ユニークな営業形態で注目を集めるドライブ系レトロゲーセン『バック・トゥ・ザ・アーケード』
目次
都心から電車で揺られて1時間ほどの場所、千葉県八千代市に「バック・トゥ・ザ・アーケード」というレトロゲームセンター(以下ゲーセン)がある。30分500円で遊び放題の定額制で、週末営業のみという営業スタイルが実にユニーク。
オーナーは平日に本業である会社員を続けながら、このお店を運営しているそうだ。そんな一風変わったゲーセンに興味を持った筆者は、さっそく現地を訪問して当店のオーナーにお話を伺ってきた。
全国からファンが集まるドライブゲームの聖地
京成本線八千代台駅東口からすぐ近く、駅前ロータリーにある商業施設「ユアエルム」裏手の八千代台東第4公園。そこに面した場所で「 バック・トゥ・ザ・アーケード」は営業している。店の前には電源の入っていない大型筐体が数台置かれており、「お店はここですよ」と案内しているかのようだ。
郊外のお店ではあるが、口コミやSNSで存在を知ったプレイヤーが全国から集まってくるとのこと 。営業を週末日中に限定しているが、地方在住のプレイヤーにとっては利用しやすいようだ。
金曜夜に上京し、日曜日の営業終了まで遊んでも交通機関が動いているため帰宅できる。成田空港へ行くもよし、都内にまた戻って新幹線に乗るもよし。京成本線の八千代台駅という場所が、全国のファンにとって好都合となっているそうだ。
実際に取材中も、トラベルキャリアを持ち込んでゲームに夢中になっているプレイヤーを多数見かけた。
ドライブゲームとレースゲームに埋め尽くされた店内
バック・トゥ・ザ・アーケードは店舗面積がかなり限られている。とはいえ、一般筐体の並ぶゲーセンならば充分な広さではある。
筆者が学生の頃に通っていた高田馬場の「ゲームブティック」や「GongoGongo(ゴンゴゴンゴ)」と同じくらいだろうか。横幅が狭く、奥に長く続いている店内にはこれでもかというくらいにドライブゲーム・レースゲームの大型筐体が詰め込まれている。
どれくらいの詰め込み方かというと、店内に入るとすぐに通路をふさぐ筐体があって、その筐体のシートをまたいで進まなければ奥へと行けない。誰かがその筐体でプレイしていたら、ゲームが終わるまで店の奥へ出入りできないという圧縮陳列なのだ。
オーナーに確認したところ、店舗面積は20坪ほど。できる限り多くのレースゲームに接してほしいという思いで、筐体をパズルのピースのように隙間なく設置しているそうだ。
オープン当初の店舗は近所のもっと狭いテナントにあり、これでもオープン当初より広くなっているとのこと。そこではさすがに狭すぎて営業が困難になり、現在の店舗に移転してきたという。
現在は24タイトルが稼働中。1タイトルでも多くのゲームを稼働させたいので、2プレイヤー対戦ができるツイン筐体にそれぞれ別基板を入れるという改造もしているようで、狭いながらにもバラエティー豊富な内容となっている。
【現在稼働中のタイトル】(2019年1月現在)
発売年 | ゲームタイトル | メーカー名 |
1993年 | リッジレーサー | ナムコ |
1994年 | サイバーコマンド | ナムコ |
1995年 | サイバーサイクルズ | ナムコ |
1995年 | セガラリー・チャンピオンシップ | セガ |
1994年 | デイトナUSA | セガ |
1995年 | ダートダッシュ | ナムコ |
1994年 | リッジレーサー 2 | ナムコ |
1995年 | レイブレーサー | ナムコ |
1996年 | エースドライバー・ビクトリーラップ | ナムコ |
1996年 | GTI CLUB | コナミ |
1996年 | ワインディングヒート | コナミ |
1997年 | スカッドレース・プラス | セガ |
1997年 | ファイナルハロン | ナムコ |
1997年 | ポケットレーサー | ナムコ |
1997年 | ル・マン24 | セガ |
1997年 | 30test(サーティテスト) | ナムコ |
1998年 | セガラリー 2 | セガ |
1998年 | デイトナUSA 2 パワーエディション | セガ |
1998年 | テクノドライブ | ナムコ |
2000年 | ナスカーアーケード | セガ |
2004年 | OutRun2 Special Tours | セガ |
2004年 | 頭文字D ARCADE STAGE Ver.3 | セガ |
2008年 | R-Tuned:Ultimate Street Racing | セガ |
2010年 | 湾岸ミッドナイト MAXIMUM TUNE3DX PLUS | ナムコ |
レースゲームは入力デバイスありきの完全移植できないジャンル
「誰かが残そうとしなければ遊べなくなってしまうタイトルを、一つの設置基準にしています」とオーナー。
家庭用ゲーム機に移植されていないタイトルを中心に導入するようにしているそうだ。『セガラリー・チャンピオンシップ』や『リッジレーサー』のような家庭用ゲーム機に移植されたタイトルも設置しているが、これらも完全移植だったとはいえない、という判断から。
そもそも、レースゲームの場合はオリジナルと移植版とでプレイフィールがまったく異なっている。業務用の筐体で遊ぶのと、ゲームパッドやジョイスティックで遊ぶのとでは、まったく違ったゲームになると言っていいくらいだ。
一応、家庭用ゲーム機にもハンドルコントローラーは存在するが、業務用のものとは使用感に雲泥の差がある。それゆえ、レースゲームジャンルに完全移植版はないというのがオーナーの考えだ。同店がレースゲームやドライブゲームに特化しているのは、そのような理由もあるという。
しかし、一般筐体向けのゲームタイトルでも家庭用に移植されていないものはたくさんある。一般筐体向けゲームならもっと多くのゲームを設置することができると思うのだが、なぜそうしないのだろうか。
それについて、オーナーは「秋葉原HEYさん、ミカドさん、ナツゲーミュージアムさんのような有名なレトロゲーセンの皆さんが頑張っていますから」と語る。オーナー自身、一人のゲームファンとしては普通のレトロゲームも大好きなのだが、店舗経営を考えると他店と同じことをしてもダメだと考えているという。
電車で都内へ行けば、大きなレトロゲーセンはいくらでもあるという好立地。差別化をして強みを持たなければ、お客さんは足を運んでくれないと経営者の顔で語った。こういった差別化も、全国からプレイヤーが集まるようになった要因といえるだろう。
何もしなければレトロアーケードは存在が消えてしまう
バック・トゥ・ザ・アーケードは2015年に営業を開始した。オーナーは現在でも会社員とゲーセン経営者の二足の草鞋(わらじ)を履いており、ゲーセン店長は副業でやっている状態だという。ゲーセン運営は専業でも大変なだけに、並大抵の苦労ではないだろう。そこまでしてレトロゲーセンを運営する原動力とはいったい何なのだろうか。
「本当は店舗経営だけでやっていければいいんですけどね」とオーナー。なかなか店舗経営が厳しいようである。それでも頑張るのは、レトロアーケードゲームの現状に危機感を持っているからだという。
スマートフォンでゲームをするのが当たり前になり、ネットゲームで誰でも楽しめるような環境になった昨今、アーケードゲームはもはや一世代前の存在となってしまった。
「ゲーセンも年々店舗数を減らし、家庭用ゲーム機に移植されないタイトルは遊べなくなるとともに、どんどん幻の存在になっていっています。誰かが保存しなければ人々の記憶からも消えてしまう。自分も保存する立場にならなくては…。」
そんな思いがオーナーを突き動かしている。
このような店を始めようと決心したのは2009年頃だそうだ。昼は会社に行き、仕事後には夜間にアルバイトへ行くという生活をしながらお金を貯め、ゲーム機を収集していった。その期間はほとんど寝ていなかったという。筐体は大きく、保管場所を確保するために自分で倉庫を建てるようなこともしたようだ。頭が下がるほどの情熱である。
厳密にはゲームセンターではなくレトロゲームミュージアム
もう一つ、お店の特色に「30分500円」という料金体系がある。この料金体系が生まれた経緯を伺うと、驚くような答えが返ってきた。
「実は、ここはゲームセンターではなくミュージアムなんです。私のコレクションをここで展示していて、そのコレクションを自由に触れて体験していただける空間です。
当初は、普通のゲーセンとして営業しようと考えていたのですが、レトロゲームのプレイ時間や集金時の手間、現在スマートフォンのゲームプレイが基本タダであることなどの現状を考え、かつ小さなコミュニティの中で会話をしながらゆるくいきたかったので、ミュージアムという営業形態にしました。
また、私もまだ本業で会社員をしていますから、週末(休みの)の日中しかお店を開けることができない。この営業形態にするのがベストなんです。」
レトロゲーセンの取材をしていると、よくインカムの課題について耳にする。レトロゲームは攻略も知れ渡っていて、エンディングがない。そのため、うまければ何周でもできてしまうタイトルが多い。このような時間課金というのは一つの解決法にもなりそうだ。
ただし、「レースゲームの場合は上手な人のほうが遊戯時間は短いですけどね(笑)」とオーナー。それでも、レトロゲームは一般筐体用の基板ならプレミアム価値のついたタイトルでなければ、中古市場の価格もこなれているし、扱うゲーム次第でこのような営業形態もありではないかと語る。
それに加えて「お客さんがいろんなタイトルをプレイし、楽しんでいる姿をみるのがとてもうれしい」のだそうだ。
大型筐体ゆえに将来的にメンテナンスを続けていけるかの不安も
大型筐体をメインにしていると、メンテナンスに苦労するのではないだろうか。レトロゲームの宿命としてメーカーサポートの終了がある。保守部品はどうしているのかも気になった。
バック・トゥ・ザ・アーケードは基本的にオーナー1人で回している店舗。メンテナンスもできる限り自分でやるようにしているというが、それではなかなか難しいこともある。そんなときには、メンテナンスに詳しい昔の会社の先輩たちが手伝ってくれるので大変助かっているとのこと。
保守部品はジャンク筐体や廃棄筐体から集めている。実のところ、オーナーはこの業界に25年ほど身を置いている人物。部品を入手する機会に恵まれているのが幸いしているそうだ。
しかし「今後はジャンク筐体ですら数が減っていくので、部品入手の機会がなくなっていくことが心配です」とも語る。現時点で直面している問題としては、『デイトナ USA 2』(1998年/セガ)のシフトにはもう部品の予備がないことが挙げられる。それが壊れてしまったら直しようがないからだ。この「保守部品がなくなる」といった問題は、レトロゲーセンに共通する悩みのようである。
最後に、現在所有しているゲームタイトル数を尋ねたところ、約50タイトルあるそうだ。倉庫を3カ所使っているもののそれだけでは足りず、アーケードゲーム博物館計画(*01)の伊藤代表にお願いして預かってもらっているゲームもあるとか。
店舗に置いてほしいゲームタイトルのリクエストは店内のノートで随時受け付けているという。プレイしたいレトロゲームがあれば、ぜひこちらのノートに記入してほしい。
個人でもやれることがある! その情熱に感服
夢を形にするため費やしてきたこれまでの生活を、駄目な人生と自虐的に語るオーナーだったが、筆者は頭が下がる思いだった。ここまでレトロゲームに対して情熱的に行動できる個人はそう多くはない。
我々ができることは、このようなお店を利用することでオーナーのような活動を応援することだろう。レトロゲームの火をいつまでも絶やすことがないように、1人でも多く、レトロゲーセンへ足を運んでいただきたい。
脚注
↑01 | アーケードゲーム博物館計画 : 有志によるレトロゲーム保存を目的とした団体。埼玉県熊谷市のタイトー熊谷倉庫の1フロアにて多数のレトロゲームをコレクション、不定期で一般公開している。 |
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