秋葉原に突然現れたアーケード基板ショップ「KVC lab.」

  • 記事タイトル
    秋葉原に突然現れたアーケード基板ショップ「KVC lab.」
  • 公開日
    2018年07月30日
  • 記事番号
    452
  • ライター
    外山雄一

秋葉原が電器街だった頃の面影を残す店は毎年減っているが、1973年竣工のビル「東京ラジオデパート」は、いまだ残る老舗の電子部品・電子機器パーツ専門デパートだ。

2018年5月、そんなビルの一角にアーケードゲームの基板を中心に扱う新ショップ「KVC lab.(けいーぶいしーらぼ)」がオープンした。今回は店長であるKVC(*01)こと佐々木好光氏にお話を伺い、店の魅力を紹介する。

お買い得基板が満載のメインカウンター

▲店頭では、いろいろなタイプのボタンを押し比べることができる

「KVC lab.」は、ショーケースカウンターと商品棚がそれぞれ2つずつあるだけの極めてシンプルな構成だ。店が狭いので、基板の修理やハーネス制作は外注に出しているが、ゲーム基板以外に、アーケードゲーム機用パーツ、家庭用ゲーム、パソコンゲームも取り扱っている。
珍しいところでは、いわゆる「カチカチボタン」の新品を扱っている。近年のアーケードゲーム用ボタンは、静音性の高いものが人気で、押した感触もあまりないタイプが多い。しかし、かつてタイトーの筐体には、押すと「カチッ」という音と感触があるタイプのボタンが使われていた。現在ではサンミューロン(*02)製の「SS汎用型押ボタンスイッチ」がそれに近く、これを店頭販売し始めTwitterにアップしたところ、一部で話題となったという。わざわざ買いに来てくれたお客さんも多いとのことだ。

国内外のマニアが集まる幅広い客層

▲45年の歴史を感じさせる東京ラジオデパート外観

店はまだオープンして間もないが、秋葉原という立地、SNS経由の事前PR、検索エンジンへのビジネス登録などが功を奏したらしく、少しずつ客足は伸びている。近年では、来日する欧米のマニアがレトロゲームショップで高額な買い物をしていくことも多く、開店したばかりの「KVC lab.」にも早くも外国人客が訪れているそうだ。ゲーム基板を購入するのは、ゲームファンの中でも、ある程度の経済力と基板を扱うスキルを持った極一部のマニア層だ。国籍を問わず、こういった層に店の情報はいち早く伝わったらしい。

ほかの基板ショップと違うのは、秋葉原の中でも東京ラジオデパート内の店舗であるため、アーケードゲームや基板の知識がほとんどない年配客も時折訪れることだ。電子部品の知識はありゲームセンターの存在は知っていても、アーケードゲームがどのような機器で動作しているのか知らない、いわば旧来の電器街の客が、もちろんいきなりゲーム基板を買うわけではないにしろ、店に興味を持ってのぞきに来ることがあるようだ。

東京ラジオデパートの各店舗はドアがなく、他店舗も多くはカウンターで営業しているため、店と店の間隔が非常に近く、境目がよく分からないところもある。年配客が新店である「KVC lab.」に入りやすかったのには、このような理由もあるだろう。

ゲーム基板委託販売も準備中!

「KVC lab.」に限った話ではないが、一般的にショップで売買される基板は、動作確認の上で購入ができるが、どうしてもお店のコストが価格に上乗せされるので、そのぶん値段が上がる。対して、ネットオークションをはじめとする個人売買の場合、価格は安いものの、基本的に「ノークレーム、ノーリターン」が取引条件であることが大半で、さまざまなリスクがある。

この中間の取り引きとして、個人間売買ではあるものの、買う側が店頭で現物確認をしたうえで取り引きするのが「委託販売」だ。現在、手数料設定などを準備中とのこと。お手持ちの基板の売却委託を「KVC lab.」にお願いしたい人は、直接お店に問い合わせをしてほしい。

オープンの影には「家電のケンちゃん」の存在が

▲KVC lab.ではアーケード基盤やパーツだけでなく、PCゲーム・家庭用ゲーム関連商品も扱っている

「KVC lab.」を語るうえで、同じビルに居を構える「家電のケンちゃん@秋葉原東京ラジオデパート店(*03)に言及する必要がある。
「家電のケンちゃん」店長の中川氏と以前から交流があったKVC氏は、とある事情で職探しをしていた際、同氏に相談したところ、新たな基板ショップを立ち上げる話が持ち上がった。それが2018年1月のことだ。

KVC氏が本気で店を立ち上げるのであれば、中川氏もバックアップするということで話がまとまり、KVC氏は急遽、事業計画を立てることとなった。そうして同年2月から4月にかけてKVC氏は下準備に奔走。ビジネスとして進められる目途が立ったところで、「家電のケンちゃん」と同じビルに店を構えるとして、中川氏から店舗経営などの個人的バックアップやアドバイスを受ける形でスタートした。

オープンにあたっての準備は、什器や内装の手配、商品の値付け、買取価格の設定など多岐にわたった。同じ秋葉原にあるほかの基板ショップにも挨拶に行き、すべての準備が整った2018年5月19日、遂にオープンとなったのである。

KVC氏とゲーム基板

▲店長のKVC氏

KVC氏には、地元である熊本でゲームサークルを運営していた時期がある。KVCという名前はそのときのスコアネームで、それをそのままハンドル名にしたものだ。かつてはスコアアタックを行い、『ベーマガ(マイコンBASICマガジン)(*04)』誌にスコア申請をしていた時期もあったが、残念ながら全一まではとれず自分自身はパッとしなかった。弟の方がよっぽどうまくて、『妖怪道中記』では1コイン天界クリア(*05)とかを申請していたとか。

そんなKVC氏がゲーム基板にかかわるきっかけとなったのが高校時代。地元の駄菓子屋が閉店する際に、ゲーム筐体を譲り受けたことだ。初めてゲーム基板と筐体を扱うことになったものの、参考になる情報はほとんどなく、見様見真似で基板を扱い、ゲームを遊んでいた。
高校卒業後、一般企業に就職して2年が経った後、ゲーム関連の仕事に就きたいとの思いから、1991年3月に武蔵新城のゲームセンター「マットマウス(*06)に転職する。運営サイドとしてアーケードゲーム機器に触れることで、知識と経験値を増やしていった。

その後、この頃一部で流行り始めていたパソコン通信を通じて、KVC氏はゲームショップ「メッセサンオー(*07)の店員と知り合い、1991年8月に同店に転職、ゲーム基板コーナーの初代責任者となる。

▲取材時(2018年7月上旬)の基板価格表の一部。最新情報は公式サイトを参照のこと

『ストリートファイターⅡ』(1991年/カプコン)がリリースされた1991年から翌年、ゲームセンターに対戦台が登場し、対戦格闘ブームが到来。この頃はゲーム基板の購入客が大幅に増えていった時期だ。KVC氏はそれから2000年代にかけて、「ファントム(*08)、「ジーフロント(*09)を渡り歩いたが、その後、ゲームにまったく関係のない職に就いたそうだ。

ゲーム業界から離れて10数年経った頃、体調がきっかけで退職。一時期は別の基板ショップで働くが、またも体調を崩して退職する。

根っからのゲームマニアでもあるKVC氏は、こうして職を転々とする間も、ゲーム基板を少しずつ買い集め、そのコレクションは数百枚にも及んだ。「KVC lab.」に並ぶゲーム基板の一部は、氏のコレクションからの提供である。

懐かしいタイトルと一期一会ができる店

ヒット作が数十万本売れる家庭用ゲームソフトと違って、アーケードゲーム基板は絶対数が少ない。その上かさばるので、かつてはゲームセンター閉店の折に、まとめて廃棄されることも多かった。

また、ゲーム基板にはすでに製造されていない部品や、専用に作られたカスタムチップなどが使われていることも多く、それらが壊れると修理が非常に困難となる。現在、基板売りの新作ゲームはほぼ作られていないため、ただでさえ少ないゲーム基板は、今後減っていく一方だ。さらに、ゲーム基板を嗜むプレイヤーの年齢層も上がっており、市場も小さくなっている。こうした状況を食い止め、基板でゲームを遊ぶ文化を残すには、市場とその裾野を少しでも広げる必要がある。

そもそも、自宅でアーケードゲームを遊ぶには、基板だけではなく対応する機器が必要だ。近年筐体を購入するマニアも増えてきたが、やはり、取り回しやすいコントロールボックス(*10)を使うのが一般的だ。そこでKVC氏は、新しく基板を購入する顧客のために、比較的ローコストで遊べるようなコントロールボックスを製造・販売できないかと、模索しているそうだ。

KVC氏は目標としているショップ店として「日米商事(*11)の例を挙げた。「日本で最後のジャンク屋」とも呼ばれる同店は、行くたびに違うジャンクパーツや電子部品が並んでおり、それが好きな人にはたまらない店だ。「KVC lab.」も、訪れるたびに違ったゲーム基板を目にすることができ、懐かしいタイトルとの一期一会が楽しめる…。
KVC氏は、そんな店を目指して今日も懐かしい基板とお客との一期一会の場を提供している。

【店舗情報】

KVC lab.(けいぶいしーらぼ)
住所:東京都千代田区外神田1-10-11 東京ラジオデパート1F
※JR秋葉原駅・電気街口下車 徒歩2分 高架線沿い
TEL:090-6349-4000(店舗)
営業時間: 不定 ※営業日時はTwitterにて告知
休み : 不定
駐車場 : なし
公式サイト
公式Twitter

外山雄一

脚注

脚注
01 KVC : 佐々木好光氏のハンドル名。さまざまなゲーム関連の職を経て、自らのハンドル名を冠したアーケード基板ショップ「KVC lab.」をオープンした。熊本県出身。
02 サンミューロン :  1951年創立。照光式押しボタンスイッチや表示灯などの設計・製造・販売メーカー。公式サイト
03 家電のケンちゃん@秋葉原東京ラジオデパート店 : 自費制作ハードウェア(同人ハードウェア)、国内外のレトロゲーム、Mac関連の保守パーツなどを取り扱うショップ。公式サイト
04 マイコンBASICマガジン : 『ベーマガ』の愛称で親しまれた、ホビーユーザー向けパソコン雑誌。1982年創刊、2003年休刊。誌上の『チャレンジ!ハイスコア』コーナーでは、全国規模でアーケードゲームのハイスコア集計を実施。誌上で全国1位のハイスコアを出すことを『全一(ぜんいち)』と言う。
05 1コイン天界クリア:『妖怪道中記』(1987年/ナムコ)の5面で一切お金アイテムを取らず、敵をまったく殺さないことで辿り着ける最高難易度のエンディング。これをコンティニューせずに達成するには、かなりのスキルが必要とされる。
06 マットマウス パート2 : かつてJR南武線、武蔵新城駅近くで営業していたゲームセンター。その後移転し「マットマウス鹿島田・新川崎店」として営業していたが、惜しまれつつも2018年7月22日に閉店。
07 メッセサンオー : かつて秋葉原で営業していたゲームショップ。運営会社であったメッセサンオーは、同社から分離・独立した中古ゲーム・DVD専門店「トレーダー」の運営会社を存続会社とする吸収合併により解散。店舗としてのメッセサンオーも2012年に閉店した。
08 ファントム : かつて秋葉原で営業していたアーケードゲーム専門ショップ。
09 ジーフロント : 秋葉原で営業中のアーケードゲーム専門ショップ。公式サイト
10 コントロールボックス : 一般的なビデオゲーム筐体は電源、入力装置、映像・音声の出力装置で成り立っている。これに対して、コントロールボックスは電源と入力装置部分だけをコンパクトにまとめたもので、映像・音声は信号のみ出力する。
11 日米商事 : 秋葉原にある小物電子部品を中心に扱うショップ。秋葉原電気街は、第二次世界大戦後に電子部品を扱う闇市が元となって形成されたが、日米商事はその当時から営業中とも言われる。同店の看板によると正式名称は「秋葉原のスーパージャンク 日米商事 電子部」。

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