餅月あんこのゲーセンに行きたい!

  • 記事タイトル
    餅月あんこのゲーセンに行きたい!
  • 公開日
    2020年04月10日
  • 記事番号
    2859
  • ライター
    餅月あんこ

第6回「エムツー・ほりいさんのゲームの思い出を聞きたい!」(前編)

今回のゲストは、有限会社エムツー代表取締役の堀井直樹さん。

堀井さんといえば……。
1970年千葉県生まれ。ゲーム友だちと『ガントレット』を移植してテンゲンに持ち込み、メガドライブ版を発売したというエピソードは有名。1991年に有限会社エムツーを立ち上げ、『SEGA AGES』シリーズを始めとする高いクオリティの移植の数々でおなじみ。

2016年からは『M2 Shot Triggers(エムツーショットトリガーズ)』ブランドでパブリッシャーに参入。
最新作は『エスプレイドΨ(サイ)』(PS4/Nintendo Switch)。

エムツーが開発を担当した「メガドライブミニ」(セガ)のタイトル発表の際に餅月がうっかりメガドラミニについてツイートしたことをセガの奥成洋輔氏のエゴサで拾われて以来、何かとお世話になっております。
というわけで、インタビュースタートです!
※こちらのインタビューは、2020年2月に実施いたしました。

画面の中のものを動かせる!

―― まずはアーケードゲームと家庭用のゲーム、全体的にほりいさんの幼少期からのゲームのヒストリーをお聞かせいただければ!

ほりいさん(以下『』):やっぱり、生まれた年代で全部決まっちゃうから。『ブロックくずし』で初めてテレビの中のものが動いて、驚いて。で、その後インベーダーが来て、ほんとにもう人生決まる、みたいなところから始まるんすよ。僕らの世代って。それまではテレビって一方的に観るものだったから、画面の中のものをこっちから動かせるっていうのがほんとにビックリして。

―― それが何歳ぐらいの時ですか?

:7歳とか8歳かな。

―― それは、ゲーセンですか?

:ゲームセンターに、たしか、連れてってもらえないから、出先の旅館とか、喫茶店とかだったのかな。まだでも、インベーダーが出る前って、ゲームセンターって言葉があったかわかんなくて。

―― あ~、そっか!

:インベーダーハウスって言ってたからね、そのときもね。業界もたぶん黎明期で、どこに売っていいかわかんないから喫茶店のテーブルにしようとか、たぶんあったと思うんで。

―― なるほどなるほど。で、最初の頃よく見かけたゲームっていうのが、その、『ブロックくずし』?

:『ブロックくずし』と、『スペースインベーダー』(1978年/タイトー)と。

―― 同時期ですか?

:(『スペースインベーダー』のほうが)ちょっと後だけど。あんこさんが……先生って言わせてもらいますよ、インタビューなんで。えーと、あんこ先生が知ってるかわかんないんすけど、『ブロックくずし』をちょっとだけ変えたゲームがあって、上のブロックがあるところに風船が3列ぐらい並んでて、下にシーソーがあって、上から人が飛びおりて、飛びおりたら反対側に乗ってる人がまたぴょいーんて上に飛んでいくっていうやつ(『サーカス』)があるんだけど、その3本ぐらいが、一番よく印象に残ってますね。

―― へー!

『スペースインベーダー インヴィンシブルコレクション』に収録されている、『スペースインベーダー (カラーバージョン)(1978/タイトー)』の画面写真。
写真提供:株式会社タイトー

:階段つかってもいいっすか(移動中)。

―― あっ、もちろん! ……こういうの、意識してるんですね。

:それでも体重増えるからね。すごいねココ(駅の階段の1段1段に、消費カロリーが書いてあるのを見て)。どんだけカロリー使ったか(合計が)出るよコレ!

―― アハハ! ほりいさん、けっこう運動してるんですね。意識的に。

:やるけど足りないんだよねー。食べるの好きだから。

―― ……けっこう長く歩くと有酸素運動になりますよね(息が切れてる)。

:おつかれさまです。

―― さっき写真も撮れたからよかった! 寺田(克也)さんとの2ショットっていう謎の写真を……(※このインタビューをさせていただく前に、寺田克也さんの個展に行って来ました)。

イラストレーターの寺田克也さんの個展がおこなわれた、mograg gallery前にて。左・寺田克也さん、右・ほりいさん。

:凄い良かった。こんなの人生に何度あるかわかんない。

―― 困んなかったですか、あの(寺田さんの冗談ばっかりの)トーク(笑)。

:いや、ほんとはオレがいつもそういうことを人にやっていてー、わけがわからないって言われてるのに(寺田さんのギャグへの切り返しが)全然ダメだった(笑)。デタラメなことを言うのは自分のフィールドのはずなのに……(謎の反省)。

―― ほりいさん、たぶん、ゲーム業界じゃ、ふざけたこと言う側ですよね(笑)。

:デタラメなことしか言わない人の立ち位置を狙っているんですけど……。

ゲームの思い出

―― やっぱり、その、原体験っていうか、ほりいさんの最初のゲームのヒストリー的なところ、どういうゲームをしてきたのかな、っていうのは、みんな知りたいんじゃないかなー、と思ったんですけど、KABUさん(※エムツーが開催した『魔法大作戦』イラストコンテスト』で『なおき賞』を獲得した同人作家さん)、漫画(ゲーム業界4コマコミック『なおきくん』)に描いてます?(笑)

:描いてる……のかな……オレもう覚えてないんだよね。アレもホントに一方的に話をして、そうか、オレ、こういうこと言いそうだよな、みたいな感じで読んでたんで。

―― 『なおきくん』、読んだでしょ?

:でももう忘れちゃってるし。

―― そんな!! でもどういう感じなんですか?(※注:インタビュー時は餅月は『なおきくん』大人気で売り切れのため入手できず未読でした)『なおきくんの会社に行ってみた』の中でインタビュー的なところがあるんですか?

:(KABUさんが会社に)来たのが、そのまんま漫画になってる。

―― 「(サンプルで公開してるページで)20歳で会社をおこすなんてすごい!」みたいのあったじゃないですか。それが含まれてるんですか?

ほりいさんにとても似ている「なおきくん」が主人公の漫画を描かれているKABU先生に、コラボレーションしていただきました!!

:そうそうそう。で、さっきの『サーカス』というゲームがこんなやつでー(スマホで画像を見せてくれながら)。

―― あー、ありがとうございます。話もどった(笑)。

:ほんとに、『ブロック崩し』がちょっと発展したようなやつなんすよ。人がこう、落ちてきて、シーソーで飛ぶっていう。これと『スペースインベーダー』と『ブロック崩し』がほんとに、最初にインパクトのあった……。

―― へー、これ、知らなかった。

:あんこさんがオレと同じぐらいの生まれだったら、一度はやってみてると思う。若いから(※そうでもない)、知らないんすよ。

―― インベーダーブームはかなり長かったんですか?

:長かったすよ。やっぱケタ違いだったね。でも1回100円だから(あんまり)遊べないよねー。だって当時ガチャガチャが1回20円だったから、オレの記憶だと。5回分だから、無理だよね。でも、(『サーカス』の)人が空を飛ぶのはけっこう、インパクトがあったよ。シーソーで受け損なうと死んじゃうしね。

―― それが7歳とか8歳とかで。

:7、8、9(歳)、その3年間ぐらいかなぁ。

―― たまにプレイできたんですか。

:まあ、そうだね。インベーダーになると、ようやく家のまわりにもゲームセンターというか、インベーダーハウスができたけど、それがなかった頃は、親が連れてってくれた場所にあったら、遊べる。

―― へぇぇ。

:それが今持ち歩けるわけじゃないですか。すごいよね~。

―― たしかにー。

マイコンを買えばインベーダーが家で遊べる!

―― その次はどんな感じだったんですか?

:『ギャラクシアン』(1979年/ナムコ)とか『パックマン』(1980年/ナムコ)が出て来るけど、それもやっぱり1回100円だからそうそう遊べなくて。

―― うんうん。

:その頃になると、パソコン……というか当時マイコンって言ったけど、あれをなんとか買えばインベーダーが無限に家で遊べるに違いない、っていう。インベーダーが出てるんですよ、雑誌に。

―― 雑誌って?

:マイコンの雑誌に、インベーダーの画面が載ってて、「マイコンを買えば遊べる!」って。

―― マイコンの雑誌はお父さんが買ってたりしたんですか?

:親は買わないから、自分で買うか、本屋で見るか。

―― それは何歳ぐらいですか?

:11~12歳ぐらい。

―― なるほどー。自分の読みたい雑誌、読みますよね。

:で、パソコンは買えないじゃん、子供には。

―― うんうんうん。

:だからそのときはまだパソコンがなくて、お金を貯めだして、中学に上がったときに貯金にプラスして親にも足してもらって、弟も欲しいよな、って言ってお年玉を巻き上げて、パソコンを買う。

―― なるほど……! それが……?

:中1の終わりぐらい。13歳。

―― パソコンなんだ、最初! ゲーム(専用)機じゃないんですね。

:ファミコンが出るのがね、もうちょい後なんですよ。で、僕が「パソコンが欲しいな」って言ってた頃に、もう『テレビベーダー』とか、『カセットビジョン』とか、テレビにつなぐゲーム機はあったんだけど、それもやっぱり高いから買えなくて。

カセットビジョン(エポック社・1981年発売)

―― うんうん。

:ちょっと戻るけど、その前に、10歳ぐらいの頃には『ゲーム&ウォッチ』もあるんだよね。

―― ああ、ありますねぇ!

:あれもやっぱり買ってた。

―― 何買ってました?

:『バーミン』、モグラたたきとか、あと、数字の大小で殴り合うやつ……『ジャッジ』か!

―― へー! 何個か買ったんですね。それで、ファミコンが中2? 中3ぐらい?

:中2かそこらだ。

―― それまではマイコン?

:まぁ今の言い方ではパソコン……をやってたかな。

―― それはやるのはほりいさんだけですか? 弟さんもやってたんですか?

:まぁ弟のお年玉を巻き上げたので……若干やってたと思うんだけども。

―― 弟さんは2コ下でしたっけ。

:えーとね、3コ下。

―― でもやりたいですよね。

:やりたがるやりたがる。

―― ケンカにはならなかったんですか?

:交替で。だいたいその頃のゲームって、源流がアーケードゲーム、『パックマン』とか『インベーダー』とか『マッピー』(1983年/ナムコ)とかなので、1回のプレイ時間が短いじゃん。

―― はいはい。

:だから交替でやればね。

―― なるほどー。

ゲームに関連したこと以外、興味ないんで

―― じゃ、主にゲームだったんですか、パソコン(の用途)。

:ゲームゲーム。ゲームやるために、だから、100円を払いたくなかったから(パソコンを買うために)高い金を出した。

―― なるほどー。ちなみに値段とか聞いても大丈夫ですか?

:記憶が間違ってなければ、17万6000円とかだった気がするんだよなー。

―― それはけっこう……! それを100円ずつゲーセンで払うより安いと思って買ってるみたいなことですか……!?

:そうそう。そうそう(嬉しそう)。

―― それ、なかなか買えないっすよ!

:いや買えないんだけど(笑)、やり方はあって。お年玉が、2人合わせるとたぶん3万円か4万円くらいあって、あと、当時、半年定期でも金利がなん%ついたかな……。

―― あ~! いや、それでも……。

:4%とかね、つくんだよね。いやでもそれもデカくて。あとは、工事現場まわると、工事現場のおっちゃんがコーラの瓶をくれるんで、代わりに捨てとく感じだよね、今思えば。あれが1本30円だったから。当時、家のまわりは新しい家が立ち並ぶ頃だったから、そこで家建ててるおっちゃんからコーラの瓶を回収すると、1日300円ぐらいにはなったんだよ。

―― ふ~ん、それをじゃあせっせと。

:貯めて、ゲームをするために(パソコンを)買った。

―― ゲーム以外のことはしなかったんですか?

:他に何をっ……!? (考える)

―― (当時のパソコンで)何ができたか私もわかんない(笑)。

:ゲームに関連したこと以外、興味ないんで。

―― ふ~ん、じゃあその時点ではまだゲームを作る的なことは……

:ゲームが好きで買ってるから、そのパソコンに出てくる文字を、アーケードゲームの好きなゲームのフォントとまったく同じにするプログラムとか書いてた。

―― ああ、(プログラム)やってたんですね。

:うん。

―― へぇ~! それは……何? BASIC?

:BASICです。

―― それ(BASIC)ってすぐ覚えられたんですか?

:まぁでも、それはもう、かなり簡単な部類だったので、やることの中では。手間だけだった気がする。

―― プログラムやってるんですね、その頃から。

:プログラム……って言えるのかはわかんないけど、まぁ、ちっこいことはやってたと。

―― なんか、いいですね。その頃みんなBASICやってて面白いですね。

:そうだよね。他にやれることがなくて、ゲームもそんなに買えないから、ゲームを遊び尽くしちゃったら、BASICやるんだよね。

というわけで、次回、後編『セガどっぷり編』に続きます!
どうぞ、お楽しみに!

『スペースインベーダー インヴィンシブルコレクション』

Nintendo Switchで好評発売中!
公式Webサイト: https://spaceinvaders.jp/SIIC/
© TAITO CORPORATION 1978, 2020 ALL RIGHTS RESERVED.
© SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

写真提供:ゲーム探偵団さま

公式Webサイト:http://game-tanteidan.com/main/
本稿のカセットビジョン、ゲーム&ウォッチ『バーミン』、『ジャッジ』の写真をご提供いただきました。どうもありがとうございます!
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