見城こうじが訊く ハイスコアラー、お気に入りの一作を大いに語る 第二回「闘いの挽歌」後編

  • 記事タイトル
    見城こうじが訊く ハイスコアラー、お気に入りの一作を大いに語る 第二回「闘いの挽歌」後編
  • 公開日
    2020年09月25日
  • 記事番号
    3532
  • ライター
    見城 こうじ

石井ぜんじ氏 インタビュー

一本のゲームに絞って、当時遊び込んだ、もしくは今なおプレイし続けているプレイヤーの話をお聞きすることで、そのゲームを深く掘り下げるとともに、昔のゲームセンター事情も振り返っていく企画、今回は元「ゲーメスト」編集長石井ぜんじ氏に訊く『闘いの挽歌』(1986年/カプコン)の後編です。伝説の2周目ラスボス剣王、そして当時のカプコンの文化やディレクター西山隆志氏の話にも踏み込んでいきます。
※「闘いの挽歌」前編は、こちら

【聞き手】
見城こうじ

伝説のラスボス、2周目「剣王」とは?

―― 『闘いの挽歌』といえば、2周目の「剣王」についてお聞きしないわけにはいきません。このラスボスは攻略が難しいということで、半ば伝説的に語られている印象があるのですが、実際のところどうだったのでしょうか?

石井 難しいとは思います。タイトーの対戦格闘ゲーム『カイザーナックル』(1994年)のラスボスほどではないと思いますが。

―― 『カイザーナックル』も有名ですね。さすがにあそこまでは行かないと。

石井 でも、初めて出会ったときの絶望感はすごかったです。攻略法がわからなくて、もうどうしようもない。とはいえ、このゲームって大体そうなんですけど、わかればノーミスで倒せるんです。そういうところがこのゲームはおもしろい。ただ、最初に倒したときは、案外何も考えずに倒せましたね。

―― そうなのですか?

石井 このゲームは残機がたくさん貯まりますから、トライは何度もできるわけですよ。それで数プレイ目でクリア自体はできました。
ジャンプで飛び込んで、相手が剣を振ってくる前に、こちらが2,3回剣を振って攻撃を当ててからガード、というのを3回ぐらい繰り返して、運がいいときは勝てるみたいな。それで5回ぐらい勝ちました。ただ、勝率は低かったんですよ。安定したのはもっと後ですね。

―― そもそも2周目の剣王はどのように強かったのですか?

石井 剣の振りがめちゃめちゃ速いんですよ。だから、互いに斬り合ったら絶対に勝てない。

―― 敵の剣は盾でガードできるのですか?

石井 できます。でも、画面端まで追い詰められると、ノックバックで押されて死ぬと思います。

―― 精度の高い攻略法をくわしく教えていただけますか?

石井 プレイヤーが近づいていくと剣王が攻撃してくるので、そのときは盾でガードします。剣王はある程度攻撃を繰り返した後に、後ろへ下がるアルゴリズムになっているので、そのときはこちらから間合いを詰めて、後ろにスペースを空けながら戦うようにします。プレイヤーが端に追い詰められてしまうと、最後は剣を振られてやられてしまうので。
こちらから攻撃するときは、盾を構えながらジャンプして、着地した瞬間に一発だけ攻撃を当てて、後は剣王の攻撃をガードします。

―― ジャンプ中にガードする必要があるのですね。

石井 自分が空中にいるときに、剣王が剣を振ってくることがあるので。ただ、空中でガードに成功した場合、ノックバックしてしまうので、そのときはやり直しです。

―― 双方ダメージを受けなかったというだけで、状況はリセットされてしまうわけですね。

石井 そういうことです。

―― 飛び込みからの一連の操作タイミングが難しそうです。

石井 めちゃめちゃシビアです。飛び込むと同時に剣を振って、すぐにガードしてギリギリ間に合う感じです。あまりにもギリギリでやろうとして、ガード状態で突っ込んで、剣を振ったつもりが剣が出てなくて、ガードだけして後ろにもどされてやり直しなんてことがよくあります。

―― 剣王の強さは、1周目と2周目でどれぐらい違うものなのですか?

石井 全然違いますね。1周目は間合いに入ってから剣王が剣を振り始めるまでに時間があって、もっと別の攻略法で割と楽に倒せます。ぼくは盾を使わずに倒していたんですけど、剣のボタンを押しっぱなしにしてジャンプすると、剣を出したまま飛ぶことができるので、それで飛び込んで一発ずつ当てていましたね。

―― ナムコの『ドラゴンバスター』(1985年)にも、剣を出したままジャンプできる技がありますが、ああいう感じですか?

石井 近いです。あまり使う機会はないのですが、特定のボスにはけっこう有効で、ぼくは1周目の剣王や、3面ボスのトロ―ジャンには使っていました。

アスレチックアクション要素がほとんどない『闘いの挽歌』

―― 改めて見てみると、『闘いの挽歌』って同社の『魔界村』や『虎への道』(1987年)などと違って、フィールドの仕掛けだったり、アスレチックアクション的な要素がほとんどないですね。

石井 あと、『魔界村』って敵がどんどん地形をすり抜けてくるのが難しかったりするんですけど、『闘いの挽歌』はそういうのがなくて、敵と自分との能力差があまりないんですよね。そういう違いもあります。

―― フィールドの仕掛けでいうと、『闘いの挽歌』には、上に乗ってハイジャンプできる「ジャンプパネル」がありますね。それを使うことで、高所にいる敵に攻撃できたり、上階への移動ができる。このゲームの数少ないアスレチック的な要素なのですが、ストイックな印象のこの作品において、そこだけ突然“ゲームゲーム”したギミックになっていて、絵面として不思議な感じがしました。

石井 当時のゲームはスペック的にキャラクターが大きく表示できないし、『闘いの挽歌』って近距離で戦うゲームだから高さが必要なくて、プレイヤーを左から右に動かすだけだと、モニターの上の部分が死んだ空間になっちゃいますよね。
だから、下へ降りていくところを階層状にしたり、階層がない場所は単調になってしまうので、そこでジャンプパネルを考えたんでしょうね。ちょっと不条理な感じですけど。

―― もう一つ、このゲームでおもしろいと思ったのが、ジャンプパネルはあるのに「ハシゴ」を使わないですよね。高さを活用しようと思ったら『魔界村』のようにハシゴを設置すればいいのに、ジャンプパネルという特殊なギミック以外に上の階層へ移動する手段がない。

石井 単純にハシゴを登るアニメーションパターンを省きたかったのかもしれないですが(笑)、たぶんベースとして立体を考えていないんです。剣と盾を使って一対一でどうやって敵を倒すか、それがベースなのであって、考えかたがまったくアスレチックアクションじゃないんですよ。

「ジャンプパネル」を使うことで、ハイジャンプして高所の敵に斬りつけたり、上階へ移動することができる(画像はすべてプレイステーション3版『CAPCOM ARCADE CABINET』より)
『闘いの挽歌』にはハシゴによる昇降アクションが存在しない。このシーンもハシゴが壊れていてジャンプパネルで上へ上る

―― ちなみに、石井さんの中で『闘いの挽歌』に近い攻略性を持ったもので、お好きなゲームってありますか?

石井 もうけっこう古いゲームになりますが、テクモの『NINJA GAIDEN(ニンジャガイデン)』(2004年)も好きなんですよ。やっぱり自分はああいう内容が好きなのかなって思うのが、あれも人対人(人間対コンピュータが制御する人型キャラクター)で、けっこう難度が高くて、敵のアルゴリズムを見ながらどうやって倒していくかを考えるんです。
ぼくはフロムソフトウェアのゲームをあまりやらないのでわからないんですけど、『闘いの挽歌』には今でいう「死にゲー」の元祖みたいなところがあると思うんですよ。自分のスキルが上がっていくのを実感できるゲームなんです。

剣と盾が外されるフィーチャー「マジックボール」

―― 先ほど、ハシゴを上り下りする動作がないという話が出ましたが、その代わり……というわけではないでしょうけれど、このゲームには剣と盾が外れるという要素があって、わざわざ「素手で戦う」アニメーションパターンを持っています。どういうときに剣と盾が外れるのでしょうか?

石井 剣と盾が吹き飛ばされるのは、敵の「マジックボール」を盾でガードしたとき、ほぼそれだけじゃないかな。

―― マジックボールはどういうときに出てくるのですか?

石井 ナイフを投げてくる敵がいて、こいつがナイフを2回投げた後に、マジックボールを撃ってきます。ナイフ男は、コンボで殴ってくる敵が何人か出てきた後に、周期的に出てきます。

―― このゲームは全5ステージですが、毎ステージ出てくるのですか?

石井 一番よく出てくるザコ群の中に、そのナイフ男も入っているので、けっこう出てきたと思います。ただ、ナイフを2回投げた後にマジックボールなので、大体はその前に倒しているし、倒せていない場合は、剣と盾がなくなる不利以前に、両側から敵に挟まれていて、既に大ピンチ状態に陥っているんですよね。

―― 剣と盾が吹き飛ばされた場合、どうすれば復活するのですか?

石井 画面上のどこかに飛ばされるので、そこまで行って取り返します。
ちなみに、ゲームショーのときのバージョンは、敵がマジックボールを最初のうちから撃ってくるか、もしくはランダムだったか、どっちかだったと思います。だから死ぬほど難しかった。

敵が投げてくるマジックボールに当たると剣と盾が吹き飛ばされてしまい、素手による闘いが強要される

―― 剣と盾がないと、とても不利な状態になるのですね。

石井 基本的にはそうです。

―― 最終的にマジックボールの仕様はうまく活きていたのでしょうか?

石井 正直、必要ないとは思います。なくても十分難しいですから(笑)。
たぶん、ゲームを作り始めたときに、盾でガードし続けていたらプレイヤーは死なないんじゃないのって話になって、盾が外れるギミックも入れておきますか……ってなったんだと思うんですよ。

―― フィーチャーとしてはあまり活きてないと。

石井 ただ、最終面に、その前に出てきた3面のボスがザコと一緒に登場するところがあるのですが、そこでわざとマジックボールを盾で食らって、素手の状態にしてパンチ連打で倒すやりかたがあります。この攻略法はぼくが考えました(笑)。

―― そのほうが楽に倒せるのですか?

石井 剣を振るよりパンチのほうが連打が速いんです。一気に飛び込んでしゃがみパンチ連打で相手が反撃する間もなく倒して、それから剣と盾を取り返しに行きます。

―― 一発当たりの攻撃力は、パンチのほうが低いということはないのですか?

石井 どうだろう。同じだったかもしれませんね。でも、素手のときは盾がないですし、リーチもありません。

―― 一長一短があるわけですね。おもしろいです。

石井 ただね、後から知ったんですけど、余計なシステムを入れてくれたなと思うのは、素手の状態だと敵を倒したときの点数が落ちるんですよ。

―― テクニカルなプレイをしたほうがスコアが低くなっちゃうんですね。

石井 そうなんですよ。

―― そのことも含めて、このゲームのハイスコア競争については、どういう印象をお持ちでしたか?

石井 ひたすら残機をつぶして2周目の蜘蛛のところで稼ぐという、意味のない稼ぎパターンだったので、ハイスコアのことは考えていませんでした。
『闘いの挽歌』って強い敵をどう倒すかとか、一発もダメージを食らわずに進んでいくとか、そういうところに美学のあるゲームだったので、当時ゲーマーとしては、この得点稼ぎに意味はあるのかな、という気持ちでした。

『ストリートファイター』と『ストリートファイターII』のCPUは明確に違う

―― このゲームの開発に関わった西山隆志さんは、この後、初代『ストリートファイター』にも関わられていますね。

石井 『ストリートファイター』もそうですし、その後、SNKに移られて『餓狼伝説』シリーズ(1991年~)などの格闘ゲームにも関わられています。これらのゲームって、どれも敵CPUが相手との間合いに合わせて技を出すというアルゴリズムが特徴なんですよ。

―― くわしく聞かせていただけますか。

石井 初代『ストリートファイター』や『餓狼伝説2』(1992年)、『ザ・キングオブファイターズ』シリーズ(1994年~)もそうなんですけど、CPUが相手との距離を見て、適切な間合いで適切な技を出してくるんです。だから、たとえばこちらが小足払いやジャンプのような小さなアクションを出すことで、CPUの技の空振りを狙い、そこに迎撃技を出すみたいな、ちょっと安易なパターンもできてしまうわけですけど。

―― わかるのですが、対戦アクションゲームでCPUが相手との間合いを見ること自体は当然ではないのでしょうか?

石井 いえ、それに対して『ストリートファイターII』は違っていて、間合いを見たりする要素も一応あるんですけど、一定の攻撃パターンを繰り返してくるので、こちらはそれを読んで昇竜拳で撃ち落としたりと、「対戦の練習用」という明確なコンセプトがあるんです。「的(まと)」であることを意識した作りというのか。たとえば、春麗はそのキャラクター性を出すために、比較的意味なくジャンプを繰り返すんです。それをちゃんと見ていると、割と楽に昇竜拳などの練習台になるわけです。

―― そのコンセプトの違いは、とてもおもしろいですね。

石井 SNKの格闘ゲームはランダム性がなくて、相手の攻撃を誘えたり、“読める”ので、じつはとてもおもしろいんです。そこがわからないで遊ぶと「敵がすげえ強いぞ」ってゲームになっちゃう。
たしかに、そういうところは『闘いの挽歌』とも似ていて、ぼくはキャラクターのアルゴリズムを読んで、その裏をかけるようなゲームが好きなのかもしれないです。
西山作品の中で、『闘いの挽歌』はこういう(間合いを見て技を出してくる)考えかたが用いられた最初のゲームかもしれないですね。ちょっと深読みし過ぎかもしれませんが。

―― いえ、決してそんなことはないのでは。そこから連綿とつながっているのではないでしょうか。

当時のカプコンをリードした3人のディレクター――西山隆志、藤原得郎、岡本吉起

―― 『闘いの挽歌』ってジャンプ軌道が固定ですよね。ジャンプ中に軌道を操作できない。『魔界村』もそうですし、同社はこの後も『虎への道』など固定のものが多く、これはこの時期のカプコンの特徴といえるのではないでしょうか。
他社だと、たとえば『パックランド』や、コンシューマゲームの『スーパーマリオブラザーズ』(1985年/任天堂)など、ジャンプ軌道を操作できるヒット作が多い。

石井 ぼくが印象に残っているものだと、『アルゴスの戦士』(1986年/テクモ)も操作できますね。

―― 『アルゴスの戦士』は滞空時間も長いので、ものすごく滑らかに制御できますね。『チェルノブ』(1988年/データイースト)にも近い。

石井 でも、全体としては固定のほうが多いんじゃないでしょうか。『ドンキーコング』も固定ですね。

―― どの時期を見るかによるかもしれませんね。アスレチックアクションがメジャーなジャンルになってからは、前述の『スーパーマリオブラザーズ』に代表されるような、操作できるタイプが増えたように思いますが、どうでしょう。あと黎明期でも『ジャンプバグ』(1981年/セガ)なども操作できますね。

石井 あー、たしかに。

カプコンのゲームのジャンプは空中での軌道が固定されているタイプが多い

―― その2路線の中で、カプコンはこのころ、ほぼ軌道固定型を選んできました。どういう理由があったのでしょうね?

石井 それはたぶんですが、この時期のカプコンの代表的なディレクターに、『闘いの挽歌』の西山隆志さん、『魔界村』『虎への道』の藤原得郎さん、そして『ソンソン』(1984年)『エグゼドエグゼス』(1985年)の岡本吉起さんというお三方がいらっしゃるんです。
この中で藤原さんは、目の前に穴があるのにうっかりジャンプさせて「あ~ダメだ~、落っこちる~、やっぱり落ちたねー」みたいなのが好きなんですよ。ここから軌道固定型の流れが確立されたのではないでしょうか。

―― 軌道固定型は、ジャンプのアクションを起こす時点で、プレイヤーにかなりの先読みが求められるわけですが、そこを強く踏まえたゲームデザインにしているということですね。

石井 これは岡本さんからお聞きしたんですけど、藤原さんのゲームの理論は「腕をつねって解放すると、何となくむずがゆくて気持ちいい」というゲーム性らしいです。要するに、ストレスとリスクがありながら、それをうまく乗り越えたときが一番おもしろいということなんじゃないですかね。
『魔界村』にはそれがよく表れていて、たとえば川の上で浮島が左右に動いていて、それをジャンプで乗り継いでいく場所があると思うんですけど、動きが一定じゃなくて一度フェイントをかけるんですよね。それでプレイヤーは水にポチャッと落ちてしまい、制作側としてはしてやったりみたいな。そういうのがあるんです。
『虎への道』でも、すごく落ちやすいところに意味なく穴があって、穴を飛び越えたら敵がいて、ぶつかるとノックバックしてちょうどその穴に落ちる。それを見た岡本さんが「こんな意地の悪い配置でいいんですか?」って訊いたら、藤原さんは「後ろを向いてジャンプすれば、攻撃を食らったときに逆方向にノックバックするので、それで前へ進める」と答えたという。そんな無茶なと(笑)。

―― なるほど。私は当時カプコンのスクロールアクションを遊んでいて「難しいな」って苦手意識がありました。でも、岡本さんはもっと親切な作りかたをしますね。今にして思うと、どちらの理念もよくわかるのですが。

石井 岡本さんは、ほかのお二方とまるで違いますね。とにかく丸めようとする。
最近はソーシャルゲームを作られていますが、ソーシャルゲームで大事なのは不満を持ってやめていく人間を少なくすることで、そこが漏れているといくら新しいプレイヤーが入っても意味がないんだとおっしゃっています。岡本さんは昔からそうで、人が気持ちいいことをやらせてあげようという発想ですね。

―― たしかに岡本さんのゲームは、『ソンソン』や『エグゼドエグゼス』にしても、その前のコナミ時代の『タイムパイロット』にしても、どれも気持ちよく遊び続けられる作りになっていますね。

石井 ぼくはマニアックな人間なので、西山さん路線の「クセがあるゲーム」は好きでしたね。ゲームを理解したことが攻略に反映されるようなアイデアが好きなんです。
西山さんはカプコンの前にアイレムで『スパルタンX』(1984年)も作られていて、そこから『闘いの挽歌』、『ストリートファイター』、『龍虎の拳』(1992年)、『餓狼伝説』等へとつながっていきます。もちろん、いろいろなスタッフの意思が混じっているとは思いますが、西山イズムみたいなものはどれも明確に感じられます。どういう表現が適切なのか……男臭い世界観のかたなんです。オタク系の人じゃないんです。

先見の明があった『闘いの挽歌』

―― 最後に『闘いの挽歌』について、改めて一言いただけますでしょうか?

石井 当時としては、ガードがあってレバージャンプというのはハードルが高かったけれど、その一方でガード要素を入れるとゲームとして深くできますよというのはあって、現代ではそういうゲームは当たり前になりました。
ここまでに話してきたことの繰り返しになりますが、ガードがあると敵の攻撃をどうやって防ぐかという要素が入ってきます。そのことによって敵のアルゴリズムも複雑になり、頭がよくなってくるので、敵の数が少なくても楽しいんです。さらにそうなっていくと、敵と自分との性能差も少なくて済むようになる。改めて思いましたが、『闘いの挽歌』は対戦格闘ゲームにも通じる路線の元祖の一つかもしれないですね。
そういう意味では、『闘いの挽歌』自体はそれほどヒットしたゲームではないのですが、当時にして、とても時代の方向性に沿ったものだったと思うんです。

―― 本日は貴重なお話、ありがとうございました。

©CAPCOM CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

石井ぜんじ氏 プロフィール

元アーケードゲーム雑誌『GAMEST(ゲーメスト)』編集長、ゲームライター。長年ゲームセンターに通いつつ、アーケードゲームその他に関する文章を書き続ける。
著書に『ゲームセンタークロニクル』(スタンダーズ・2017年)、『「ゲームクリエイター」インタビュー集 ゲームに人生を捧げた男たち』(スタンダーズ・2020年)、『石井ぜんじを右に! ~元ゲーメスト編集長コラム集~』(ホビージャパン・2015年)などがある。

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