バンダイミュージアム探訪記~アーケードゲームも移植されたLSIゲームの魅力(後編)

  • 記事タイトル
    バンダイミュージアム探訪記~アーケードゲームも移植されたLSIゲームの魅力(後編)
  • 公開日
    2018年11月01日
  • 記事番号
    645
  • ライター
    こうべみせ

男児向け玩具エリアでは懐かしさについ気持ちが熱くなる

さらに奥へ進んでいくと、現れたのが『仮面ライダー』(1971年~)、『ウルトラマン』(1966年~)、ロボットアニメなどの「男児向け玩具」と呼ばれるおもちゃの数々。年齢を問わず、これらに興奮しない男はいないだろうという空間だ。

ソフトビニール(以下ソフビ)人形や超合金などがずらりと並ぶさまは圧巻。このコーナーを見学しているだけで、日本の特撮ヒーローやスーパーロボットの歴史も学べてしまうだろう。

▲ 「バンダイ」のプリントがあれば復刻版

――ウルトラ怪獣のソフビ人形がたくさん展示されていますが、これはブルマァク(*01)から発売されていた当時のものですか?バンダイさんからも復刻版が出ていましたよね。

金井 ウルトラ怪獣のソフビ人形は、ブルマァク発売のオリジナル版と1991年にバンダイが発売した復刻版を一緒に展示しています。どれがオリジナル版か考えながら見るとおもしろいですよ。

オリジナル版と復刻版では同じ形をしていますので、なかなか区別は難しいのですが、足の裏に印刷でバンダイと添えてあります。同じ形でも価値は全然違ってきますね。

――『マジンガーZ』(1972~1974年)の初代超合金はずいぶん小さかったんですね。自分が子供のころはもっと大きかった印象があります。

▲ マジンガーZ 超合金第1号(第2期、1974年発売)

金井 それまでの人形玩具と違って重量がありましたからね。体の小さい子供にとってはこれでも大きく感じただろうし、そこにずっしりした重さが加わることで、より大きく感じたのでしょうね。超合金もジャンボマシンダー(*02)も、ここ栃木の工場で作られていたんです

――「超電磁ロボ コン・バトラーV」(1976~1977年)の大きな木彫り人形が展示されていますが、これはなんですか。商品で売られていたものではありませんよね?

▲ マスターとなる木彫りモデル

金井 これはジャンボマシンダーの型です。今はコンピュータを使ってCADなどで型を起こしてしまいますが、昔は彫刻師が木を彫ってマスターとなる型を作っていたんですよ。まず商品デザインがあって、そこから設計図をかいて、その設計図に基づいて職人さんが木型を作っていたんですね。そして、この木型を元にしてならい旋盤(*03)で 金型を起こしていました。だからこの木型が一番大事なものなんです。この作業は職人さんでなければできなかった。ジャンボマシンダーだけではなく、当時はプラモデルも同様にして金型を作っていたんですよ。

ビデオゲームの先祖が一堂に会する電子ゲームコーナーに感涙

▲ 思わず欲しくなる電子ゲームの数々

電子ゲームのコーナーでは、電子部品を利用しただけの最初期のものから歴代の家庭用ゲーム機まで、当メディアの読者がもっとも気になるであろう製品の数々を見ることができる。

金井 やっぱりこういうところなので、30代や40代の男性来館者グループは「これはこうだった」とか話しながら展示物を見ていますね。

――ボーリングゲームやサブマリンは大きな製品ですね。電子ゲームというとLSIゲームのように手に持って遊ぶハンディなものを想像するのですが、これはテーブルや床の上で遊ぶようなサイズです。

▲ サブマリンゲーム(1979年)

金井 もともとは、パチンコ玉を転がして的に命中させる卓上タイプのゲームなんですよ。ボーリングゲームはパチンコ玉でピンを倒し、サブマリンは離れた位置にある戦艦をパチンコ玉で撃沈する遊び。これらの電子ゲームはその延長線上で作られたんですね。それまで物理的な動作で遊ばせていた野球やボーリングなどのスポーツゲームを電子化するという発想だったので、パチンコ玉で遊ぶものと同じような見た目で作られていたんです。

――初期のオセロゲームはアルファベットと数字のボタンが並ぶインタフェースでおもしろいですね

金井 ツクダオリジナル(*04)のLSIオセロゲームです。今のゲームのように方向キーやボタンで入力させるという発想が、この頃はまだ出なかったんでしょうね。だからボタンをたくさん付けて、「Cの3」とか、コマを置く場所を座標で入力させていたんですね。今の人から見たら面倒くさい操作かもしれませんが、当時できる範囲内で苦労して考えたんだろうなって思いますよ。

女児玩具コーナーでLSIゲームの現在を知る!

女児玩具のコーナーには『美少女戦士 セーラームーン』(1992~1997年)や『プリキュア』(2004年~)といったシリーズ作品の商品や、「ママレンジ」など母親世代の読者には懐かしいおもちゃが展示されている。昭和時代はおもちゃのCMがテレビで大量に流れていたせいか、男の筆者でも知っている商品が意外と多いことに気づかされた。女児向け玩具は男児向け玩具と比較して、LSIゲームの流れをくむ電子玩具が多いことが分かる

――今はLSIゲームとしての商品は作られていないけれども、このように形を変えて残っていると考えてもよろしいのでしょうか。

金井 その通りです。かつての電子ゲームで得たノウハウを生かしているわけで、技術の使われ方が変わってきたということです。最近の女児向け玩具には電子技術が多く使われていますよ

――女児向け玩具と電子技術の親和性が高いということでしょうか。

金井 男児向け玩具にもライダーベルトのような電子ギミックを入れたものはありますが、それは遊びの演出的な限られた要素でしかないんですよね。ところが、女の子は日常的に身に着けるものが中心となってきます。大人と同じものを持ちたいという願望が強く、流行っている最新のものを誰よりも先に手に入れたいという気持ちも強いんですよね。

大人の世界で電子手帳が流行れば、自分も電子手帳が欲しくなる。スマートフォンを大人のように持ち歩きたい。それを叶えてあげるために本物に似せておもちゃ化していくんです。ゲーム機能も入れてね。

それにはLSIゲームで培われたノウハウが必要となってくる。それは小さな液晶画面でどうおもしろさを表現するか、魅力的に見せるにはどうしたらいいかなどになります。大人が使っているガジェットのように高性能な部品は、コスト面から使えない。玩具の部材として簡素なものを使いながら、子どもたちが喜ぶものにしたい。

つまり、LSIゲームの技術こそ親和性が高いということになります。『ひみつのアッコちゃん』(1969~1999年)のコンパクトだって、昔は鏡と飾りをつけた単純なものだったけど、今は液晶画面を付けて画像を映してあげるというように進化しているんです。

今は携帯ゲーム機があるのでゲームはそれで出せばいいということでLSIゲームとしては商品を作らなくなりましたが、このように、かつてのLSIゲームで培われた演出技術のノウハウは必要であるし、今でも生きているんです。

電子おもちゃの礎を作った LSIゲーム

▲電子おもちゃはこれらLSIゲームから始まった

残念ながら当時LSIゲーム開発に携わっていた方たちは退職されており、開発に関する直接的な秘話をお聞きすることはできなかったが、国内外の玩具の歴史に精通する金井館長のお話は興味深いものばかりだった。

当時、まだ子供だった私はただLSIゲームを楽しんでいただけであったが、社会人となり、ゲーム開発を経験してきた現在となっては、大人の事情や会社の事情も分かるだけに、時には面白く、また時にはうなずきながらお話をうかがえた。

現在LSIゲームはコレクターズアイテムとして人気が高く、中古市場で高値取引されているような状態となっているが、興味があればぜひ入手して遊んでいただきたい。ビデオゲームとはまた違った、アーケードタイトルの魅力に気づけるかもしれない。


番外編もご一読あれ

後編と同時公開となった番外編では、本編では伝えられなかったバンダイミュージアムの魅力を金井館長とともにさらに掘り下げていく。海外のアンティークトイを展示するワールドトイミュージアムエリアや、ガンプラの歴史を見ることができるホビーミュージアムエリア、エジソン発明品の貴重な実物が多数展示されているエジソンミュージアムエリアなど、まだまだ特筆すべきエリアが満載。こちらもぜひご覧あれ。

こうべみせ

脚注

脚注
01 ブルマァク : 怪獣のソフトビニール人形を主軸にしていた玩具メーカー。ウルトラマンとそのシリーズに登場する怪獣の人形で一世を風靡した。その商品は現在コレクターズアイテムとして高値で取引されている。
02 ジャンボマシンダー : ポピー(当時のバンダイグループ企業でキャラクター商品を手掛けていた。後にバンダイ本体に合併される)から発売されていたポリプロピレン製のロボット人形シリーズ。60センチを超える大きさが特徴で、1973年に第1一弾として『マジンガーZ』が販売され、人気となる。
03 ならい旋盤 : マスターとなる型を写し取ることができる工具。マスターの形状に沿って刃を動かすことができるので、加工が用意な木材でマスターを用意すればそこから金型を作ることができた。
04 ツクダオリジナル : 2003年まで活動していた玩具メーカー。2005年に株式会社メガハウスと営業統合した。オセロゲーム、ルービックキューブなどが有名。

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