カプコン『ラッシュ&クラッシュ』発掘報告書 前編
ひさしぶりだな! オレの名はパパラマックス。
この荒涼とした世界で過去の名作ゲームの掘り起こしを生業とする発掘隊長だ。
今回の発掘ターゲットは、カプコン『ラッシュ&クラッシュ』だ。その調査のため、今この荒んだ街にやってきた、というわけさ。
話は少し前に遡る。
先日配信された『カプコンアーケード 2ndスタジアム』を知っているか。カプコンのイカしたアーケードゲームが多数収録されている。ちらと見たが、ちくしょう、みんな大好き名作だらけじゃねーか。
オレはピンときたね。相当なお宝が発掘できる匂いがプンプンする。
そういうわけで、この収録タイトルの中からひとつを選び、発掘調査を進めることとした。
くくく、さてどいつを選ぼうか……、ほう、貴様、なかなか良いゲームだな。『ラッシュ&クラッシュ』か、お前のことはよーく知ってるぜ。
よし、今度の発掘対象は貴様だ。ツイてるなお前。オレが地獄の果てまで発掘してやる。そして貴様の素晴らしいゲームデザインの良さを太陽の下にさらけ出してやるのだ!
この発掘隊のシリーズ記事は、かつての名作古典ゲームからその素晴らしきゲームデザインの良さを発掘し、現代のゲームデザインにも活かせるであろう真髄を見出すことが目的である。
さて、今回の発掘ではどんな発見と出会えるのか。ワクワクしてきたぜ~~。ウェハヒャヒャハァー!
<ゲーム紹介>
本作『ラッシュ&クラッシュ』は1986年稼動開始の業務用ゲームである。ゲームジャンルとしてはトップビュー画面の“自由移動型”のカーアクションゲームとなる。
当時のアーケードゲームは、漢が戦うゲームばかりだった。
ゲーセンとは戦いの場だ!
敵との戦い、タイムとの戦い、運との戦い、己の頭脳との戦い、クレーンとキャンディとの戦い、ゲーセンノートでの戦い……漢たちが熱く戦う戦場、それがかつてのゲーセンだった。
そして当時のカプコンはその中でも特にアツい「戦うゲーム」を作っているゲームメーカーである。
『ラッシュ&クラッシュ』はそんなカプコンが生み出した“戦うゲーム”のひとつだ。
ゲームの舞台は荒廃した世紀末風、ありていにいえばヒャッハー!的な世界観だ。車とかいろんなものにトゲトゲがついているからな。
ストーリーはシンプルで、よからぬ武装集団にさらわれた妻子を取り戻すため、武装したかっこいい車を運転して敵の本拠地に向かう、といった内容。
というわけで、プレイヤーは武装した改造車を操り、敵の武装カーやトラップ兵器と戦ったり避けたりしつつ、危険地帯を走り抜けゴール地点を目指していく。プレイヤーの武装カーは前方にショット弾を撃つことができ、これで敵の武装カーや障害物を破壊して進む。
そして制限時間内に各ステージのゴール地点に到達すればステージクリアである。
操作系は8方向レバーと2ボタン。
レバーでクルマを操縦し、ショットボタンで弾を撃つ。もうひとつのボタンは脱出ボタンだぜ。実はこれらの操作方法はわりと独特なため、少し説明が必要だが、くわしくは後述する。
<ゲーム画面>
プレイヤーカーが敵の攻撃を受けるとダメージとなり、耐久力が減っていく。耐久力が少なくなるとクルマが炎上しはじめ、一定時間後に車体が爆発し1ミスとなる。海や沼に落ちたりしても同様、一発ボカンだ。ミスをすると残機がひとつ減り、最寄りの復帰地点からリトライとなる。残機がなくなればゲームオーバーだ。
クルマが炎上している間に降車ボタンを押せば、プレイヤーキャラクターがクルマから脱出することができ、生身ひとつで戦いを継続できる。
徒歩のままワンチャン逃げ延びつつ先へ進めば、仲間が新しいクルマを届けてくれ、再び乗りこむことができる。新車に乗り換えれば、また武装車同士の戦いが再開する。畳と車は新しいものに限るな。
ほかに制限時間を超過した場合もミスとなる。この場合はステージの冒頭からのやり直しだ。制限時間は各ステージ4分。お前の命はあと4分だ。そうか。
以上が大まかなゲーム内容となる。
ところどころに独特なこだわりが垣間見られるが、それらがこれから発掘する重要なツボとなるだろう。
さあ地獄の荒野に案内するぜ!!
<発掘品目録>
今回発掘したツボの一覧をまとめる。ざっと目を通しておいてくれ。
-前編- |
■ゲームスタイルのツボ ツボNo.1 「テンプレ合成から新しいゲームスタイルを作る」 ツボNo.2 「キャラ挙動で差別化をはかる」 ツボNo.3 「2段階ミス方式でピンチ演出を作る」 ツボNo.4 「弱体化ペナルティではゲームに変化も加える」 |
-後編- |
■テーマ設定のツボ ツボNo.5 「メカバトルをヒューマンドラマにする」 ■ストーリー演出のツボ ツボNo.6 「メカには人が乗り込むシーンをつける」 ツボNo.7 「ストーリーにルール説明も組み込む」 ツボNo.8 「ハッピーエンドに向かう目的設定にする」 ツボNo.9 「置物配置で背景設定を匂わせる」 ツボNo.10 「ゲームとは人間の生き様を描くもの」 ■難易度設定のツボ ツボNo.11 「難易度カーブで印象が決まる」 ツボNo.12 「流動要素と固定要素を戦わせる」 |
『ラッシュ&クラッシュ』のツボ
【ゲームスタイルのツボ】
『ラッシュ&クラッシュ』のゲームデザインの特徴をひと言で表わせば、様々なゲーム要素をこれでもかと盛り込んだ贅沢三昧セットと呼べるだろう。これからそれを順に見ていくが、その前に、このゲームが稼動していた当時のカーアクションゲームの基本的なゲームスタイルを紹介するぜ。
なおこの時代のハードウェア性能だからな。基本的にはみんな2D描画のゲームになる。
2つのアーキタイプ
カーアクションゲームのゲームデザインは実は2種類に大別できる。プレイヤーカーの進行が一方向に定まっているゲームと、プレイヤー操作で自由な方向に進めるゲームの2タイプだ。
(1)進行方向が定まっている「レース型ゲーム」
(2)複数方向に任意に進行できる「迷路型ゲーム」
それぞれのゲームデザイン的な特徴が異なっている。説明するぞ。
「レース型ゲーム」(進行方向一定)
まず「レース型」は、スタート地点からゴール地点を目指して移動していくゲームデザインだ。
移動中にゲーム固有の何らかのアクションを行なって課題を解決しつつ、無事にゴール地点に到達すればクリアとなる。画面構成ではトップビュー画面のもの、真横から視点のサイドビューのものがある。珍しいものではナナメ上から俯瞰したハーフサイドビューってやつもあるかな。
「レース型」でプレイヤーのミスとなるプレイは、ゲームごとに様々だが、代表的なものでは「コースアウト」「ダメージを受けて爆発」「タイムアップ」「燃料切れ」などがある。
ゲーム画面はクルマが進む方向にどんどんスクロールしていくので、ゲームのステージマップ全体は進行方向に長い。たとえばトップビューで上方向に向かって進むゲームでは、縦に長いマップになる。また、一度マップを先に進むと後戻りすることはできない。常に前方に猪突猛進! オレに後退の2文字はないぜ!ってやつだな。
「迷路型ゲーム」(自由移動)
もうひとつの「迷路型ゲーム」は、プレイヤーが自由にステージマップ内を移動していくタイプのゲームデザインだ。迷路型といってもマップが本当の迷路である必要はないぞ。ガチの迷路も平安京の街並みみたいなシンプルな碁盤目も、それは複雑か簡素かのグラデーション差でしかない。形而上学的にはあらゆる道すべてが迷路なのだ。深い。
迷路型ではマップ内を縦横無尽に移動していく。マップの端っこは世界の果ての壁になっているか、反対側とつながっていて無限ループするかの2種類だ。宇宙の果てが閉じてるかどうかは宇宙論的な話になるので省略する。
迷路型ではマップ内を移動しながら「規定の条件を達成することでステージクリア」となる。「規定の条件」とはゲームごとに様々だが、「配置アイテムをすべて取る」「敵をすべて倒す」、あとはレース型と似てるが「ゴール地点を探し出し到達する」などが代表例だ。ゴール地点がある場合は迷路を脱出したぜ! っていう文脈になるかな。
なお、クリア条件は必ずしもひとつとは限らない。複数のミッション目標があり、どれかひとつまたはすべての目標を達成することでステージクリア、というルールもありえる。
「迷路型」でミスとなるプレイはレース型とほぼ同じ。「障害物に激突」「ダメージの蓄積での爆発」「時間切れ」「燃料切れ」などだな。
迷路型なのでゲームマップ形状はでかい長方形で、画面がスクロールして動いていく。固定画面のゲームもあるが、それは解釈的には1画面サイズに収まる小さなマップというだけで、同じものだ。
以上のように、カーアクションゲームには「レース型」「迷路型」ふたつのアーキタイプがある。アーキタイプとかシャレオツすぎてわかりにくいな。ここからはもっとざっくばらんにテンプレと呼ぶぞ。
以上を踏まえ、再び『ラッシュ&クラッシュ』を見てみよう。
ツボNo.1「テンプレ合成で新しいゲームスタイルを作る」
『ラッシュ&クラッシュ』は真上からの見下ろし画面、「トップビュー」画面だ。そしてマップ内を自由な方向に移動して進むから「迷路型」のカーアクションゲームに見える。画面が全方向に自在にスクロールするからな。全方向自由スクロールのゲームは当時のシューティングにはわりと見られたが、カーアクションゲームではちょっと目新しい。
だがしかし、このマップは本当の意味での自由移動ではない。実は結局のところ移動コースが定められているからだ。
下図に示そう。右端が『ラッシュ&クラッシュ』でのステージマップの概念図だ。『ラッシュ&クラッシュ』ではステージクリア条件がレース型と同じゴール地点への到達である。マップ構造は折れ曲がったりルート分岐があるなど迷路的要素があるものの、全体的には画面の上方向に進み、逆方向には戻れない。一度進むと元の方向には戻れない一方通行制の画面スクロール仕様が採用されている。「一方通行」的なゲーム進行は、レース型を定義づける分類要素だ。
つまり『ラッシュ&クラッシュ』は「レース型」と「迷路型」のふたつのテンプレートが組み合わさった、ちょっと新しい独特のゲームスタイルとなっているのである。
この構成は、レース型と迷路型の互いの長所が活きている。
レース型の利点は「マップ上で迷わない」「後戻りがない」「ステージの長さを制御しやすい」など。これはプレイ時間を制御し短く保ちたいアーケードゲームに向いてる。
迷路型の利点は「移動の自由度が高い」「行動範囲が広い」「プレイのたび違う場所を回れる」「“探す”要素がある」など。これは繰り返し遊ばせるリピートプレイに強い。さらに進行方向にすぐ車体が向くため、つまりドリフト表現を多く盛り込める演出上の利点もある。プレイヤーはかっこいいドリフトをいつでも好きなだけ楽しめるぞ。最高じゃないか。
さらに!
『ラッシュ&クラッシュ』ではプレイヤーカーが前方にショット弾を撃つことができるため、シューティングゲーム的な特徴も入っている。結果、「入り組んだコース(迷路)を、弾を撃って敵と戦いつつ走破し、ゴール地点までのタイムを競う(制限時間あり)」というてんこ盛りセットになっている。これをたった1プレイ100円で食べられ……楽しめるという、超お得セットだな! うめえ!
『ラッシュ&クラッシュ』では、派手にドリフトして戦闘をさせたいが、ストーリーや営業上の都合から時間制限を設けつつ、適度に迷いながらも迷いすぎで時間を浪費させることなく、激しい死地をドライビングで突破する映画的なシチュエーションも表現したい、というようなよくばりをゲームデザイン化している。
既存ゲームのテンプレは、下敷きとしてそのまま使うだけではなく、分解して有用な要素を抜き出す素材集として利用することもできる。複数のテンプレからピックアップした要素を組み合わせることで新たなゲームスタイルを大胆に生み出すこともできるのだ。
人のお弁当から食べたいおかずをそれぞれもらって新たな夢のお弁当を作り出す。いわゆる弁当錬金術と同じです!
ツボNo.2 「キャラ挙動で差別化をはかる」
ゲームのスタイルは、基本的にはすでに存在する要素を組み合わせることしかできない。時間制限とかカメラビューとかの要素は新しい発明はちょっとできないしな。四次元ビューとかの発明できたらノーベル賞です。
しかしプレイヤーアクションは別だ。まったく新しいアイデアは無限に存在する。
なので、プレイヤーアクションは他のゲームと差別化できる大きなポイントとなる。他ゲームにない要素はシズル感やフックにつながり売上も左右する。重要だ!
さらに、過去に例のない新たなアクションを組み込むことは、ゲームデザインを歴史的に一歩前進させたということでもある。偉い!
さて『ラッシュ&クラッシュ』では、おもに3つのオリジナルな新規アクション要素の導入が行なわれていた。
1)脱出アクション
2)ドリフト走行
3)耐久力
驚いただろう!
現代では当たり前な要素に見えるけど、この当時はまったく目新しいものだったんだぞ。なぜそれまでなかったのかというと、メモリ容量や処理速度の制約、ゲームデザインが未発達、など様々な理由があったからだ。まあでもゲームの歴史も浅かったし、このあたりの時代から大いに発展していったしね。
独自アクション「飛び降り脱出」
このアクションは、主人公がいつでも自由に自車に乗降できる機能である。
「降車ボタン」を押せば、横っ飛びでクルマから身を投げ出して脱出する。さらに生身で移動中に「降車ボタン」を押せば、脱出と同じように横っ飛びし、その間は無敵状態となり敵の攻撃を避けることができる。
ドライバーがクルマから乗降できるというアクションは、主人公は車ではなく人なのだというゲームストーリー設定の一貫した思想からの由来に違いないが、このようにゲームルールとしても有効に活用されているのだ。
漢のドリフト走行
この当時のクルマやクルマっぽいメカ乗り物を操作するゲームでは、乗り物はその場で方向転換をするタイプがスタンダードだった。カクッと方向を変えるものもあれば、中割りがあってクルクルッと回転し、見た目がちょっと滑らかだったりするものもある。よく考えれば不自然なのだが、ゲーム的表現として疑問をもたれず受け入れられてきた。
さて、『ラッシュ&クラッシュ』の自機は武装カーである。乗り込んでいるのは妻子を奪われた男だ。その心には怒りの炎が燃えさかっている。この状態でクルマがカクッカクッと4方向とか8方向とかに向きを変えては、いかにも軽い。ちょっとクスッとくるかわいい動きだ。
そうじゃない。荒ぶった怒りの気持ちを表わすために、操縦するクルマは派手にケツを振ってドリフトするのだ。専門的にいえばパワードリフトだ。荒ぶっている。
同時に自車エンジンにありあまる馬力があることもプレイヤーに伝わる。いいクルマ乗ってんな。
そんなドリフト走行を見ているうちにプレイヤーの気持ちも荒ぶってくる。アドレナリンが出る。うおおおお、やってやるぜ!
もちろんこのドリフトは自車だけではなく敵車もだ。やつらも荒ぶっている。ヒャッハー!
耐久力
この当時のカーレースゲームでは、プレイヤー車が他の車に接触したら一発アウト、即時爆発するのが普通だった。ほかにも障害物に当たったりコースアウトしたら一発アウト、即時爆発だ。爆発してばっかりだよなこの頃のクルマゲーは。ワイルドな時代だった。みんな世紀末みある。
ところが『ラッシュ&クラッシュ』では、クルマに耐久力がある。今でこそこんなの当たり前なんだけど、ちょっとやそっとの接触では爆発しないで許容される。この当時ではほんとに新しかった。まあその耐久力がゼロになったら結局爆発はするんだけどね。
それに加え、敵や爆発物の攻撃以外ではぶつかってもダメージを受けない点もわりと新しかった。敵車や壁や建物だろうが、障害物にぶつかっても死ぬことはない。タフだし安心だぜ。
とはいえ、一応このゲームにも一発アウトの状況はある。沼とか海とかに落っこちたり、特殊な障害物にぶつかった場合。そのときは即死ですね。儚い。全損事故つらいね……。
オリジナル要素は自然な発想から
話をまとめよう。
これらはこれまでのゲームのクルマの描写や挙動よりも、ずっとクルマらしい演出だ。そしてクルマ描写の自然なリアリティ向上が、独自挙動や独自アクションの発明につながっている。オリジナルが必要とはいえ、無理やりにへんてこアクションをひねり出したのではなく、ごく自然な発想から作られたアイデアなのである。まず素直に考えることが発明の第一歩というわけである。うむ、やはりアイデアは天然モノに限るな!
ツボNo.3 「2段階ミス方式でピンチ演出を作る」
前述したとおり、自車の耐久力がなくなるとクルマは炎上し、その後爆発してミスとなる。
実はこの炎上の時点でその後の爆発は避けられない。耐久ゲージが残っているように見えるが(ゲージの赤色部分だ)、この炎上状態は事実上の爆発までのタイマー表現、爆発前の予告にすぎない。クルマの耐久力はもうゼロよ!早くダッシュで脱出して!
脱出操作によるミス回避
炎上のそのとき! 「降車ボタン」を押せば主人公はクルマから飛び降り、生き延びることができる。デッドオア脱出。脱出できなかった場合はクルマの爆発に巻き込まれ死=ミス、ということになる。
つまりこのゲームにおけるミスとは、自車の爆発ではなく中の人の死亡、という文脈である。主人公はメカではなく人だってことを強く表わした仕様ですね。
クルマから飛び降りちゃった主人公はそこからは生身で戦う。銃は持ち合わせている。オレはまだ戦える! この生身バトルにもいくつかイカした工夫があるのだが、それはまた別項で。
流れをまとめるとこうなる。
1段階目のミス(車がやられる) → 2段階目のミス(生身でやられる) → 本当の死
このシーケンスを「2段階ミス方式」と呼んでみよう。
2段階ミス方式が生み出す効果
クルマを失いながらも脱出に成功する。生身での行動中はピンチ状態ではあるが、戦いつつちょい先へと進めば、仲間が新しい車を届けてくれる。その新車に乗り込めば一安心だ。また暴れ回ってやるぜ!!
『ラッシュ&クラッシュ』での2段階ミス方式には以下の特徴がある。
1)本当のミスに至るまでに通常状態とピンチ状態の2段階になっている
2)ピンチ状態ではプレイヤーの能力特性が大きく変わる(弱体化する)
3)ピンチ状態から通常状態へ復帰することができる
一度やられても脱出というチャンスがあり、本当のミスまでにワンクッションがある。
ピンチを耐えしのげば、復活のチャンスがある。再チャレンジのある社会いいね!
さて、この2段階目があることでプレイヤーにも3つの心情が現れる。
・「脱出成功、ヨシ!」ってプチ達成感が得られる。
・「これはもうだめかも…」死を受け入れる心の準備ができる。
・「ここから生き延びるぞ!」という新たな不屈のモチベがみなぎる。
危機を乗り越えた喜びもつかの間、死を覚悟する心の準備が整うわけだな。
「だがオレは慈悲深い。貴様にチャンスをくれてやる、そのまま裸で逃げ延びてみろ~~ヒャーハハハハッ!!」って言われたようなものだ。
くそっ、勝ち誇りやがって!
漫画や映画だとここから逆転してこいつをぶっ殺す筋書きになるな。「ば、ばかな。貴様、生きていただと~~ぐはぁっ!」みたいに。こうなると実に爽快だ。やる気がみなぎってくる。そそるぜ。
2段階目でプレイヤー特性が変わる意味
ここで同じカプコンの『魔界村』を見てみよう。このゲームも2段階ミスが採用されている。
主人公アーサーが敵の攻撃を一度食らうと、鎧がはだけてパンツ一丁の姿になる。この状態でもう一度攻撃を受けると、死ぬ。裸で。
このパンツ一丁は『魔界村』を象徴する大人気フィーチャーだ。脱いでからがクライマックス。大岡越前みたいですね。
しかしこれをゲームメカニクス視点で見れば、「主人公の耐久力が2」「敵の攻撃力はすべて1」というだけにすぎない。
攻撃を食らって単に耐久力が半分になっただけなんだが、すべてを脱ぎ捨て裸一貫になることで、後がないピンチ感を演出し、心理的なスリルが倍増する。何という画期的な大発明だ! 完全にノーベル賞。まあ厳密には体力半分というか耐久力が残り1の瀬戸際になった場合に脱ぐわけです。売れないグラビアアイドルみたいとかは言わないで! アーサーくんはイケメンだから。
もうひとつ『魔界村』では裸になってもプレイヤーの能力は変わらない。あたし脱いだらすごいのよ~、とかはない。つまりその2段階ミスは、ミスを一旦なかったことにしてゲームを続ける「泣きのもう一回」にほかならない。
裸になるのは耐久力の変化をよりドラスティックに見せる手法でしかない。つまり体力ゲージの代わりというわけ。パンツが。
一方で『ラッシュ&クラッシュ』の2段階目は能力特性の変化つまりプレイヤーの弱体化がある。心理的にはもちろん物理的にもピンチ状態になっている。また能力が弱体化で変化することによりゲームプレイも変わる。それまでとは別ゲー、ってわけですね。これは「泣きのもう一回」とはまったく異なる文脈だ。
『ラッシュ&クラッシュ』をゲームメカニクス的視点で捉えれば「耐久力が残り1になったらプレイヤーは弱体化する」という意味に等しい。『魔界村』とはだいぶ違うな。
ストーリー展開としての変化
主人公が乗り物に乗り降りして戦うゲームは、当時ではタイトーの『フロントライン』やSNKの『怒』などがあった。生身で戦う主人公がいて、ステージ途中に置かれてる戦車的な乗り物を見つけたら乗り込む。戦車は強いので存分に暴れられる。そして敵の攻撃等で戦車が壊れたら乗り捨てて生身に戻る。つまり乗車行為は一時的なパワーアップ状態と見なせる。
これをチャートで表わすと、
生身 → 乗車(パワーアップ) → 生身
である。
このタイプでは、パワーアップ中は楽しい時間でヒャッホウだが、祭りが終わるとあとはちょっと侘びしい気持ちになる。夏休みが終わってしまった。今日からまた日常が始まる……。
対する『ラッシュ&クラッシュ』の場合はその逆で、
乗車 → 生身(パワーダウン) → 乗車
という展開になる。
パワーダウンするゲームはちょっと萎えるだけな気がするが、理由次第ではわりとそうでもない。
弱体化中は死に直結するリアルにやべー状況だ。だがそれだけに復帰できたときの喜びもひとしお。
またDOWNではなくUPで終わるという点にも注目。つらかった期末テストが明け、さあ夏休みだ! 待ってたぜェ~! この瞬間(とき)をよォ!! という高揚が待っている。
念のためだが、この落として、引き上げるは、いわばミリ残り時という救済措置だから許される。死ぬよりはマシだからな!
さらに!
『ラッシュ&クラッシュ』の場合、この救済措置が義務ではなく選択制になっている点が偉い。「生身でちまちましてまで生き延びようなどその行為すら女々しい!」「くっ、殺せ!」「もう疲れたよママン…」「てか生身で戦うとかめんどくせーし」って向きのかたもいるだろう。
運命は選べる。脱出せずに炎上するマイカーと自ら潔く爆死すれば、延命措置を拒否できる。ではなく脱出して一縷の望みに賭けることもできる。そして自分で選んだ選択ならば、つらい弱体化にもモチベーションを維持しつつ耐えられるのである。お前が選んだのだ、受け入れろ。この仕組みはすごい納得のある工夫だぞ! 罰ゲームを受けるかどうかはキミ次第!
さて、勘の良いかたはここまでで気づいただろう。2段階ミス方式の2段階目での能力変化の取りかたは3つあることに。(ここまで2つ説明した)
耐久力がミリ残りの2段階目になったら……
1.能力変化なし →『魔界村』
2.能力が弱体化する(パワーダウン) →『ラッシュ&クラッシュ』
3.能力が強化される(パワーアップ) →火事場のクソ力
ゼロやマイナスがあれば当然プラスもある。ラストワンチャンで能力強化されるのは、いわば背水の陣、火事場のクソ力~~! って意味になりますね。このときのプレイヤーの心情を考えるとまた趣きがある。猫を噛む窮鼠の最後っ屁、いいじゃあないですか。こういった応用展開を考えるとゲームデザイン時の参考になりますね。
ツボNo.4 「弱体化ペナルティではゲームに変化を加える」
さて、『ラッシュ&クラッシュ』での弱体化、主人公が車外に飛び出したあとの挙動にもいくつかの特徴がある。
・移動速度が遅い
・一般的な移動操作になる(素直にレバーを入れた方向に歩く)
・ショットが変則の3ウェイショットに変化(射程はやや短い、また威力もたぶん弱い)
・横っ飛び回避ができる
・敵の行動アルゴリズムも変わる
移動速度が遅いのは歩くからだ。人間キャラの操作だからレバー入れた方向に普通に移動する。クルマよりキビキビ操作できる。
前方に弾をばら撒く変則の3ウェイショットになるのは、攻撃範囲を広げて当たりやすくする配慮に加えて見た目上の気持ちよさも狙っている。これは自車のドリフトが失われた分の爽快感の補填という意味合いを持つ。また3ウェイショットは強いかのように見えるけど実際には、まあ大して強くない。この強そうに見える、ってのが大事。ほんとは弱いけど見た目はショボくない。演出補填でペナルティ感をうまく逸らしているのだ。
横っ飛び回避ができるのは、操作の一貫性のためだ。もし乗車時にしか動かない飛び降り専用ボタンだった場合、降車したあとには無反応のボタンが残ることになる。ただでさえそんなに押さないボタンなのに。かといって生身用に別アクションを新たに加えボタンに割り振るのもやりすぎだ。そこで横っ飛びの降車アクションをそのまま防御の回避アクションとし、合理的解決を図っている。
生身の場合には敵の行動アルゴリズムも調整される。
彼らは普段のように装甲車でやってくるが、生身の主人公に対してはクルマから降りて戦ってくれるようになる。クルマなんて捨ててかかって来いよォ!
こうやって多少手加減してくれないと主人公には絶望しかない。絶望しかないなら脱出する意味もないもんな。やっぱ生身で殴り合ってこそだよ。
ガンダムだって最後はパイロット同士の殴り合いだし、メカから脱出したあとはこうでなければね。まあガンダムでも1話目の初っぱなからパイロット同士が殴り合うシリーズもあるけどね。
以上、これらの変化の効果をまとめると、次の2点となる。
・弱体化のときは別挙動とともに、見た目楽しげな能力を追加する
・救済措置でかえって恨みを買わないよう、ある程度親切に調整する
細かなところまで配慮してこそ、脱出するという仕組みが生きるというわけだ。味変ってほんと大事だな!
<次回予告!>
今回の前編はここまでだ。欲張り設計なのにしっかり練り込まれたゲームデザインがイカしてたな!
次回、後編では、ストーリー演出とゲームの難易度設計のツボを報告する。このゲームでは、ストーリー設定や演出がただ世界観のためだけでなく、ゲームデザインにも深~く関わっていることを解き明かしていくぞ。
野郎ども! それまでエンジン吹かして待ってろよォ!!
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