ゲームジャンルに「格闘」という新カテゴリを生んだ『ストリートファイター』
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『ストリートファイター』(1987年/カプコン)が世に出た当時はまだ、格闘ゲームという名称もそういったカテゴリーもありませんでした。
敵キャラクターと1対1で格闘技戦をするゲームは、それ以前にも『空手道』(1984年/データイースト)や『イー・アル・カンフー』(1985年/コナミ)といったタイトルが存在していましたが、まだアクションゲームのカテゴリーでしかなかったのです。
もちろん、『ストリートファイター』もアクションゲームの一つでしかありませんでしたし、格闘ゲームという名称が生まれ確立したとハッキリ言えるようになるには『ストリートファイターⅡ』(1991年)のヒットを待つことになります。
本作のディレクターは西山隆志氏(*01)。アイレムで『スパルタンX』(1984年)の制作に携わっていた人物で、カプコンからSNKに移った後も多くの格闘ゲームを制作
その後も『ストリートファイターⅣ』(2008年)、『同Ⅴ』(2016年)の開発にもかかわっています。現在の格闘ゲームを生み育てた人物と言っていいでしょう。
感圧式によるボタン操作で当時は体感ゲームと呼ばれていた
『ストリートファイター』は感圧式ボタンを搭載したアップライト型の筐体でリリースされました。パンチ攻撃用とキック攻撃用に2つ備えられた感圧式ボタンは大型のもので、プレイヤーは殴りつけるようにしてボタン入力を行っていました。
今の格闘ゲームのように「ポン、ポン、ポン」とソフトタッチで入力できるようなインタフェースではなかったんですね。入力が認識されるのも、ボタンが押された状態から解除された時なので、バンバンと殴るような入力が前提だったと言ってもいいでしょう。
当時はセガの『スペースハリアー』(1985年)や『アウトラン』(1986年)が大ヒットしていた時代でした。各社とも「体感ゲーム」と呼ばれる、体全体で体験するゲームを意識していたので、カプコンも格闘の体感ゲームとして『ストリートファイター』を企画したのかもしれません。
実際、格闘ゲームというジャンルはまだ確立されていなかったため、多くのゲーム誌が体感ゲームと表現していたと記憶しています。
その後カプコンでは、インカムに期待できるテーブル筐体バージョンを出そうということになり、現在の格闘ゲームのような6ボタン式のバージョンがリリースされました。
しかし当時は、2つのボタンで操作するゲームデザインが当たり前で、6つボタンバージョンは操作が複雑になりすぎると営業からの猛反対があったといいます。
それに対して開発サイドは、「ジャンプや防御に機能を割り当てているわけではなく、ボタンを間違えて押しても、結果的に威力やパンチ・キックが異なる攻撃になるだけ」「プレイヤーのスキルが上がれば使いこなすことができ、ゲームの深みにもつながる」と、6ボタンのインタフェースを押し通しました。
結果としてそれが大成功し、ロケテストのインカムデータも倍以上の数字となったそうです。
現在の格闘ゲームの基本フォーマットを生み出した記念作
現在のほぼすべての格闘ゲームが採用しているゲームシステムの骨組みは、『ストリートファイター』で生み出されたと言っても過言ではないでしょう。
例えば、乱入による他プレイヤーとの時間制限対戦。時間制間が設けられた中での2本先取。コマンド入力による必殺技。弱・中・強と3段階に分かれた威力攻撃。キャラごとに対戦ステージが用意されているということも、付け加えてよいでしょうか。
これらのシステムに要素を追加し、ブラッシュアップしたものが『ストリートファイターⅡ』で、この『Ⅱ』が商業的な成功を収めたことにより、対戦格闘ゲームの基本システムは確立されたと言っていいでしょう。
衝撃を受けた美麗なグラフィック
この頃、アーケードゲームは多色表示が当たり前になり、各社とも、強力なスプライト表示や多重BGを生かした画面演出を行うようになってきました。
『ストリートファイター』と同時期の『アウトラン』や『源平討魔伝』(1986年/ナムコ)、『ダライアス』(1986年)など、今見ても美しいと思えます。このような画像表示が、この時期には普通になっていたのです。
そんな中で『ストリートファイター』のグラフィックに衝撃を受けた理由は、背景画像の緻密さです。
まだメモリ容量が小さかった時代なので、各社とも画像データを小さくするために16×16や32×32といったピクセルサイズの画像タイルをうまく組み合わせながら、美しい画像を表現していました。
当時の家庭用ゲーム機では真似できない美しさながらも、画像タイルを並べているのが分かるような画像表現の中にあって、『ストリートファイター』は万里の長城や、巨大な4人のアメリカ大統領が印象的なマウントラシュモア国立記念公園など、写真のような美しい一枚絵を描いていたんですね。
さすがにステージによっては「ここで容量を節約してるんだろうな」と感じる背景もありましたが、アップライト筐体で目立つことも相まって、ゲームセンターではそのグラフィックの良さが飛び抜けて目立っていました。
リアルに描かれた個性豊かなキャラクターが感情移入を促す
個性的な対戦キャラクターが複数登場するタイトルとしては、すでに『イー・アル・カンフー』がありましたが、キャラクターのサイズも小さくシンプルに描かれていたので、現在のゲームのように強く感情移入できるキャラクターというわけではありませんでした。
その点、『ストリートファイター』の大きくリアルに描かれたキャラクターたちは誰もが魅力的で、当時の私は「元(ゲン)」や「イーグル」のような敵キャラクターも操作してみたいと思ったものです。
開発時、ただ格好良いキャラクターを作ろうというのではなく、画面から物語が伝わるようにこだわって、キャラクター1人ずつに生まれた場所、家族構成、好きな食べ物など細かい部分まで設定を考えたといいます。
それもキャラクターの魅力につながったのでしょうね。ちなみに、今ではおなじみの主人公「隆(リュウ)」は、ディレクターであった西山氏の名前(隆志)から1文字とって名付けられたそうです。
ゲームの枠を超えて発展していく『ストリートファイター』シリーズ
初代『ストリートファイター』のリリース当時は、格闘ゲームが奥の深い競技として発展していき、eスポーツの大会が開催されるようになるとは想像もできませんでした。
もっとも、まだハードウェア的な制約が多く、ゲームバランスや操作性も良いと言えるものではありませんでした。
さらには、テレビゲーム自体が子供の遊びと思われていた時代だったので、想像できないのが当たり前なのですが…。
しかし極端な話をすれば、この初代タイトルが続編の『Ⅱ』を生み、『Ⅱ』に影響を受けたクリエイターたちがブラッシュアップを重ねていくことで、現在の対戦型格闘ゲームへとつながっていったのです。
さらにそのことが、梅原大吾氏(*02)やときど氏(*03)のような対戦格闘、eスポーツ界のスタープレイヤーを生み出す土壌を育てたと言えるのではないでしょうか。そう考えると、本作はゲーム史に残るタイトルとして忘れてはいけない作品だと思います。
そんな初代を含めて、これまでの歴代アーケ―ド国内版・海外版12タイトルを収録した『ストリートファイター 30th アニバーサリーコレクション インターナショナル』が2018年10月25日に発売されることになりました。
パッケージ版(4,990円+税)はプレイステーション4とニンテンドースイッチに対応、ダウンロード版(4,500円+税)ではそれに加えてXbox One、Steamにも対応します。
また、『ストリートファイターⅡ’(ダッシュ)』『同ⅡⅩ』など4タイトルの海外版は、世界のプレイヤーとオンライン対戦が可能です。
この機会に、シリーズの原点ともいえる初代『ストリートファイター』をプレーし、その魅力を再発見してください。
参考資料:『ファミ通DVDビデオ STREET FIGHTER SAGA 格闘武眞傳』(2003年/エンターブレイン)
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© CAPCOM CO., LTD 1987 ALL RIGHTS RESERVED.
脚注
↑01 | 西山隆志 : ディンプス代表取締役社長。カプコン、SNKの対戦格闘ゲーム開発に数多くかかわる人物。 |
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↑02 | 梅原大吾 : 1981年生まれ。プロゲーマー。2004年に行われた世界大会(EVO 2004)『ストリートファイターⅢ 3rd STRIKE』部門の対春麗戦で見せた、体力ほぼ0からの逆転劇(鳳翼扇<スーパーアーツ>をすべてブロッキングした後の最大反撃)はファンの間で伝説となっている。 |
↑03 | ときど : 1985年生まれ。東京大学卒の異色プロゲーマー。梅原氏のプロ宣言を受けて自身もプロ転向を決意。EVO 2017ではストリートファイター5部門で優勝し、参加者2000人の頂点に立った。 |