ファンマーケティングから考える、ゲーセンのマーケティング 前編

昨今、ファンマーケティングに関する注目度が高まっています。ファンイベントやファンコミュニティなど、皆さまもその注目度の高まりを体感されることが増えたのではないか?と思います。
なぜ、今、これほど『ファンを大切にすべき』と言われているのでしょうか? それは企業やサービス、ブランドなどが、商品・サービスの値引き・販促キャンペーンなどに“頼る”マーケティングから抜け出し、持続可能な競争優位を築くことにつながるからです。
ゲーセンのマーケティングを考えるときにも、この視点は外せません。
今回は、まず企業やブランドを取り巻く市場の環境から紐解き、ファンマーケティング視点でゲーセンのマーケティングを考えていきたいと思います。

写真撮影協力:新宿プレイランドカーニバル

ゲームは、ずっと身近なものだった

御存知のとおり、アミューズメント産業は元気がありません。毎年、前年と比較して良くて横ばいもしくは大手中心にちょっと前年を超えるレベルで、大枠としては徐々に市場全体が縮んでいっているという状況です。
ゲーセンが、生活者にとって日常的・一般常識・当たり前いわゆる“みんなが知っている”という立ち位置には居なくなってしばらく経ちます(参照:前回の記事)。
わたしのように、行きつけのゲーセンがあったり、時間があればすぐゲーセンに行ったり、待ち合わせ先がゲーセンだったり、朝からゲーセンに並んだり、ゲーセンにいったら「ウヒッwてなる」みたいな人間は、かなりのマイノリティなのかなと思います。

ただアーケードゲームに限らず「ゲーム産業」全体として捉えると、急にマイノリティではなくなります。むしろ、ゲームを楽しむ人やゲームを楽しむ方法は、増えたのではないでしょうか。
スマホアプリゲームはゲームユーザーを圧倒的に増やしてくれました。技術の進化がゲーミングPCの性能と価格を向上させ世界中のゲームユーザーとプレイを楽しむことが簡単になりましたし、またソーシャルも含むITと流通の進化によりECやSNSをとおして、ボードゲームが日の目を見られるようになりました。
わたしはじめ、ゲームユーザーは、「業界別」の分け隔てなく、ゲームを楽しんでいるのが現状です。

振り返れば、ゲームは昔から身近にありました。わたしが(実は)得意なお手玉も、(実は)得意な百人一首も、将棋も囲碁もトランプも人生ゲームも○×ゲームやあっち向いてホイも、歴史のどの時代であっても人間の娯楽、楽しみとして、そばにありました。自由で無料で手に入るものもしくは安価で手に入るもの、自作できるもの、自分で楽しみ方を選べる幅がとても広い、だからこそ身近で居続けることができるものだったのではないかとも感じます。

同時に、身近にあり続けるために、ゲームの持つ価値自体も、少しずつですが変化してきていることも確かです。
ここではもう少し、ゲームの価値の変化、について考えてみたいと思います。

企業を取り巻く環境はどんどん厳しくなっている

さて、アーケードゲーム産業が衰退し始めたのは何故だったのでしょうか。
そもそもいつが産業の絶頂期だったのか? というと、これは数字でいえば95年~00年頃ということになります。その後、家庭用ゲーム機の進化や娯楽の多様化、ソーシャルゲームの台頭、東京への人口集中などなど……数々その“要因”が論じられています。

わたしに言わせれば、要因は、テクノロジーの進化とライフスタイルの変化です。
ファミコンやスーファミの時代から進んで、学生であっても少しお金を貯めれば(両親に買ってもらわなくても)自身で自分のゲーム機を手に入れることができるようになり、一人1台ゲーム機を持てるようになりました。テレビとともにゲーム機が一家に1台から一人1台になった結果、自分のペースでコンピュータゲームをプレイすることができるようになりました。知人を自分の部屋に誘ってプレイすることも、ポータブルゲーム機を持ち寄って共に遊ぶこともできるようになったのです。
この時代になると当然、家電に代表されるように大量生産(・大量消費)となるので、マス的な発想が必要になります。

やがてインターネットが台頭し、マーケティングの歴史どおり、「マス」から「1to1」の時代がやってきます。つまり好み・時間帯・形態、などの細分化への対応が必要になります。
ここで更に視野を少し広げて、ゲームをとりまく市場から、全体的なマーケティングの視野で見てみましょう。
 

  • 新商品、新サービスと呼ばれる期間が短い。開発されるスピードが上がっており、価格はすぐ下がる
     
  • 「ものすごく新しい!」「これはすごい!」と言われる商品やサービスでも、すぐ類似品が生まれる(昔に比べて技術が底上げされているので真似がしやすくなったため)
     
  • 「そんなにいらない」と思うほどの機能がついてくる(テレビのリモコンについているボタンを眺めて見て下さい。一体いくつを使っているでしょうか……)
     

このような状態が、当たり前の時代です。
これが「市場が成熟している」と言われる状態です。
2019年、まさに市場は成熟し、前回の記事のとおり情報が爆発し、モノが売れにくいと言われる時代になっているわけです(そして当然、この中にゲーム市場もアーケードゲーム市場も入ってきます)。
では市場が成熟する過程の中で、生活者(消費者)に一体何が起こってきたのでしょうか。

最高、最安、そして最愛へ

かつては「最高」のモノが売れました。最高に良い品質、高機能(すごいものであれば世界初!や自社のみ!というようなマーケティングメッセージが発されているものです)が差別化ポイントの時代がありました。その中でさまざまな企業が技術競争・発展を繰り返してきました。
その多くの場合、「最高」を実現するために、実現し続けるための“投資”が必要です。
更に、どんどん多様化している趣味嗜好は、顧客の多様化と細分化を進めます。マス志向で「全員にとって最高」「誰にとっても最高」の商品やサービスはもはや存在しないのです。
「誰にとっても最高」な商品・サービスを作ることだけに注力する状態は、すでに限界を迎えており、そして、多様化と細分化は市場規模を小さくします。

ですが「最高」は常に一つのみなのです。その中で投資をしながら「最高」を保ち続けることが出来るのか?は、かなり不安です。新しく最高のものを作っても、競争優位性が持続せず、だんだん売れなくなる可能性が高いのです。
いまや、機能や技術による競争優位性はなくなりつつあります。
そして当然いくら最高であっても、赤字で続けることは商売ではありません。

同じような「最高品質」の商品・サービスが、横並びで複数ある。
すると次の競争優位性は「最安」になります。機能面やサービス面で絶対的な優位を作ることができなくなった先に直面するのは、価格競争、最安戦略です。価格が選択理由になるのです。そして技術力の向上は、それを実現できます。悪くない品質の商品がいずれも低価格で提供されるようになりました。

最安で競争優位性を保とうとする場合は、相当な覚悟が必要です。薄利多売が前提になります。「多売」を現実のものにしなければならないとはいえ、自社が競う相手には大手企業や海外資本との値下げ競争やプライベートブランドなども入ってきます。メーカーにとっても、販売店にとっても、なかなかに険しい道です。しかも、少子化が進み、人口減少が予想される国内市場での実現は、厳しくなる一方です。

ちなみに、値引きの否定をしたいのではありません。企業努力の結果、最高のものを最安で提供する、という競争優位性を持つのは素晴らしいことです。
ただし、やみくもな値引きやオマケをつけることは『安くて当たり前』という印象を生活者にもたせます。(しかもアーケードゲームの場合、基本的に設置してある機械は全店舗共通です。「より安い」を求め、定価販売はそっぽを向かれ、もっと安いものを、という基準でしか選ばれなくなってしまうでしょう。)

さらに、最安ポジションを得た場合であっても、安くし“続ける”ことが必要です。もしも他社が技術力の向上と企業努力で「最安」ポジションを狙いに来た場合は、互いに負のループに突入し、「最安」になるために利益を削り続けるしかなくなってしまうこともあり得ます。結果、価格さえも差別化要因にならなくなってきます。

つまり、商品やサービスなどのライフサイクルは短くなり、その一方で次々と新しい商品やサービスが生み出され、コモディティ化(市場参入時にあった高付加価値が低下し、一般的になること)してくる。これが、「市場が成熟する」という状態です。
皆さんも仕事や生活のなかで感じておられるのではないでしょうか。

さて、最高でも最安でも、競争優位性を持てない。
企業の言う「良いもの」の定義が崩れる。
そんな時代に競争優位性が働くことは何か。

それが「最愛」です。
店舗や店員やブランド、アーケードゲームでいえばタイトルやタイトルコミュニティ、ゲーセンという店舗コミュニティなどへの信頼・愛着です。「最愛」です。
最高・最安が当たり前に実現されるほどの成熟した市場だから、「最愛」「ファン」「熱狂」が注目されるようになったのです。

さて、今回はここまでで前編とさせていただき、後編の「ファンとリピーター」「ファンに投下する予算は“投資”」へ進みたいと思います。

おくむら なつこ / ゲーセン女子(Game Center Girl)

『「好き」がある人生は楽しい。「好き」を持つ人は強い。「好き」と言える毎日は嬉しい。』

ファンマーケティング支援会社の一員として研鑽を積む一方、「330日ゲーセンに通うOL」として、クローズアップ現代+、マツコの知らない世界、お願い!ランキング他多数に出演。

ゲームセンターを専門にマーケティング/PR支援するGCGを立ち上げ。アーケードゲームやゲーセン全般を紹介しながら文化としての「ゲーセン」を広めるべく活動、ゲーセン文化づくりに取り組んでいる。

注目されるファンコミュニティやe-Sportsシーンなどを背景とした需要の高まりを受け、2019年よりアーケードゲーム機シェアリングサービス「アケシェア」を開始。

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