見城こうじのアケアカ千夜一夜

  • 記事タイトル
    見城こうじのアケアカ千夜一夜
  • 公開日
    2023年06月23日
  • 記事番号
    9632
  • ライター
    見城 こうじ

第5夜『パックマン』(1980年・ナムコ(現:バンダイナムコエンターテインメント))

世界を席巻した愛らしいドットイートゲーム

初めて『パックマン』を見たとき、その可愛らしく愛嬌のあるキャラクターたちに大きな衝撃を受けたのをよく覚えています。まん丸ピザに切れ込みを入れたような主人公、クリクリ目玉の4匹のゴースト、一度見たら忘れることができません。

当時のアーケードといえば、宇宙を舞台にしたシューティングや、射的もの(ガンシューティングもの)、そしてレースゲームなどが多かったのですが、そんな中で『パックマン』は迷路型のチェイスゲームとして大ヒットを記録しました。

『パックマン』以前にも迷路状のフィールドを扱ったゲームがなかったわけではありません。『ガッチャ(GOTCHA)』や『ヘッドオン』などがそれに当たります。どちらも当時としては有名な製品です。にもかかわらず、ぼくが『パックマン』に驚いたのは、一つにビジュアルの完成度が段違いだったからに他なりません。

それまでのゲームはハードウェアの制約上、イメージの大部分をプレイヤーの想像力に委ねざるを得ないビジュアルのものが多く、一言でいうと記号的でした。ただ、そんな中でも『スペースインベーダー』や『ギャラクシアン』などは、キャラクター性がうまく表現されていて、そんなところがヒット要因の一つにもなっていたわけです。

それを戦闘的なテーマではない愛らしい世界観で、それも高い完成度で適用して成功した最初のアーケードゲームが『パックマン』であった気がします(その萌芽は同じナムコの『ナバロン』や『キューティQ』に見てとれます)。

シンプルな操作と優れた迷路設計

もちろん、『パックマン』成功の理由はそこだけにあるわけではなく、その魅力は多岐にわたります。

操作が1レバーのみで成立しているという単純明快さ、優れた操作性とスピード感、4匹のゴーストの個性的な性格づけ、絶妙な迷路設計、パワークッキーによる逆転のおもしろさ、強く印象に残るSE、ステージが進むごとに的確に上昇していく難易度、攻略パターンを洗練していく楽しさ、次はどんなフルーツボーナスが出てくるのだろうという期待感、そしてコミカルなコーヒーブレイク。じつによく練られています。

操作が1レバーのみという点に関しては、作者の岩谷徹さんが『パックマン』以前に作られたゲームを見てみると、レバーとパドルという違いはありますが、『ジービー』『ボンビー』『キューティQ』の3部作もやはり基本的に片手操作です。さらに、こののちに企画原案を担当された『リブルラブル』は、ツインレバーですが、やはりボタンは使いません。岩谷さんが意図されたことなのか聞いたことがないのでわかりませんが、興味深い共通点だと思います。

迷路設計については、公開されている当時の企画書と製品版のレイアウトを比較すると、熟慮のもとにブラッシュアップされていったことがわかります。
企画書段階の迷路は、
・直線路が全体に短く岐路が多すぎるため、敵との距離(=危険度)が把握しにくい。また切り返しの回数が増えることで、操作難易度も上がる
・『ガッチャ』のような開閉ドアや袋小路があるため、理不尽に感じられる展開が発生する恐れがある
・ゲームに広がりを持たせるワープトンネルがない
 ……というように、どれものちの変更の理由が想像できます(ドアに関しては、なくなったのは技術的な理由かもしれませんが)。

大ヒットした結果を見ているがゆえに感じる部分も大きいかもしれませんが、製品版の迷路は本当に洗練されていて、固定画面で全景が一望できることも含めて、限られた空間で完結する美があります。

『パックマン』は多くのコピー商品が作られました。いわゆる海賊版です。当時のビデオゲーム業界はまだ無法地帯に近く、多くのニセモノがゲームセンターに置かれており、とくに『パックマン』は迷路におかしなアレンジが施されたコピー品が幾種類も出回っていました。そうしたコピー品と比較しても、やはり本物はよくできてるなと実感できるんですね。

コピー品のいくつかの迷路は、ワープトンネルが一組ではなく何組もありました。こうなると、もはや迷路全体が上下左右につながった感じになり、敵との不意の衝突が増えます。過ぎたるはなお及ばざるがごとしです。

道の途中に中途半端なデコボコというか突起があって、移動しにくいものもありました。何で付けたかよくわからないんですね。訴訟対策でオリジナルの『パックマン』とは別物なんですよと主張するために、何でもいいから変更しただけだったのかもしれませんけれど。

今ではあまり見ることのない仕様“コーヒーブレイク”

「コーヒーブレイク」とは、この場合、幕間の寸劇を意味します。以前は「パックマンショー」と呼ばれていた覚えがあります。

たとえば、パックマンがゴーストに追いかけられながら舞台袖からはけて、もどってくるとパックマンが巨大化して立場が逆転している、といったコントのような数秒間のデモシーンがゲーム中に3種類用意されています。巨大化したパックマンのグラフィックは本編には一切出てきません。このシーンのために専用で作られたグラフィックです。当時はこれだけのシーンが大層贅沢なものに見え、毎回とても楽しみにしていました。

アクション系のゲーム中にこうした寸劇を挟む手法は『パックマン』が初めてというわけではなく、それ以前からいくつも存在しました。

たとえば『スペースインベーダー PartII』ではインベーダーが円盤に乗って逃げ出すシーン(ときどきエンジントラブルでインベーダーが脱出するという凝りよう!)、『スモークインベーダー』ではインベーダーがタバコを吸って一休みするシーンといった具合です。

『パックマン』後にも、同タイプのコミカルアクションゲームにおいて、こうした寸劇が流行りました。『ロックンチェイス』『ペンゴ』『ちゃっくんぽっぷ』など、どれもまったく同じ手法です。

おもしろいと思うのが、これらのほとんどが、ゲームの世界観は活かしているけれど、なくても構わないミニコントだったということです。『ペンゴ』なんて延々踊ったり、ゲームしたり、遊んでるだけですからね。

現代のゲームであれば、プレイアブルなシーンの間に入るデモといえば、シームレスな作りのものも含め、そのほとんどはストーリーを進めるためのドラマです。登場人物同士で会話をかわすなどして、「次はどこどこへ行って敵の拠点を叩くぜ」だとか「今度はこんな事件が起きたぞ」だとか。

そう考えると、当時のコーヒーブレイクと現代の幕間デモの間には、大きなコンセプトの違いがあるように思います。当時のアーケードゲームには、大まかなバックストーリーはあっても、具体的なストーリー展開というものはほぼなかったので、必然的にこのようなものになったのでしょう。

鬼ごっこゲームとしての徹底的なこだわり

岩谷さんの著書「パックマンのゲーム学入門」によると、岩谷さんはプログラマに対して「ゴーストがパックマンのあとを数珠つなぎのように追いかけるのではなく、四方から取り囲むように追いかけて欲しい」とリクエストを出したと書かれています。

このリクエストのおかげで、4匹のゴーストそれぞれに異なったアルゴリズムが生まれ、このゲームがおもしろいものになった、ということはよく知られていますが、もう一点、こちらも有名ですが興味深い要素として、各ゴーストが「巣(=己の拠点となる座標)」を持っていて一定周期でそこへもどる仕様が挙げられます。

2020年のメディコム・トイによる『パックマン』誕生40周年記念インタビューを読むと、岩谷さんは「時々ゴーストが追いかけるのを止めて反転して、迷路の四隅(自分のポジション)に散らばり、その開放時間の時にふっと緊張をゆるめる事ができるなど、プレイヤーにストレスを溜めない工夫が随所にあります」とコメントされています。

先ほどから触れていますが、『パックマン』の元になったゲームの一つに『ガッチャ』という製品があります。初期の企画書にも名前が挙げられており、まったく同じギミックが予定されていたことからも、参考にしているのは間違いないところです。

『ガッチャ』はごく初期のアーケード用ビデオゲームで、迷路での追いかけっこ(鬼ごっこ)がテーマとなっており、その点で『パックマン』によく似ています。ただ、コンピュータキャラクターという概念がなく、対人戦オンリーという違いがありました。

また、ゲームとしての深みを持たせるためのパラメータがほとんどなく、本当に2つのキャラクターが迷路内を等速で追いかけっこするだけの遊びで、予定調和を崩す唯一の要素が、一定周期で壁が移動して迷路を変化させるというものでした。

しかし、これだけの要素だと、一度追いつかれてしまうと引き離すことがかなり難しいんですね。対戦ゲームやチェイスゲームとしてはちょっと単純すぎるんです(それでも当時は楽しくプレイしていましたけれど)。

対戦とシングルという違いはありますが、『パックマン』では同じ轍を踏まないよう、敵をまく方法がいくつも盛り込まれています。ゴーストの一方通行エリア、敵を引き離せるワープトンネル、曲がり角ではパックマンのほうが素早い、パワークッキーで逆転できるなど、かなり徹底されており、その上さらに、鬼ごっこゲームなのに一時的に敵の追跡ルーチンを切り、それぞれが四隅まで散開してしまうという大胆な仕様まで組み込んでいるわけです。

ぼくらはその結果だけを見て当たり前のようにプレイしていましたが、あの時代にして何とも粘り強さを感じる仕様群だと改めて思います。これらは岩谷さんが『ガッチャ』をきちんと見ていたからこそ、そして鬼ごっこゲームとは何かを考え続けていたからこそ、たどり着くことのできたレベルのように思うのです。

『パックマン』以前のドットイートゲーム

『パックマン』はドットイートゲームと呼ばれています。ドットイートゲームの元祖は『ヘッドオン』とよくいわれます。プレイヤーキャラクターが迷路を移動してドット(ターゲット)をすべて集めるゲームでいえば、おそらくそうかもしれません。

では、『ヘッドオン』のさらに源流になっているゲームはないのでしょうか? ドットを集めるゲームという意味では、たとえば1974年のRamtek社『クリーンスイープ(Clean Sweep)』 があると思います。これは『ブレイクアウト』(ブロック崩し)のさらにオリジンに当たるゲームで、パドルを操作してボールを打ち返し、そのボールを画面上のドットに当てて消していく遊びです。『ブレイクアウト』との大きな違いは、ボールがドットに当たっても反射することがなく、そのまま素通りしてドットを消していくことです。その考えかたはのちのドットイートゲームとよく似ています。

『クリーンスイープ』の前には、同じパドル型ゲームである『Tennis for Two』や『ポン』があります。『クリーンスイープ』のあとは、『ブレイクアウト』や『ヘッドオン』に分岐していきます。そして『ブレイクアウト』の発想が『スペースインベーダー』になり、『ヘッドオン』や『ガッチャ』の仕組みが『パックマン』になったと考えていくと、この時代の主だったアーケードゲームはほぼどこかでつながっているように思います。

では、また次回。

PAC-MAN™& ©Bandai Namco Entertainment Inc.
Arcade Archives Series Produced by HAMSTER Co.

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