠し要素満載の最強ゲームだと昔から自分は思っています。
アーケードゲームでありながらマルチエンディングというも当時とても斬新でした。
シリーズも沢山でていますが初代が一番トータルバランスが優れていると思っています。

No.01『ゼビウス』(1983年/ナムコ)

すべてにおいてセンス抜群なシューティングゲームです。
統一感のある美麗グラフィック、神秘的なサウンド、ほどよい難易度、パーフェクトです。
小6の時、ゲーセンに1000万点プレイヤー登録に行ってしまうほどにハマリました。
いまだにこのゲームを超えるシューティングゲームは自分の中にはありません。
ゲームにおいて世界観やストーリー設定なども重要なんだと気付かされた作品でもありました。

ⒸBANDAI NAMCO Entertainment Inc.

マイベスト10を選んでみて……

思い出補正もあるためか、どれもレトロ系のゲームばかりになって申し訳ありません。
このレジェンド的ゲームたちのおかげで自分のゲーム観が構築されています。
ご存知の方も多いと思いますが、色々とオマージュさせていただいております。
現在、自分が作りたいゲームと近年のゲームが別路線になってしまったため、ゲームプログラマーという職を離れて早10年になります。
しかしこうやって思い返すと、また作りたくなるのはゲームプログラマーのサガでしょうか。
「古き良き時代を現在に伝えていけたらいいな」なんて最近思ってきております。

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